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小さな箱庭の壊れた世界  作者: Ratte
2nd day - 豊穣命宮
49/72

#49

“Taking A New Step,Uttering A New Word”


 


 *




 ……力を失ったセレンの体がどさりと音を立て、地面へと崩れ落ちた。もうハカナを守るものはなにもない。ハカナとザンカの視線が交差する。殺意の目がハカナを捉えた。

 後、数歩という距離。屠殺者(とさつしゃ)は顔を歪ませた。


「……お前一人で一体、何が出来るって言うんだ」

「僕は……」

「ハッ!」


 ハカナの答えを待たず、ザンカはボウガンを手放した。そのまま最短の動きで、彼は腰に携えていた大振りの刃物を抜き放つ。


「答える必要はねえよ。……お前は、ここで死ね」


 そして、ザンカはそれを振り上げた。白刃にハカナの顔が映る。ザンカの言葉通りの圧倒的な死の匂い。

 人の終わり、絶対の摂理(せつり)

 ハカナの見るもの全てがゆっくりと流れ、純然とした『死』が彼に迫る。

 その最中、少年は小さく己の希望(のぞみ)を呟いた。


「僕は……生きる」




 *




 人は死ぬと、どうなる?


 その問いに(あた)う答えは、見つからない。


 天国に行くのか。

 地獄に行くのか。

 魂だけになって現世を彷徨(さまよ)うのか。

 同じ生を繰り返すのか。

 同じ死を繰り返すのか。

 別の世界に転生してしまうのか。

 輪廻(りんね)の中で、あらゆる生を体験するのか。

 ……どこからも消えてしまうのか。


 ……わからない。

 わからない。わからない。わからない。


 考えるだけで苦しくなる。

 考えるだけで逃げたくなる。

 逃げ場所なんかないのに、苦しみがなくなることなんかないのに、考えてしまう。

 理解できない。理解できないものは……やはり、怖い。

 そうだ。

 ハカナは『死』を恐れていた。

 ずっとずっと昔から。


『――――君は、なんで生きている?』


 あの悪夢は不思議そうにハカナに問うた。喉元のやわらかい部分を触れられた気がして、夢の中だとしても彼は反射的に首を手で抑える。


『君と似た者は、少なからず自ら死を選んでいるだろう? ある者は明日への希望を抱き、またある者は虚無に溺れたいが為に。過程は千差万別だが、結果は変わらない。希望(のぞみ)はその者にとっての地獄の否定だ。

 ……だが、君はそうしていない。

 死恐怖症(タナトフォビア)、なんてものもあるけれど、君のそれはあまりにも常軌を逸している。

 大抵の人間にとって、それは一時を過ぎれば治るはしか(・・・)のようなものだ。ある程度の時間が過ぎれば、慣れ、当たり前のものとなって薄れるもの。だが、君にとっては違う』


 悪夢は嘲笑(ちょうしょう)を交えて、ハカナを(わら)う。悪夢は答えを知っているのであろう。知っていながら答えをハカナに問う。彼自身に自覚をさせるように。目を背けさせないように。


(知っている。

 だけれど、仕方ないことじゃないか)


 死の先を知っているのは、死んだ者だけだ。

 だから、ハカナは死から遠ざかる為に、目の前の現実を歪めた。常に普通で在り続けようとした。


『君のそれは、正しく狂気(・・)だ』


 ――――昨日。何故、あの怪物に立ち向かったんだ? 臆病な自身らしくもない。初めからなり構わずに逃げなかったのは何故だ?


 ――――今日。何故、彼女たちから逃げた? 戦場になるとしても、こんな世界で一人でいるよりはずっとマシというものだろう?


 全てがそれ(・・)によって、駆り立てられたからだ。


『笑うかって? いいや、笑わないさ。笑えるはずがない。君のコナトゥスは、全ての生物が持ち得る、最も古く、最も熾烈(しれつ)な原始の生きる意志(コナトゥス)、その一つだからだ。

 曰く、愛より深きもの。曰く、無窮(むきゅう)なるもの。

 ……良い事を教えてあげよう。

 『コナトゥス』。それは言葉だ。ある時は生き物の生きる理由。またある時は物体が動き続ける理由なんて意味にも使われていた。時代により様々な意味を持った、ただの言葉だ。

 世界には、世界の(ルール)がある。

 君の今居る世界、場所にはコナトゥスという異能があるのではなく、生きる意志(コナトゥス)に力を与える。そういった(ルール)を神々は定めた』


 悪夢の声は一つ一つハカナという存在を冒し続けた。彼の表面にあったものは全て剥がれ落ちた。

 そして、知ってしまった。

 ハカナは、彼自身の生きる意志(コナトゥス)を。

 続けて悪夢は(ささや)いた。


 ――――喰らえ、と。

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