#40
“Eyes of The Sin”
*
ハカナが目覚める数分前。
(…………最悪な、気分だ)
セレンはそう思いながら、自分を連行するザンカを睨む。しかし、それだけだ。それ以上のことを彼は何も出来ない。
今の彼は木々に取り込まれた折に右足を骨折しており、木の棒を松葉杖の代わりにして歩いている。歩く度に響く痛みで、セレンの額には脂汗が滲んでいた。
いっその事、手に持つ棒をザンカに振り落とそうとセレンは考えたが、前を歩く彼の腰には大振りの刃物がぶら下がっているのが『視』える。
「命は取らねェよ。だから、ムダな抵抗はやめとけ」
セレンの視線に気づいてか、振り向かないまま詰まらなそうにザンカは言った。ザンカはあえてそれを見せつけているのだろう。抵抗するなと、戒めるために。セレンはザンカに言われるがまま歩を進めるしかなかった。
しかし、そんな相手の意図が分からず、セレンはただ困惑するばかりだ。
正直な話、ラタネの代わりに迷宮に飲み込まれた時、彼は死を覚悟した。実際、殺さないより殺す方があの巨大な力では容易いであろう。だが、彼らはそうしなかった。
底知れない違和感がセレンの思考に暗い影を落とし、命を繋いだ安堵など噛み締める余裕も無い。この状況下で何故、自分を生かしているのだろうか?
全く以て、意味が分からない。この世界の理で、捕虜なんてものは何一つ意味がない。敵対するものは、容赦なく殺す。それが普通だ。例外があるとするなら自分たち、アウトサイダーだけだが……
(そう言えば、俺たちの神仔がどうとか、言っていたか……くッ)
足の痛みと理解し難い現状のせいだろうか。霧散する考えをセレンは掻き集める事も出来ずに、時間ばかりが過ぎていくのだった。
「……おっと、ほらよ。到着だ」
程なくして、ザンカは一つの部屋の前で足を止める。この迷宮の中心部付近だろうか。埃っぽい、古臭い木の臭いがセレンの鼻についた。
「んじゃ、変に動くなよッと」
そう言うと同時に、ザンカはセレンの懐をまさぐり始める。
「なッ!? 何してんだテメーッ!?」
「何ッて……。見りゃわかんだろ。ボディチェックだ。ボディチェック。そう変な顔すんなよ」
「クソッ」
「……やっぱ、まだ他に武器を持ってるんじゃねえか。たくっ、お嬢はこういうのに甘すぎんだよなァ……。ン? なんだこりゃ?」
セレンの懐にあったナイフを取り出しつつ、もう一つ別の代物をザンカは見つけ出した。オイルライターだ。ザンカは物珍しそうに蓋を開け、発火円盤を回した。カシュッと軽快な音を立てて火花を散らすが、肝心の芯に火は付かない。オイル切れしていることが見て取れた。
「クソッ! そいつに触んな……返せッ!!」
「なんだ? こんなガラクタがそんな大切なモンか。……まぁ、イイだろ。ほらよ」
セレンの鬼気迫る表情を尻目にかけ、ザンカは興味をなくしたように火の付かないオイルライターをセレンの懐へ戻した。
一通りボディチェックを終わらせたザンカは、セレンにニヤリといやらしい笑いを向ける。セレンはそれに対し睨み返した。
「……俺はテメーみてえなヤツ、嫌いじゃねェぜ?」
「ハァ? 何をふざけたことを……」
「お前の眼は、汚れているヤツの眼だからだ」
ザンカの目は酷く昏い。汚物を見るような目で、彼はセレンを睨めつける。
「お前の眼は、汚れていることを知っている上で、それから目を逸らしているヤツの眼だ。あぁ、俺はそういうヤツ、嫌いじゃない」
ザンカは言葉こそ友好的だが、『視認』しなくてもセレンにも分かる。その言葉は、純然たる敵意の言葉であると。
「何を言ってんだ、テメー……」
「ハッ。まァ、しばらくはお前はお仲間と同室だ。少しでも生きてる時間を延ばしたかったら、ムダなことは考えねェことだな」
「こんな状態じゃ何も出来ねえよ。って、仲間……? 一体、なんのことだ……?」
木々に飲み込まれる直前、セレンはあの場に居た全員がファルファレルロの神仔の手に触れていたことを確かに『視』ている。彼女の神性ならば、全員が危機を脱していることであろう。
セレンはファルファレルロの連中を嫌悪しているが、同時に彼らの誓約に対する誠実さは認めている。同盟を結んでいる限り、アウトサイダーの誰かを見放したということは考えにくい。自分以外に迷宮に飲み込まれた人間はいないはずだ。
「テメーらの事情なんて知らねーけどよ。まァ、見たら分かんじゃねーの? ま、俺には関係ない話だけどな」
「…………呪われろ」
「呪われろ? ハッ。誰に言っている? お前にも俺のコナトゥスが何なのか、教えてやろうか? まァ、近いうちに知る事になるだろうけれどな」
ザンカは扉を開け、セレンに入れと部屋の中をアゴで指した。
セレンは無言で部屋に足を踏み入れる。するとすぐに扉は閉められ、ガチャンと鍵を下ろされる音が鳴った。それで用は済んだのだろう、扉を隔てた向こう側からは、既に連行者の気配が消えていた。
「フン…………」
鼻息を一つ不機嫌そうに漏らすと、セレンは部屋の中を見渡す。窓や差し入れ口の見当たらない室内はひどく暗い。だが、セレンのコナトゥスは視る事に特化している。砂塵混じりのはるか遠方を捉えるのに比べれば、こんな状況などさしたる苦でも無かった。
(これは……血の匂い、か?)
濃厚な緑の臭いに混じる鉄錆の臭い。徐々にその暗闇に慣れていくと、セレンは部屋に呆然とたたずむそれを『視認』した。
「……ッ!? なんでテメーがここに居るんだッ!!」
意味が分からない、とセレンの口から驚嘆の言葉がこぼれる。そこには、未だ虚ろな目で狂気に飲み込まれ、無残な姿となったハカナがいた。




