Ex5
“God Only Knows”
――――それは、一瞬の出来事だった。
初めに動いたのはツバメだ。
最短の、最速の動き。『唯理』を持って、彼女は立ちすくむフルエフルの元へと駆け寄る。果たしてツバメのトンファーの一撃は届き、フルエフルに降り注ぐ瓦礫は砕かれた。
だが……
同時にツバメの表情が微かに歪む。見ると彼女の肩口から血が溢れ出ていた。
直後、ツバメを射撃したラトの兵隊は突撃小銃を手放し、走り出す。
そして、纏っていた外套をおもむろに脱ぎ捨てた。
外套の中から現れたのは、少年だった。端整な顔立ちに短く切られた黒髪。微睡みの中にいるような青み掛かった黒目。それにフルフエルから見たら奇異に映る、黒い詰襟の学生服。
その少年の顔を見たラトは満足そうに目を瞑る。
「…………だ」
小さく何事か呟いた次の瞬間、その少年は腰に下げた武器をフルエフルへと抜き放つ。
銀に輝く突剣。その切っ先がフルエフルに向かって突き出され、真っ直ぐに吸い込まれていく。
その一撃、まさしく電光石火の如く、紫電一閃。
一瞬のことに先の動揺が抑えられないまま、彼女はただ見ることしか出来なかった 。
――――回避は、間に合わない。
突剣の切っ先が、フルエフルの目前に迫る。彼女が死を悟った瞬間――――間に遮る者が現れた。ガキン、と甲高い音が鳴った。
「あ…………」
ツバメがトンファーで少年の一撃を弾き返したのだ。フルエフルは緊張から体が弛緩し、その場にへたり込む。鮮烈な感情が彼女を蝕み、震えで身を縛った。
……そんなフルエフルをツバメは一瞥して、目の前の少年と向き合う。
ツバメは無言で攻撃を繰り出す。負傷を物ともせずにそのトンファーでの一撃は、必殺の勢いで少年へ振り落とされる。
寸でのところで少年はその一撃を回避する。少年の黒髪がわずかに宙を舞った。
続けてツバメは冷静に、その身を少年の懐に潜り込むように接近する。
「ちっ」
少年は舌打ちをし、突剣をツバメへ突き出す。その反撃をツバメは『唯理』をもって防ぐ。
攻防に次ぐ、攻防。熾烈な二人の戦いは、激しさを増し続ける。
「…………面倒だな、お前」
少年の声は冷ややかなものだ。ゆっくりした口調であれど、ツバメとの攻防は緩められることはなかった。ツバメは無言のまま答えない。代わりに剛打の連続が少年を襲った。
初めは互角だった戦いは徐々にツバメが押し始めていく。
――――ツバメのコナトゥス『唯理』。
唯理とは合理性だ。道理に叶った性質。論理の法則に叶った性質。無駄のない、効率的な性質。即ち、目的を成し遂げる為の最短距離。
それを彼女は生き延びる力を得る手段とした。ひたすらに、一切の無駄を排し、彼女はその『唯理』を持って己を鍛え続けた。翌る日も翌る日も。今日この日に至るまで。……自らの寿命とされる日を迎えるまで。
セレンが『視認』した通り、彼女の身体能力はこの世界においては最強と言っても過言ではないだろう。
それほどまでに、彼女は人間の強さとして完成されていた。
相対する少年は技術で彼女に食い付いているものの、そもそものフィジカル面においては彼女に追い付けていない。銃創があったとしても多少動きを鈍らせただけで、なおもツバメの方が少年より格上だ。
「……俺は面倒が好きじゃない」
少年は焦るどころか、本当に面倒だとばかりに呟く。幾度となくトンファーに防がれた突剣も後、数度の使用で折れてしまうだろう。
「……ラト」
「なんだい?」
「こいつを、やればいいんだな?」
「あぁ、そうさ。そうすれば君の希望へ、また一歩近づくだろう」
「わかった」
機をみるや、少年は大振りな動きで突きを放つ。乾坤一擲と言うにはあまりに雑。隙も大きくツバメであれば用意に回避出来るであろう。
――――しかし。
ある事実に気付いたツバメはわずかに顔色を変える。避ければ勝負が付くはずなのに、彼女はそれを避けなかった。
否、出来なかったのだ。
「……ッ!」
右腕を刺され、ツバメの手からトンファーが地に落ちる。そして、その後ろには……
未だ動けないで、へたり込んでいるフルエフルがいた。
まだ致命傷ではない。そうツバメが反撃に移ろうとした瞬間。
「いいや、合理性を失った時点で……お前は終わったんだ」
少年は突剣を腕から引き抜き、そのままツバメの喉元を刺し貫いた。飛び散る鮮血が、彼女の後ろにいるフルエフルの頬を濡らす。
「あ……?」
その一連の出来事をフルエフルは唖然としたまま見届けることしか出来なかった。思考がまだ追いついていない。
ツバメは彼女の知っている人間で最も強い存在だった。戦いで負けることなど想像もしてなかった。それがあまりにも呆気なく倒れた現実、自身が原因であるという現実は彼女から思考する力を奪っていた。
「お嬢、逃げ……」
遅れて反応した他の兵隊たちも少年に立ち塞がる。が……
「ふん……」
鎧袖一触とばかりに、少年は自身に向かって来た二人を順番に急所を刺し貫いた。そこに躊躇や油断、労苦といったものは欠片も見られなく。それは戦いですらなかった。
ただ作業のように、少年は命の処理したのだ。




