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小さな箱庭の壊れた世界  作者: Ratte
2nd day - 豊穣命宮
37/72

#37

“Reasonable Reason”

 

 *




 ――――深緑の森の中で、幾度となく虚しい残響が続く。


 シンゴとレイバルの二人とツバメの戦闘は未だ決着が付かない。

 強大な怪物の腕を切断したシンゴの野太刀も、受ければ人の身ならばただの肉塊に変えられるようなレイバルの大剣も、全て彼女にいなされている。

 セレンたちも銃で援護をしようとするが、ツバメは二人の影に回り込み、彼らを壁にして射線を塞ぐ。

 彼女の動きは流麗であり、一切の無駄がなかった。シンゴとレイバルの二人を相手取り続けても一切、息を切らせていない。


 そんな彼らの戦いを『視』ている内に、セレンは『視認』によって理解してしまった。

 シンゴとレイバルは決して弱くはない。それどころかセレンが知る限り、この世界において五本指には確実に入っているであろう実力者だ。彼らがその気になればセレンは逃げることすら叶わず、殺されてしまうであろう。それなのに二対一でも崩れる気配のない彼女の強さの正体を、セレンは『視』た。


「……化け物め」


 自身のコナトゥスを十全に扱うシンゴやレイバルと違い、彼女の強さはコナトゥスなど関係ない(・・・・)。


 ただひたすら一切の無駄もなく……ただひたすら合理的(・・・)に続けられたような修練による肉体と技術。まるで幾月、幾年を積み重ねた巨大な千年樹の如き質実剛健さ。

 それが彼女の強さだ。

 妥協も無駄もない努力。その日を生きられるか、死ぬかすらわからないこの世界で、彼女ほど己を鍛え続けた者はいないであろう。


「クソッ……!」


 セレンは彼女が絶対的強者であるということを嫌と言うほど理解した。戦っている二人が一番分かっていることだろう。本調子ではないシンゴであれば尚更だ。

 一瞬、戦っている二人にツバメを任せて、残った者のみで先を進む考えがセレンに過ぎる。しかし、まだマラコーダの兵隊は最低三人は残っており、この迷宮を造り上げたであろう神性を持つ神仔もシンゴとレイバル抜きでは倒せるとは到底思えなかった。


 もう時間がないというのに。ただそれだけが無為に過ぎていく。焦燥感と無力感が、セレンの内で渦巻く。




「――――なんでだ」


 そんな言葉がセレンの口から吐いて出た。


「セレンくん……?」


 ラタネが彼を慮って名を呼ぶ。しかし、彼の激情は収まらない。


「なんで、そこまでオレたちの邪魔をする? なんで、お前はそうまでして戦える?」

「…………」


 ツバメはその問いに答えない。戦闘はまだ継続しており、シンゴとレイバルの猛攻は続いている。


「お前たちだって……生きたいはずだ。この不条理なルールを作った神の神仔さえ、殺せば。お前たちだって……!」


「否定」


 そこで初めてツバメは彼らに口を開いた。セレンは息を呑んで彼女の言葉の続きを待つ。一瞬だけ、ツバメはセレンを一瞥した。


「回答。我々は元よりそう言った存在だからだ。我々、兵隊の生(セイ)は二十の歳で幕を終えるその時まで。そういった生き物だ」


 告げられる彼女の声は静謐(せいひつ)だ。何一つ曇りのない言葉。だからこそ、その言葉が彼女自身のものだと、この場にいた者は理解してしまう。

 その価値観に、自分たちとの違いに、その場に居た者全員が目を見開き……白髪の神仔だけが目を逸らした。


「ふざけるなッ!! 違うッ! 違うッ!! オレたちは、そんなんじゃない……!」

「無用。お前たちの言葉は無意味だ。この戦いも、我々の勝利。お前たちの行動もまた無意味だった。この世界は変わらない。過去から積み重ね、幾年月、幾星霜が経とうと……これからも」


 セレンの激情を他所に、その言葉によってツバメは自らの目的が達成されたことを宣言した。


「何ッ……?」


 ヒュンッと風切り音。ボウガンの矢がシンゴの足元に刺さる。同時にツバメは後ろに飛び去り、彼らから距離を取った。


「…………待たせたな、姐さん。邪魔したか?」


 ザンカの悪意混じりの声が聞こえる。恐らくは迷宮の木々の中に紛れているのであろう。同時に複数の気配。マラコーダの兵隊全員がこの場に居るのだろうか。セレンが居場所を『視認』で探ろうとも、既に無意味だ。


「否定」


 ザンカの質問にツバメは無表情なままで首を振って答えた。そこになんの衒(てら)いもなく。それが彼女らにとっていつも通りだと、そう物語っていた。


「……予定通りだ」

「ハッ、そうか。そりゃあ、よかった」


 気付いた時にはもう遅い。彼女の目的は最初から一つだった。シンゴたちとの戦闘も思えば彼女は初めから勝つ気などなかった。

 そうだ。彼女は初めからただ耐えればよかったのだ。例え迷宮が破壊されているような異常事態であろうと、七対一と言う圧倒的な不利な戦闘であろうとも。ツバメは彼女の仲間たちがこの場に現れるまで、準備の整うまでのただの時間稼ぎであればよかった。


 自身の感情も、矜恃も、尊厳すらも。彼女は自ら全てを廃する。自身は自身の為のただの道具。唯(ただ)、必要な理(ことわり)を追求するだけの――――『唯理(ゆいり)』。

 それが彼女の持つ、生きる意志(コナトゥス)だ。

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