#48
“Praying For Thy Light”
*
セレンはかつての自分を思い起こす。
四年前、まだ彼がマレブランケだった頃の話だ。
それまでの小規模なものと違う、複数のマレブランケによる大規模な戦闘が起こった。
混乱、混迷、混沌。何もかもが混ざり合い、ぐちゃぐちゃでいて、何も理解することが出来ないような戦闘とは呼べないものだった。
そして、まだ目の前で起こる現実を飲み込めなかった彼は…………ただ、『視』ることしか出来なかった。
否。
あの時、自分は仲間たちを見捨てたのだ。
目の前で繰り広げられた現実離れをした光景。人間には到底理解の出来ない、怪物の力を持つ少女たち。
神仔たちの暴走。敵も、味方も。全てが台無しだった。もはやどれが誰の血と肉かも分からない。命だったものだけが、辺り一面に残されている。そんな忌まわしき凄惨な光景が、セレンの目に焼き付いていた。
遠くで怯えることしか出来なかった自分がいた。そんな自分を慮り、戦いに赴く仲間たちが居た。
結果、仲間たちは手の届かない場所で次々と倒れ、そして最後には……
ただ、自分だけが生き残ってしまった。
何の役にも立たなかった自分だけが、死に場所を失ったまま生き長らえてしまった。
――――生存罪悪。
それがセレンの『■■』の本質。四年前からずっと、彼を蝕んでいた罪の意識の正体。
それが彼の心を歪めていた。そして、歪んだ心は彼の意志をも曲げていた。
昨日、ハカナは目の前の怪物から逃げた。シンゴ……自分の仲間を置いて。かつての自分のように。過去の影法師が重なり、セレンは目を背け、ハカナを忌諱した。
しかし、ハカナのコナトゥスは、そんなセレンが最も視たくないものを見せ付けた。正気を失うほどの己の狂気を視て、彼は自身の歪みを『視認』した。
――――『認』めよう。
ハカナは過去のオレと同じだ。オレは過去のオレを『認』めたくなくて、こいつを否定していたんだ。
本当に、最悪な気分だ。
今。セレンの目に映る世界は、四年前のあの日より鮮明に視える。違う。ずっと視えていたはずのものだ。視えていたはずの真実は、自分の心が曇らせていたのだ。
(ざまぁない)
だが、そうだ。今度は間違えない。
『視』たものを『認』める。
それこそが、セレンの生きる意志なのだから。
*
「うおおおおおおおお!!!」
ハカナは叫び、走り出した。
彼我の距離は二十メートル程。普段であれば大した距離ではない。だが、今はそれが何よりも遠い。
捨て身、そう思われるような勢いでハカナはザンカへ真っ直ぐに向かう。ただひたすらに。追い立てられるように、我武者羅に。
「ハッ! 馬鹿か!?」
ザンカは嘲笑う。無駄だ。どう足掻こうが、結末は既に見えている。故に、ザンカにとってこれは戦いなどではない。目の前の二人は、ただの死を待つだけの存在に過ぎない。
彼は屠殺者にして執行人。ここは刑場。
罪人は断頭台の前に、首を垂れる。
罪人は刑戮を前に、頭を垂れる。
なれば、この場で行われる行為は……
処刑だ。
ザンカのコナトゥス、『汚穢』。
生きることは汚れることだとザンカは言う。
言葉の通り、汚れ、穢れる行為こそ彼の意志。躊躇も、行うことによって生まれる後悔を彼は生み出さない。
生まれるのは……
死の臭いが、周囲に漂う。
「お前らのコナトゥスがなんだか知らねえが、近寄る前に終わりだッ!」
ボウガンの矢には件の『毒』が塗られている。ただ一度、ハカナの足にでも擦っただけで勝負が付くだろう。その狙いはコナトゥスによって、より精確に、より非情になる。
咎人は断頭台へ。
後はその首に斧を振り落とすだけ。
ザンカは口元を歪め、ハカナ目掛け即座にボウガンの銃爪を引いた。
引かれた弦が矢を押し出し、その鏃は吸い込まれるようにハカナの頭へと奔る――――
「ッ!」
――――が、その悪意はハカナに届くことはなかった。
「何ィっ!?」
想定外の事態に、ザンカから笑みが消える。すぐさま慣れた手つきで彼は次の矢をボウガンに装填し、発射した。
しかし、またしてもその矢がハカナに届くことはなかった。
「ッ!? てめえ!! 正気か!?」
「ハハハッ! さあなァッ!!」
苦虫をかみつぶしたような顔をするザンカに、セレンは叫ぶように答えた。そう、ハカナに届くはずの矢は全てセレンの体によって遮られていた。彼の右腕と左足には矢が刺さり、血を垂らしている。
セレンは己のコナトゥス、『視認』によってボウガンの矢の発射前に軌道を予測。そしてこれを避けるのではなく、受けたのだ。
そうしてハカナの盾となり、状況突破の糸口となる。彼は初めからそのつもりだった。
自分が正気かだと? そんなこと知ったことかと、セレンは笑った。
「クソがッ!」
三射目。今度は肩口に当たった。そこでとうとう矢の『毒』は、セレンの体に回りきってしまったようだ。吐き気と同時に、急速に彼の意識が遠のき始めた。
(ここまでか……)
セレンの全身から力が抜け、掴んでいたハカナの首から手が崩れ落ちていく。目に映る光が消えていく。
そして、目を閉じる刹那。セレンの前にかつての仲間たちの顔が浮かんだ。
ずっと、目を逸らしていたもの。
ずっと、見えない振りをしてきたもの。
深い後悔、懺悔、悔恨がセレンの内を過ぎる。
「あ…………」
しかし、その顔の表情は、笑っていた。こちらを見て、驚くほど穏やかに笑っている。セレンが出会った時に見たものと変わらない。そんな彼らをセレンは『視認』する。
『お前は、生きて良い』
彼らはそう言っている。……そんな気がした。
「……はっ」
きっと、これは幻だろう。
だって、あまりに。あまりにも、自分に都合が良すぎる。
けれど……
直前に『視認』した光景に微笑し、後は任せたと満足そうにセレンは意識を手放したのだった。




