#57
“Cool Air”
陰とは言っても、自動ドアは薄汚れた半透明だ。言うまでもなく首だけを付き出す意味は殆どない。それでもレキナは頭だけを出してドアから三人を覗き見ている。
……まるで、覗き見る時はこうするものだろうと言わんばかりの様子だ。
レキナは口を真一文字に結びながら、何か物言いたげなジト目で三人を見ている。全員が呆気にとられてた中、最初に動けるようになったのはセレンだ。
「何してんだ、レキナ。テメーが地下に来るなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「……別にあなたたちに用がある訳じゃないわ」
声をかけられた彼女は陰から出て三人に少し近付くも、少し不機嫌そうにセレンから顔を逸らした。代わりに目線の先はハカナがいる。
「……僕?」
「あー! セレン君。アタシ、ちょっとシンゴさんに別に頼まれたことがあったの思い出したんすけどー!」
白々しい棒読みでラタネはセレンに言った。勢いのままにセレンに向かってはよ、はよ、と目配せをしている。少し思案したものの、やれやれとセレンは嘆息をし、呆れたようにそれに合わせた。
「あー、そうだな。ラタネ、それなら仕方ねえな。オレもここを離れるワケにはいかねえし。レキナ、悪ぃがこいつに武器庫の場所を教えてやってくれねえか?」
「……わかったわ」
レキナは目を閉じて頷く。そして、ハカナへ付いてくるように目配せをした。
「えっ」
そこでようやくハカナは我に返る。口を挟む間もなく話が終わっていた。というより、どういう話の流れだったのか皆目見当が付かない。 彼は何か言おうとセレンの方を向いたものの。
「ボサっとすんな、特徴を教えてやるからさっさと行ってこい」
なんて、取り付く島もない。 セレンは自分は知らない、と肩を竦めるだけだ。
「え、えぇー……?」
ハカナは困惑したままに、彼女の後を付いていくのであった。
*
カツン、カツンと二つの足音が静寂の廊下に響く。ハカナはレキナに先導されるままに、先程までいた待合室より更に奥まで進んでいた。
歩く廊下はひどく暗く、レキナの手に持つ蝋燭のみが先の道を照らしている。彼女は無言で悠々と進み続けるが、ここは暗闇の病院の中。ましてや廃墟となっている場所だ。蝋燭の明かりの届かぬ所、暗闇の中からこの世ならざる者が出て来そうな気さえする。
ハカナは既にもっと恐ろしいものを見たはずだが、怖いものはやはり怖い。先を歩くレキナを決して見失わないように、その華奢な後ろ姿を縋るように歩いた。
「……こんな地下に武器庫があるんだね」
そんな肝試し紛いの空気に耐えきれず、ハカナの口からはそんな当たり障りのない言葉が出る。先日あったことへの気まずい思いよりも暗闇に対する恐怖が勝ってしまった。
しかし、そんな彼の心中など知らないと言わんばかりに、レキナは淡々と言葉を返してくる。
「そうね。元々は別の用途に使われていた場所だったそうよ」
「そっか。そうだよね。ここ、病院だし」
微妙に会話が噛み合ってない気がするが、気にしていられない。喋っていれば少しは気が紛れてくる。
「なんでまた、こんな奥の場所を武器庫にしたんだろう。取りに来るのも手間にならないのかな」
「そこが他より涼しくて乾燥してるから、銃や弾の保管に丁度良いってセレンが決めたのだったかしらね。ラタネと、珍しくシンゴも何故か苦い顔をしたのだけれど……」
「シンゴさんが……?」
あまり彼がそういう表情をするのは想像出来ない。余程の事情があるのだろうか。
同時に彼女の言うように、奥に行けば行くほど空気は冷えている気がした。冷気が身体に纏わりついてきているのではと錯覚するほどに。今はリノリウムにこびり付いた黒いシミですら、実は得体の知れないものではないかと錯覚する。
そう考えていると、ハカナはうっすらとその理由を直感した。
「いや、まさかね……」
ここはかつて病院であった廃墟の地下。地下にあるとは限らないけれど、病院には忌避されて然るべき場所は、確かに存在することをハカナは知っていた。病院の怪談では定番の場所だ。
乾いた笑いとともに、彼は予感が外れるように祈った。
……そうして、暗闇の中を歩くこと数分。
「ここよ」
そう言ってレキナは一つの部屋の前で立ち止まる。蝋燭の明かりに照らされた扉を見つめるレキナに倣い、ハカナもその後ろから眺め……表情が諦観のものに変わる。彼の祈りも虚しく、予感は当たることとなってしまったようだ。
その部屋の名前を示しているプレートには、漢字でこう書かれていた。
『遺体安置所』




