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小さな箱庭の壊れた世界  作者: Ratte
3rd day - 狭霧狂界
62/72

#55

 “Before The Dawn”



 あなたの方からみたらずゐ(い)ぶんさんたんたるけしきでせう(しょう)が

 わたくしから見えるのは

 やっぱりきれいな青ぞらと

 すきとほ(お)った風ばかりです。


 ――――――――――――宮沢賢治『眼にて云う』




 *




 ……彼女の記憶にある始まりは赤色だった。

 それはこの世界では珍しくもない悲劇なのかも知れない。けれどその時その場所は、彼女にとって確かに地獄と呼べるものだった。

 光の届かぬ密室。噎(む)せ返る鉄錆の臭い。物言わぬ転がった数多の残骸。彼女はそれに慣れるまで、何度も胃の中身を吐き出した。


 ――――なんで、自分はこんなところにいるのだろう? なんで、誰も自分を見てくれないのだろう?


 彼女が問い掛けても、答える者はいない。彼女が助けを求めても、救う者はどこにもいない。

 一面の汚物の臭いで、彼女の鼻は働かなくなってしまった。一切の光の当たらない世界で、彼女の目は閉じていった。

 彼女の嗚咽は誰の耳にも届かない。

 そうしている内に、彼女は考えた。


 ――――あぁ、きっとアタシは……




 *




「……ヘタクソ」


 日の射さぬ仄暗いの部屋の中で、ため息混じりにセレンは悪態をつく。辺りをまばらに置かれたオイルランプがゆらゆらと照らしている。漂う空気は冷たく、ひどく息苦しい。


 ここは病院の地下だ。病室よりずっと広い、待合室であったであろう場所。元の清潔さはやはり見る影もない。

 乱雑に片付けられた椅子。部屋の奥まった場所には、複数の人の形を模った被射撃物(ターゲット)。ひび割れた床には無造作に転がる数多の空薬莢。かつて待合室だった場所は、元の姿とはかけ離れた射撃場となっていた。

 被射撃物(ターゲット)の肩口に当たる部分に、未だ硝煙立ち上る穴が一つ空いている。


「ハァ~。十発中、当たったのはたった一発。なんだ、そのへっぴり腰は。やる気あんのか、テメー」

「そう言われてもさぁ……」


 しげしげと手に持つものに目を落とし、ハカナは弱々しくも抗議する。視線の先には突撃小銃(アサルトライフル)。彼はおっかなびっくりにそれを携えていた。


「……撃つのなんて、初めてだし」


 当然と言えば当然のことだ。ハカナは数日前までは普通の高校生に過ぎない身だった。銃を撃つどころか、見ることすらもテレビか写真の中だけだったのだ。

 人を殺す道具。そのイメージが先走り、まるで剥き出しの刃物に触れるが如く、その凶器を持つ。彼の指先には未だそれを使用した残滓が、痺れとしてこびり付いていた。


「ハカナ君、ドンマイ、ドンマイ! アタシもそんなに銃が撃てるわけじゃないんで!」

「そんな、どころかテメーは二度と銃に触んなッ!」


 能天気なラタネの励ましに、セレンは嫌なものを思い出すように語気を強める。対するラタネは「えー?」と首を傾げて、のほほんと聞き流すだけだった。


「たくっ。どうしたもんか。そいつがダメだとなると……」


 セレンは頭を掻いて思案する。少しして何かに思い当たったのようだ。


「……あぁ。ラタネ。クルツ(・・・)があっただろ。あれ、どこやった?」

「えーっとアタシ、銃の名前とか言われても分かんないッす」

「……前、お前に撃たせてみた短いヤツだ」

「あぁ、セレン君が『女にはこれぐらいで丁度良いだろ』って言ってたやつッすね! えーっと、どこにやったかなぁ」

「女にはって……」


 うーんと、うねりながら考え始めたラタネを横に、一体どんなものが出て来るんだろうとハカナは不安になってくる。同時に彼の中でふと疑問が浮かんだ。


「……そういえば、銃とかってどこから出て来るんだ? それに食べ物だって」


 今更ながらのことをハカナは口にする。しかし、それは無理からぬことだろう。彼がこの世界に来てから、これほど落ち着けたのは初めてなのだから。


「あぁん?」

「いや、セレンたちが既に亡くなった人たちからこういうものを回収してるのは分かるけど……」


 或(ある)いは殺して奪った、なんて可能性もあるということが一瞬だけ脳裏を過ぎる。だが、二人を見て、そんなことはないだろうとハカナは直感的に思った。


「……僕が言ってるのはその前の話。一体どうやって、マレブランケの人たちは武器や食べ物を手に入れてるんだ?」


 無から有は産まれない。当然の摂理だ。銃や食料が存在しているのであれば、それを作る者がいるのが道理だろう。

 ましてやこんな荒廃した世界。神の定めたルールにより大人たちは元よりいなかった。

 武器や食料。未だ存在の実感がない神々に殺し合いを強制されているとはいえ、子供しか居ないこの世界でそれらが存在すること自体に違和感がある。


「そこからか……。ホントにテメーは何も知らないんだな」

「最初からそう言ってるって……」

「ま、テメーのその理由は置いておいて、だ。そうだな……」


 少しセレンは思案し、静かに口を開く。


「……『摂理(プロヴィデンス)』と呼ばれているものがあった。マレブランケはそいつを所持しているんだ。一言で言えばそれは神の連中が用意した生産機。理屈はオレにもわからない。文字通り、神の摂理ってやつだろう。望んだ武器や食料はそれで手に入っていたんだ」

「……『いた』?」

「あぁ、まだ言ってなかったか。マラコーダの連中が脱落したことでなくなったのは、寿命のルールだけじゃなかったんだよ」

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