#49
“Taking A New Step,Uttering A New Word”
*
……力を失ったセレンの体がどさりと音を立て、地面へと崩れ落ちた。もうハカナを守るものはなにもない。ハカナとザンカの視線が交差する。殺意の目がハカナを捉えた。
後、数歩という距離。屠殺者は顔を歪ませた。
「……お前一人で一体、何が出来るって言うんだ」
「僕は……」
「ハッ!」
ハカナの答えを待たず、ザンカはボウガンを手放した。そのまま最短の動きで、彼は腰に携えていた大振りの刃物を抜き放つ。
「答える必要はねえよ。……お前は、ここで死ね」
そして、ザンカはそれを振り上げた。白刃にハカナの顔が映る。ザンカの言葉通りの圧倒的な死の匂い。
人の終わり、絶対の摂理。
ハカナの見るもの全てがゆっくりと流れ、純然とした『死』が彼に迫る。
その最中、少年は小さく己の希望を呟いた。
「僕は……生きる」
*
人は死ぬと、どうなる?
その問いに能う答えは、見つからない。
天国に行くのか。
地獄に行くのか。
魂だけになって現世を彷徨うのか。
同じ生を繰り返すのか。
同じ死を繰り返すのか。
別の世界に転生してしまうのか。
輪廻の中で、あらゆる生を体験するのか。
……どこからも消えてしまうのか。
……わからない。
わからない。わからない。わからない。
考えるだけで苦しくなる。
考えるだけで逃げたくなる。
逃げ場所なんかないのに、苦しみがなくなることなんかないのに、考えてしまう。
理解できない。理解できないものは……やはり、怖い。
そうだ。
ハカナは『死』を恐れていた。
ずっとずっと昔から。
『――――君は、なんで生きている?』
あの悪夢は不思議そうにハカナに問うた。喉元のやわらかい部分を触れられた気がして、夢の中だとしても彼は反射的に首を手で抑える。
『君と似た者は、少なからず自ら死を選んでいるだろう? ある者は明日への希望を抱き、またある者は虚無に溺れたいが為に。過程は千差万別だが、結果は変わらない。希望はその者にとっての地獄の否定だ。
……だが、君はそうしていない。
死恐怖症、なんてものもあるけれど、君のそれはあまりにも常軌を逸している。
大抵の人間にとって、それは一時を過ぎれば治るはしかのようなものだ。ある程度の時間が過ぎれば、慣れ、当たり前のものとなって薄れるもの。だが、君にとっては違う』
悪夢は嘲笑を交えて、ハカナを嗤う。悪夢は答えを知っているのであろう。知っていながら答えをハカナに問う。彼自身に自覚をさせるように。目を背けさせないように。
(知っている。
だけれど、仕方ないことじゃないか)
死の先を知っているのは、死んだ者だけだ。
だから、ハカナは死から遠ざかる為に、目の前の現実を歪めた。常に普通で在り続けようとした。
『君のそれは、正しく狂気だ』
――――昨日。何故、あの怪物に立ち向かったんだ? 臆病な自身らしくもない。初めからなり構わずに逃げなかったのは何故だ?
――――今日。何故、彼女たちから逃げた? 戦場になるとしても、こんな世界で一人でいるよりはずっとマシというものだろう?
全てがそれによって、駆り立てられたからだ。
『笑うかって? いいや、笑わないさ。笑えるはずがない。君のコナトゥスは、全ての生物が持ち得る、最も古く、最も熾烈な原始の生きる意志、その一つだからだ。
曰く、愛より深きもの。曰く、無窮なるもの。
……良い事を教えてあげよう。
『コナトゥス』。それは言葉だ。ある時は生き物の生きる理由。またある時は物体が動き続ける理由なんて意味にも使われていた。時代により様々な意味を持った、ただの言葉だ。
世界には、世界の理がある。
君の今居る世界、場所にはコナトゥスという異能があるのではなく、生きる意志に力を与える。そういった理を神々は定めた』
悪夢の声は一つ一つハカナという存在を冒し続けた。彼の表面にあったものは全て剥がれ落ちた。
そして、知ってしまった。
ハカナは、彼自身の生きる意志を。
続けて悪夢は囁いた。
――――喰らえ、と。




