#27
“My Foolish Heart”
*
「――――という訳なんだけど……」
何故か。なし崩しに、レキナの勢いのままに、ハカナはこの世界に来てからの事を彼女に話すことになった。
(何で、こんなことになっているんだろう……?)
そんな風に思いながらも、ハカナは目を覚ました時からのあるだけの記憶をレキナに吐き出した。もちろん、眠れない理由に彼女自身のことも含まれているのは隠したままだ。情けないと思いながらも、彼は未だに彼女を恐れている。レキナと視線が合えば反射的に目を逸らした。
だけれど、そんなハカナにも構わず、彼の話を彼女は真摯に聞いているようだった。興味深そうに、彼のあまり上手くない語り口を聞き続ける。
そして、ハカナが一通りを語り終えて。
「そう、災難ね」
「僕の話を信じるの?」
「おかしなことを訊くのね。人は自分の見たものを信じるものじゃないの?」
「ごめん、ちょっとよくわからない……」
正直なところ、彼は自分の話が聞いてもらえると思っていなかった。昨日は余裕もなく、この世界のことを教えて貰うだけで、彼自身のことはほとんど何も言えていない。
多少、冷静になった後に考えてもあまりに荒唐無稽な話だ。信じてもらえないどころか、特にセレンに猜疑の目を向けられるだろう。自身ですら、狂っているとしか思えない程だ。
「……それで、あなたはこれからどうしたいの?」
「それ、は……」
ハカナは言葉を詰まらせる。この先、生きていけるかすら、彼には疑わしい。元の世界に戻る戻らないと考える以前の問題だ。正しく一寸先は闇。これからどうするか、そんなことは彼自身が知りたいものだ。『いつ死ぬかわからない』。そんな言葉が夜からずっとハカナの頭に留まり続けている 。
「……ハカナ、こっち見なさい」
「ん……?」
ネガティブな思考に囚われていたハカナに、レキナは唐突に言葉を投げた。言われるがままに、目を逸らしていた彼は反射的に顔を彼女に向ける。
「えい」
ぐにり。同時にハカナの頬に何かが押し付けられた。
「えっ」
恐る恐るハカナが確認すると、何の冗談か彼女は彼の頬に人差し指を押し付けいた。これでもかと言わんばかりにぐりぐりと捻りこんでいる。
「ちょ、ちょっと……?」
ぐりぐり。
「えっと、その……」
ぐにりぐにり。
「…………」
ぐりんぐりん。
(……なんだこれ?)
突然の小学生のような悪戯に、ハカナは動けなくなった。されるがままに、ぐりんぐりんと頬をレキナに好きにされる。しばらくして、ようやく彼女は気が済んだのか、
「ふっ……これでよし」
そう満足そう言って、に頬を押し付けていた指をすっと離した。ハカナは彼女の顔を見るが、ひどく満足そうな表情をしている。完全なドヤ顔だった。
(訳が分からない……!)
呆気にとられて動けないでいるハカナの顔を見て、彼女は何かに気付いたのか。
「あれ……? 何か間違えたかしら……? おかしい、二人はいつもこんな感じだったはずなのに……」
何やら深刻そうな顔で、レキナはぶつぶつと呟き始めてしまった。二人とは、セレンとラタネのことだろうか。そんな風にハカナが思っていると、彼女は納得したように、
「…………あぁ、もしかして。あなた、普通の人と感性がずれてるのでは?」
「えっ。これ、僕が悪いの!?」
ハカナのツッコミに、うーん? とレキナは首を傾げた。どうやら本気で悩んでいるらしい。
その彼女の姿には初めて見たときのような神秘性は感じられない。既に何処かに吹っ飛んでしまっていた。さっきから彼女からは神の子だとかそういう威厳みたいなものが全くない。
まるで、普通の女の子だ。
そんな風に思ったハカナは胸に何か、わだかまりを感じた。うーん……? と今度は彼が首を傾げる。
(なんだろう、この感じ……)
違和感の正体が分からず思案に耽るハカナの顔を、レキナは不安そうな顔で見上げている。まるで、何かに失敗して、でもその原因が自分には分からなくて。どうすればいいか、迷っている幼子のような。放っておけず、意を決して言葉にする。
「その……ありがとう」
「えっ……?」
「何かすごい、心配をかけたみたいで。まだ大丈夫とか言えないけれど……話を聞いて貰えて、大分、マシになった気がする」
「……そう。それは、よかった」
レキナは笑った。昨日見た意地悪そうなものでなく、年相応の少女のように。
「あなたのことを心配していたラタネも浮かばれるわ……」
「そっか、ラタネが……」
次に会った時にはラタネにも礼を言っておかないと。彼女の思惑を知ることのないハカナはそう思った後、レキナと視線が合った。彼女に対する恐れはまだ染み付いている。
……右腕に巻かれている包帯の中身さえ無ければなぁ、なんてことを彼は考えながら、鎌首をもたげる恐怖に抗いを試みる。
そして、彼女の不安を取り払うべく、ハカナも笑顔を作るのだった。




