#29
“ The Four Corners Of The Earth”
*
ハカナの目に映る世界は再び灰色に染まっていく。日差しは容赦なく照りつけ、砂風が体を吹き付ける。ひび割れた彼の心に、砂は虚しくすり抜けていった。
「はぁ……はぁ……あっ……」
走る足がもつれ、勢いのままにハカナの体は地面に衝突する。
「がはっ……はぁ……はぁ……うっ……」
衝撃が全身に奔る。痛みは感覚が麻痺しているのか薄い。反射的に嗚咽が彼の口から漏れ出た。心が締め付けられたように苦しい。しかし、休むわけにはいかない。ハカナは震える足を何とか立ち上がらせ、想いは宙に浮いたままに再び走り始める。
……彼の視界の端に時折、複数の人影が見える。直視することを避けていても、その影が何なのか、ハカナにはわかっている。いや、分かっているからこそ直視することを避けているのだ。
いくつもの影は人だったものの残骸、成れの果て。もう物言わぬ亡骸。生き残ることが叶わなかった、ゲームの敗北者たち。それらが嗤っていると、ハカナは錯覚した。
(……気のせいだ。そうに違いない)
けらけらと笑い声が聞こえる。幻聴だとハカナは頭を振って、益体のない妄想を無理矢理に掻き消そうとした。廃墟の中、黒い、死の臭いが充満している。まるで、葬列のようだ。参列者たちがハカナを手招いている。お前もこちらに来い、と。
昨日見ることがなかったのは、恐らくはあのおぞましい怪物が、全てを喰らっていたからだろう。そんな嫌な想像だけが、ハカナの頭の中で働き続けている。
「………………違う」
働き続けているのではなく、働かそうとしている。
(僕は…………逃げた。彼らを置いて僕は逃げた。逃げたんだ……!
いや、仮に僕が居たところで何が出来ただろうか? 何も出来やしない。昨日と同じように酷い目に遭うだけだろう?
嫌だ。嫌だ。嫌だ。あんなのはもう、沢山だッ!)
アウトサイダーを見捨てて逃げた後悔より、自分の行いを正当化するような言葉ばかりがハカナの頭を駆け巡る。無意味だ、無駄だ、と自身を否定をすることで、そんな事よりずっと最低な自分から彼は目を背け続ける。
「……何でこんなことになっているんだろう?」
呟いてもその問いに答える者は、どこにもいない。彼は再び、一人になったのだから。ただ苦しみと、体の内に這いずり寄るものだけがハカナを苛み続けている。
そうこうと逃げ続ける内に、自然と走る足が緩まっていく。そして、数歩でその足は完全に止まり、彼はその場にへたり込んだ。
残っているのはただ、ぽっかりと空いた心の外側に纏わり付いている、無意味な罪悪感だけだ。
「あれ…………?」
しばらくハカナは呆然とした後、代わり映えのない変わりなかったはずの廃墟の景色に変化が訪れていたことに気付いた。先程まで、手招きをしていたものたちも今は見当たらない。
違和感、そして予感。昨日にもあった自分の中の常識が崩れ去るような類の何か。体は空洞になったかのように鈍く、逆に頭だけが薄い膜が張っているように冷静になっている。
太陽が中天から動かなかった時のような、僅かなものとは違う。目にすれば分かる、明らかな異変。 それを確かめるべく、彼は震える足のままに何とか歩を進めた。
一歩、二歩、三歩、四歩。
目に映るものを否定したいが為か、進む足は遅い。しかし、抵抗にならない抵抗も虚しく、ハカナはそれを目撃することになる。
「あ…………あぁ……」
違和感の正体を見て、自然と震えた声が漏れる。そして、視界に映るもの全てが歪んで見えた。
それは、世界の終わりだった。
*
一方、その頃。
アウトサイダーたちのいる病院内では、剣呑な空気が漂っていた。セレンの手には拳銃。銃口からは硝煙が未だ漂っている。彼は敵意の眼を目前の相手に向けていた。
「……随分と手荒い歓迎じゃないかい?」
嘲るようにセレンに相対している少女が挑発する。セレンは無言でその少女を睨みつけるのみだ。
「――――よせ」
今にも再び銃口を向けそうなセレンを、シンゴは手で制した。セレンは短く舌打ちをして、銃をホルスターへ納める。鋭い視線を件の少女へ向けたままだ。
「すまない」
「いや、先に挑発をしたのは我々の方だ。それに、彼に当てる気がなかったのも見て取れた。……彼女には、私からも後で言っておこう」
謝罪をするシンゴの横にもう一人の青年がいた。金髪碧眼の美丈夫だ。歳はシンゴと変わらないぐらいであろう。身長はシンゴより少し高く、厳かな雰囲気は見る者に冷たい印象を与える青年であった。
その彼の後ろから、もう一人の少女が現れる。
品のある黄色を基調としたローブ、それに映える美しい白い長髪。整った顔立ちからは何処となく清澄な気配を感じさせる。控えめな立ち居振る舞いもまたその雰囲気を助長させていた。どことなくレキナに似た神秘性があり、御伽話の聖女を彷彿とさせる。
彼女だけではない。先程の少女と青年を含めて、五人。その全員がアウトサイダーたちとは全く異なる服装をしていた。騎士のような鎧を着た者、修道女と思わしき者。あたかも中世や近世の時代から切り取られてきたかのような姿は異様とも言うべきか。
聖女は清廉な声で語りかけた。
「我ら、『ファルファレルロ』。主の御名において、汝ら『アウトサイダー』との同盟の契りにより、参上しました」




