#46
“On Fire!”
セレンの『視認』によって解析し、ハカナの『悪い考え』によって二人が行動した結果は想像以上だ。
熱気に晒され、露出した二人の皮膚には黒く煤が付いているが、服は焼けてはいない。
彼らは監禁されていた部屋の隅に溜まっていた水溜まりで、体ごと服に水分を含ませたのだ。この炎の中でも直接火に触れなければ、まだしばらくは保つだろう。
……だが、足を止める訳にはいかない。今は平気でもいずれは周囲の熱により乾き、その身を焼くことになる。
時間が経てば経つほど、生は遠のく。安寧に浸る時間など、遥か彼方だ。
「次ッ、右だ! そっちに『若く』なっているッ!」
セレンは『視認』で得た情報をハカナに伝える。走りながらもハカナはそれを正確に聞き取った。ハカナは無言で頷き、分かれ道をセレンの指示された方向に走る。
セレンがザンカに連行された折り、『視』ていたことで気付いた。この迷宮が一本の木というのならば、その成長は必然的に外に向かって伸びている。
今、ハカナたちが走っている空間も意図的に創られたものであろう。ならば大木が生育する方向は必然的に限られている。即ち、新緑を辿り続ければ迷宮の外に出られる。セレンはそう考えたのだ。
ハカナは震えようとする体を奮わせ、走り続ける。息を切らせ、今にも倒れそうだ。だが、今の彼の状態を思えば仕方のないことだった。
そう、脱出を始めてからずっと、彼はセレンを抱えて走り続けているのだ。
「……しかし、これ、もうちょいどうにかなんねーのかなぁ……」
「は……はぁ……し、仕方ないだろ……!? お前、走れる状態じゃ、ないんだ、ひっ……」
セレンの呆れるような声にハカナは答える。疲労と体の痛みに、舌の呂律が回っていない。セレンは迷宮に取り込まれた際に、足を負傷していた。この状況で走れない状態は致命的だ。
そこで彼らは初め、背負って走るという手段を取ることにしたのだが……ハカナ自身も片腕を負傷しており、バランスが取れずに上手く走ることが出来なかった。
そして試行錯誤して、取った手段が今の状態。
セレンが両腕でハカナの首を掴み、ハカナは残った片腕でセレンを持ち上げている。
つまるところ。多少、歪なお姫様だっこだった。
「それに……お前、女の子みたい、に……軽いし……」
「……生きて帰ったら覚えてろ。ぶっ飛ばす」
普段のセレンであれば有無を言わず拳が飛んでくるような言葉だったが、今はそんな状況ではない。セレンの言葉にハカナは息を切らせながら笑う。
「はっ……はは……そうだな……生きて、帰ったら、な……」
ハカナが言葉途中に途切らせることで、セレンは次の分岐があることを察した。すぐさまに新緑の方向をセレンは『視認』する。
「クソッ」
セレンの『視認』した結果、その分岐はほぼ同程度の成長をしていたのだ。その可能性は十分あったが、微細な変化をなんとか読み取ろうと、セレンは『視認』を続ける。
「って、オイッ!?」
セレンが答えを決める前にも関わらず、ハカナは一切足を止めずに無言で右の通路へ通り抜けた。
「テメー、何して……」
ハカナの行動にセレンが抗議の声を上げた直後、通り抜けた通路の反対側から轟音が響いた。恐らくは左の通路が崩れ落ちたのであろう。
「……マジかよ」
セレンは驚嘆の言葉を零す。もしあちらの道を選んでいたのならと想像すると彼はゾッとした。
そして、その後に彼は気づく。
今、走っている場所に彼は『視』覚えがあった。炎とは別のものによって焦がされたと思しき残滓がわずかに残っている。
……ゴールは、近い。
*
炎。
それはハカナがずっと苦手だったものだった。見るだけで彼の体は震える。今となっては近くて遠い記憶だとしても、それは変わらない。
ハカナの『悪い考え』。よくこんな方法を知ってるなとセレンに言われたが、なんのことは無い。その記憶の中で、自身に向けられた暴力の一つとして彼は見たことがあったというだけの話だ。
セレンは気にするなと言ったが、彼のオイルライターを駄目にしてしまった。あれはきっとセレンにとって大切なものだったはずだ。
そんな彼の感傷や追憶を無視して、生きる意志がハカナの背中を押す。
未だ彼の心は汚泥の中。救いも平穏も見えるはずもない。
だが、行動は既に始まっている。後戻りは出来ないし、するわけにもいかない。
それが、正しいと。
それが、生き残る唯一の方法であると、彼の『■■』は囁き続ける。
彼に選択肢などなかった。それでも――――
「ッ!!」
「何いきなり足止めて……なッ!?」
――――それでも、彼は生きたいと願ったのだ。
足を止めたハカナの視線の先を追い、セレンもまた驚愕の言葉を漏らす。
炎の中にポッカリと空いた光が見える。出口だ。しかし、その間を遮る、忌まわしい影があった。
「……あぁ、クソッタレ」
セレンは目の前の存在を睨み付ける。この可能性も確かに考えていた。が、これは最悪なパターンだ。
逆立ち、燃え盛る炎ような赤い髪。口元は歪み、悪意と敵意が滲み出る憤怒に染まった形相。そして暗く、殺意の篭った眼差し。
そこには荒ぶる炎を背に立つ、屠殺者……ザンカの姿があった。




