Ex6
“A Lie Cannot Live”
――――その光景にフルエフルは見覚えがあった。数時間前、何も出来るはずがなかった少年のコナトゥスによる幻視。まるで冗談のような光景。だが、これは紛れもない現実だ。
「あ……あ……」
身を裂くような痛みが彼女の心を襲う。自身の侵食とは別に、まるで病のように全身を駆け巡る。
「キミは本当に何も知らない。それもそうだ。キミはあの陰鬱な揺り籠で眠り続けていただけなのだから」
ラトは睨めるようにフルエフルを見る。妖艶な笑みで熱を浮かせ、彼女に語り始めた。
「あぁ、あぁ、この地獄は本当に楽しかった! 血に血を混ぜ幾百年、悲劇に悲劇を重ね幾百年! 本当は終わらせるには少しばかり惜しいかも知れない!
……だが終わらせる。楽しかったのはもはや過去。人はなんであれ、いずれは飽きるものだ。どこまでも輝かしい宝石も、慣れれば、飽和すれば、見飽きれば、ただの石ころに成り果てる。輝きは何一つ変わらないはずなのに。どんな素晴らしいものも、当たり前のものになれば、それだけで価値を失う。
そういうものだ。今のワタシがまさにそれだ。そしてキミは終わり、ゲームも終わり、この地獄のような世界は終わる。言わなかったかい? 運命は既に紡がれている、と」
ラトは言葉をそこで区切り、手に持つ突撃小銃の銃口をフルエフルに向けた。
「この地獄は神々の壮大でおぞましい、冒涜的な遊戯。遊戯で、あれば……いつかは終わるモノでなければならない。そうでなければゲームは面白くないだろう?
では、さようならお嬢様。よい旅路を……ッ!?」
ラトの指が銃爪へ掛けられた直後、彼女はおもむろに後ろへ飛び退く。
次の瞬間、風切り音と共にラトがいた場所へボウガンの矢が突き刺さった。
*
「…………ハッ」
異常な成長をした植物に紛れ、ザンカは苦し紛れに笑う。息を切らせながらも、彼はボウガンの矢を装填させた。
「あぁ……クソッ! あの野郎……!」
ザンカは自分を倒しておきながら、命を奪わなかった少年の顔を苛立たしげに思い浮かべる。毒を所持するからには当然、解毒薬を彼は持っていた。全快とは言い難くとも体は動かせる。
使用した後に二人を追いかけるという選択もあった。だが、ザンカは倒した敵に止めを刺さない、『穢れ』を背負おうとしなかったハカナに苛立ち、同時に毒気を抜かれてしまったのだ。
その選択は間違っていなかったのであろう。だが、間に合ったとは言い難い。
「姐さん……あいつら……」
仲間たちの遺体を覗き見て、ザンカは自分の行いを後悔する。ツバメを殺した相手だ。自分がいたところで何か出来るとも限らなかったかもしれない。
しかし、それでもその場に自分が居なかったことが何よりも許せなかった。
「クソ……クソッ!」
だが、最悪の一歩前で辿り着く事が出来た。フルエフルはまだ生き残っている。彼女さえ助けることが出来れば。ザンカは再びボウガンをラトに向けた。
「ザンカッ!」
フルエフルの声が彼に届く。今にも途切れそうなか細くも透き通る声。
今、助けてやる。そう言おうとしたザンカに聞こえた言葉は、彼の予想とは違うものだった。
「……逃げなさい!」
植物の影から身を出そうとした彼の動きが止まる。その様子を見て、ラトは声を上げて笑った。
「フフフフフ。アハハハハハハ! キミのお嬢様はこう言っている。何故、君が生きているかわからないが、その行為の美しさに免じてキミがこのまま逃げるのであれば、ワタシはキミを追わない。どうする?」
見え透いている。雑な挑発で逆に熱くなった彼の頭が冷えていった。あぁ、こいつは確かに。お嬢とは相性が最悪だな、なんて変に冷静にザンカは思った。
「ハッ。『ワタシは』ってことは横のそいつは追っかけてくるってことだろ?」
ラトの横にはいつの間にか学生服の少年が立っていた。突剣に付いた血を拭い、殺気を隠そうともしていない。
「ハハッ。バレてたかい?」
ラトはわざとらしく肩を竦める。意味のない挑発だ。ザンカにそんな選択肢は最初から無いのだから。やれやれ、とザンカはラトに答える。
「それもわざとだろうが」
「フフ、ならばどうするんだい?」
「ハッ。決まってんだろ。やることは変わらねェ。お前らをブッ殺して、お嬢を助ける。それだけだ。
――――生きるってのは汚れることだ。……ここで逃げたら。俺が何のために生きてきたか、わからなくなっちまう」
ザンカはボウガンを構えて身を乗り出し、走り出す。
あぁ、そうだ。と彼は独りごちた。
ザンカのコナトゥス、『汚穢』
この力は、こと戦いにおいて決して役に立たない。戦いで受ける汚れは、己のそれとは別質のものだからだ。ザンカは誰よりもそのことを理解していた。
屠殺されるべきは自分。
本来不要なのは自分。
自分こそ、切り捨てられるべきもの。
そうすれば、役立たずな自分よりずっとマシな誰かが現れるだろう。
だが、フルエフルはそれを否定した。
彼女は、彼が自身が役立たずであると言ったとしても、ザンカに生きて欲しいと常に願った。
ならばせめて。
せめて、彼女の為に汚れると、彼は自身に誓ったのだ。
数十分前、ハカナのコナトゥスによって彼が見た自身の『恐怖』を思い浮かべる。この時ばかりはあの家畜野郎に感謝するべきかもしれない。あの『恐怖』を知らなければ、フルエフルの指示のままに逃げていたかもしれない。今は、そんな自分を考えるだけでおぞましい。
「……あんなのは、二度とごめんだ」
そうこぼして息を呑み、ザンカは覚悟を決めた。




