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俺の首を絞めるイエシル人の細い腕

「アシュパラが必要……」


 ディートは苦しむイエシル人を見て、どうすることもできない自分に歯噛みする。


「いい機会だ。おまえにも見せておいてやろう。戦闘時、標的を知っておくと狙いやすいだろうからな。おい、ここを開けろ」


「は、しかし……」

「構わん。新人教育の一環だ。責任は俺がとる」


 マーセストの命令に従い、監視兵のひとりが房の鍵を開けた。


「でも、アシュパラを吸ったら、隊長が危険なんじゃ……」  

「多少は慣らしてある」


 マーセストは躊躇わず房に踏み込むと、苦しんでいるイエシル人を蹴り転がした。

 うつぶせになった女の背を踏むと、灰色の髪をぐいと無造作につかみ、無理やり女の顔をのけぞらせる。


 女は苦しみに身をよじることもできず、喉から声にならない声を絞り出す。

 逃げようと床に爪を立てているが、マーセストの足によってその場に固定された体は動かない。


 爪が床で削れる嫌な音が、いやに耳についてぞくりとする。

 房の中に微かにアシュパラが舞う。


「なっ!! ちょっと、苦しんでる人になにやってるんですか!」

「見ろ。この首にはめられている輪がイエシル人の生命維持装置だ」

「っっ……」


 確かに、イエシル人の白い首には、ぐるりと金属製のリングが嵌められていた。


 一見しただけではただの首飾りとの違いがわからないような代物だ。

 よく似たものを身に着けているひとを、ディートは見たことがある。


 それよりも、女が自分で引っ掻いたのか、首に赤い線が何本も刻まれているのが痛々しくて直視できなかった。


「よく見ておけ。金属製だが、中はほとんど空洞だ。銃弾が当たれば破壊できる程度の強度でしかない。狙うのは心臓でも眉間でも構わないが、こいつを狙うのも効果的だ」


「わかりました! わかったから、もうその人を放してください!」 

「ふん」


 マーセスとは訝るように目を細めてディートを見ていたが、やがてつまらなさそうに息を吐くと、掴んでいた髪を手放した。

 突然自由になった女の頭が、ガン、と床に落ちた。 


「隊長!」

「なんだ。情でも湧いたのか」


「そっ、そんなんじゃありません。ただ、あまりに乱暴だから……」

「乱暴? これが? 冗談だろう」


 くくく、と可笑しそうに笑うと、マーセストは振り返らず房を出てゆく。


「だ、大丈夫か?」


 恐る恐る女に手を伸ばそうとしたその時、突然女ががばりと顔を上げた。

 記憶にあるのと同じ金の瞳には苦しみのためか涙が滲み充血していた。

 その瞳に底知れぬ憎しみが込められていることを感じ取り、ディートは慌てて手を引っ込める。


「ああぁぁぁぁ、あああああ!!」


 女が弾かれたようにディートに飛び掛かる。


「うわっ!!」


 押し倒され、すごい力で首を絞められる。


「あああぁぁ、ああぅああ!」


 わからない。なにを言っているのか、ちっともわからない。

 けれどディートを殺したいほど憎んでいるということは伝わってきた。


「っかっ……っっ!!」


 必死に女の手をはずそうとするが、さっきまで苦しんでいた女とは思えないほど強い力で絞められていてままならない。


 ダメか、と思った時、ドガッという鈍い音がディートの上でした。

 その拍子に、女の手が離れ、一気に空気が喉に流れ込む。


「っごほっ、げっ、ごほっっ……」

「大丈夫かっ!? 今のうちに早く外へ」


 いつの間にか防塵面を装着した監視兵が房に入ってきて、女をディートの上から蹴り飛ばしたのだ。

 女は壁まで吹き飛ばされ、そのまま床へ落ちる。


 ディートが這うようにして房を出た直後、房の扉は閉められ鍵がかけられる。 

 しばらく通路の床に座り込み、咳き込む。


 しばらくしてようやく治まったところで、ディートはひとつ、深く息を吐いた。

 こんなにもはっきりと憎悪の念を向けられたのは初めての経験だった。


「……本当にアシュパラを吸っても平気なんだな」


 監視兵のひとりが、落ち着きを取り戻したディートを少し遠巻きに見ながら呟く。


「ああ、まあ……」


 その目はどこか異物を見ているようだった。


 居心地が悪くなり、ディートは急いで立ち上がった。

 房の中の彼女の様子を窺う気にはなれなかった。


「その……いろいろとありがとう。助かったよ」


 礼だけは忘れずに告げると、ディートは足早に収容所をあとにした。

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