表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな箱庭の壊れた世界  作者: Ratte
2nd day - 豊穣命宮
48/72

#48

“Praying For Thy Light”




 *




 セレンはかつての自分を思い起こす。

 四年前、まだ彼がマレブランケだった頃の話だ。

 それまでの小規模なものと違う、複数のマレブランケによる大規模な戦闘が起こった。

 混乱、混迷、混沌。何もかもが混ざり合い、ぐちゃぐちゃでいて、何も理解することが出来ないような戦闘とは呼べないものだった。

 そして、まだ目の前で起こる現実を飲み込めなかった彼は…………ただ、『視』ることしか出来なかった。


 否。

 あの時、自分は仲間たちを見捨てたのだ。


 目の前で繰り広げられた現実離れをした光景。人間には到底理解の出来ない、怪物の力を持つ少女たち。

 神仔たちの暴走。敵も、味方も。全てが台無しだった。もはやどれが誰の血と肉かも分からない。命だったものだけが、辺り一面に残されている。そんな忌まわしき凄惨な光景が、セレンの目に焼き付いていた。

 遠くで怯えることしか出来なかった自分がいた。そんな自分を慮り、戦いに赴く仲間たちが居た。

 結果、仲間たちは手の届かない場所で次々と倒れ、そして最後には……


 ただ、自分だけが生き残ってしまった。

 何の役にも立たなかった自分だけが、死に場所を失ったまま生き長らえてしまった。




 ――――生存罪悪(サヴァイバーズギルト)


 それがセレンの『■■』の本質。四年前からずっと、彼を蝕んでいた罪の意識の正体。

 それが彼の心を歪めていた。そして、歪んだ心は彼の意志をも曲げていた。

 昨日、ハカナは目の前の怪物から逃げた。シンゴ……自分の仲間を置いて。かつての自分のように。過去の影法師が重なり、セレンは目を背け、ハカナを忌諱(きい)した。


 しかし、ハカナのコナトゥスは、そんなセレンが最も視たくないものを見せ付けた。正気を失うほどの己の狂気を視て、彼は自身の歪みを『視認』した。


 ――――『認』めよう。

 ハカナ(こいつ)は過去のオレと同じだ。オレは過去のオレを『認』めたくなくて、こいつを否定していたんだ。

 本当に、最悪な気分だ。


 今。セレンの目に映る世界は、四年前のあの日より鮮明に視える。違う。ずっと視えていたはずのものだ。視えていたはずの真実は、自分の心が曇らせていたのだ。


(ざまぁない)


 だが、そうだ。今度は間違えない。

『視』たものを『認』める。


 それこそが、セレンの生きる意志(コナトゥス)なのだから。




 *




「うおおおおおおおお!!!」


 ハカナは叫び、走り出した。

 彼我の距離は二十メートル程。普段であれば大した距離ではない。だが、今はそれが何よりも遠い。

 捨て身、そう思われるような勢いでハカナはザンカへ真っ直ぐに向かう。ただひたすらに。追い立てられるように、我武者羅(がむしゃら)に。


「ハッ! 馬鹿か!?」


 ザンカは嘲笑う。無駄だ。どう足掻こうが、結末は既に見えている。故に、ザンカにとってこれは戦いなどではない。目の前の二人は、ただの死を待つだけの存在に過ぎない。


 彼は屠殺者にして執行人。ここは刑場。

 罪人は断頭台(だんとうだい)の前に、(こうべ)を垂れる。

 罪人は刑戮(けいりく)を前に、(こうべ)を垂れる。

 なれば、この場で行われる行為は……




 処刑だ。




 ザンカのコナトゥス、『汚穢(おえ)』。

 生きることは汚れることだとザンカは言う。

 言葉の通り、汚れ、(けが)れる行為こそ彼の意志。躊躇(ちゅうちょ)も、行うことによって生まれる後悔を彼は生み出さない。

 生まれるのは……


 死の臭いが、周囲に漂う。


「お前らのコナトゥスがなんだか知らねえが、近寄る前に終わりだッ!」


 ボウガンの矢には件の『毒』が塗られている。ただ一度、ハカナの足にでも擦っただけで勝負が付くだろう。その狙いはコナトゥスによって、より精確に、より非情になる。


 咎人(とがびと)は断頭台へ。

 後はその首に斧を振り落とすだけ。


 ザンカは口元を歪め、ハカナ目掛け即座にボウガンの銃爪(トリガー)を引いた。

 引かれた弦が矢を押し出し、その(やじり)は吸い込まれるようにハカナの頭へと(はし)る――――


「ッ!」


 ――――が、その悪意はハカナに届くことはなかった。


「何ィっ!?」


 想定外の事態に、ザンカから笑みが消える。すぐさま慣れた手つきで彼は次の矢をボウガンに装填し、発射した。


 しかし、またしてもその矢がハカナに届くことはなかった。


「ッ!? てめえ!! 正気か!?」


「ハハハッ! さあなァッ(・・・・・)!!」


 苦虫をかみつぶしたような顔をするザンカに、セレンは叫ぶように答えた。そう、ハカナに届くはずの矢は全てセレンの体によって遮られていた。彼の右腕と左足には矢が刺さり、血を垂らしている。

 セレンは己のコナトゥス、『視認』によってボウガンの矢の発射前に軌道を予測。そしてこれを避けるのではなく、受けたのだ。

 そうしてハカナの盾となり、状況突破の糸口となる。彼は初めからそのつもりだった。

 自分が正気かだと? そんなこと知ったことかと、セレンは笑った。


「クソがッ!」


 三射目。今度は肩口に当たった。そこでとうとう矢の『毒』は、セレンの体に回りきってしまったようだ。吐き気と同時に、急速に彼の意識が遠のき始めた。


(ここまでか……)


 セレンの全身から力が抜け、掴んでいたハカナの首から手が崩れ落ちていく。目に映る光が消えていく。

 そして、目を閉じる刹那。セレンの前にかつての仲間たちの顔が浮かんだ。

 ずっと、目を逸らしていたもの。

 ずっと、見えない振りをしてきたもの。

 深い後悔、懺悔、悔恨がセレンの内を過ぎる。


「あ…………」


 しかし、その顔の表情は、笑っていた。こちらを見て、驚くほど穏やかに笑っている。セレンが出会った時に見たものと変わらない。そんな彼らをセレンは『視認』する。

『お前は、生きて良い』

 彼らはそう言っている。……そんな気がした。


「……はっ」


 きっと、これは幻だろう。

 だって、あまりに。あまりにも、自分に都合が良すぎる。

 けれど……


 直前に『視認』した光景に微笑し、後は任せたと満足そうにセレンは意識を手放したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=550156845&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ