芽吹く ※
【R15】これより暴力表現及び性描写が含まれますのでご注意下さい。
またキャラクターのイメージを損なう可能性もあります。
自己責任でご覧下さい。
止めろ! とナイリアスは声にならない叫びを上げる。
止めてくれ! と両目を掌で押さえながら天に向かい絶叫するも、この場にはナイリアスの声はうめき声さえも響かない。
透ける体となったナイリアスは宙へと浮いたまま、その場から逃げ出す事も叶わず眼下で繰り広げられる凶行をただただ見ているしかなかった。
魔力に酔い血走った目で正気を失った己の姿だけでも目を背けたくなるほどだというのに、そんな自分が魔王殿を蹂躙する夢を毎夜見続けている。
抗えば加減なく拳を振るい、繁殖には至らない小さく幼い体を欲望の赴くままに貪り続ける夢である。
少々度の過ぎた竜族至上主義な思いはあるが、普段のナイリアスは穏やかで冷静な性格をしている。
他種族が竜族を貶める言葉を口にすれば激昂はすれども、己の力を重々承知しているため簡単に手を上げるほど短気ではない。
同族の、改革的な兄を相手にすれば多少は血の気も増えるが、それでも手を出すことはない。
自他共に、ナイリアスとは冷静沈着であり物事に動じないと思い思われていた。
しかし、眼下で魔王殿へ陵辱の限りを尽くす自分の姿はどうであろうか。
これが心の奥底に秘めた本当の自分なのかと思うと、言い様の無い絶望感に襲われる。
これが本当に自分の求めている事なのかと思うと、激しい嫌悪感に苛まれる。
毎夜見せ付けられるおぞましく醜い自分の姿は、己の自尊心を激しく傷付けていった。
幾ら叫び乞い願っても夢は終わらない。
眼下にて欲望の丈を全て吐き出した凶行が終わると、宙に浮いていたナイリアスの視点は嫌悪する己の視点と重なる。
己が組み敷いた魔王は抗った際に受けた拳で涙に濡れた頬を腫らし唇を切っている。
そして更に悪夢は続く。
間近で見下ろす魔王は、それまで虚ろに見開いたままであった目を徐にナイリアスへと向けた。
魔界を訪れた際に見かけた、邪気の無い笑顔、驚きに満ちた表情、感情を隠すことなく見せていた魔王からはとても想像ができない悪意に満ちた笑みを浮かべるのだ。
その毒々しい笑顔は、思わず顔を背けたくなるほどである。
実際に、魔王を蹂躙していた己が顔を背け、再び視線を戻すと魔王の姿は蹂躙される前へと戻り、頬の腫れも陵辱の痕も一切なくなっている。
そして、魔王の両隣には二人の兄が侍り、唇を寄せ体を寄せて睦み合う姿を見せつけるのだ。
『陵辱しか能の無い情けない男だこと。それでも竜族の男なの? お前の兄達のがまだマシじゃないの』
頬を撫でながらフィンデイルを見つめる目はうっとりと熱を帯びているのに、転じてナイリアスへ向けられる眼差しは嘲笑を浮かべている。
『でも……所詮、竜族よね。どの男もつまらないわ。やる事なす事の全てが代わり映えしないんだもの。つまらない竜族よりも、人間族との方が刺激も多いし楽しいわ』
魔王が楽しげに告げると、ラーディエスの姿は竜界に出入りする人間の商人へと姿を変える。
四肢を絡ませ嬌声を上げる魔王から商人を引き離したくとも、ナイリアスはぴくりとも体を動かせない。
ただ、目の前の繰り広げられる痴態が終わるまで、見ている事しかできないでいる。
最中の間も聞こえる魔王の囁きは、兄達への少なからず持っている妬ましさを曝け出し、竜族としての誇りを踏み躙るものばかりである。
反論もできないナイリアスはただ聞くことしかできない。
耳を塞ごうと、意識を遮断しようとしても、頭の奥底から声が囁いてくるのだ。
当初は腹立たしく思いながら気にも留めていなかった言葉の数々が、日を重ねるごとにナイリアスの心を蝕んでいく。
そして事が済んだ魔王は、邪気を含み冷めた嘲笑を浮かべながら最後に告げる。
『役立たずな竜族なんて、死んでしまえば?』
その言葉を合図にナイリアスは悪夢から目覚める。
跳ね起き、激しく脈打つ胸を押さえ、冷や汗を浮かべた額を拭いながら、魔王の傍に侍っていた大公達の嘲る忍び笑いが一瞬聞こえた気がして頭を振った。
部屋付きの従者が慌ててナイリアスの元へ冷たい水を持ってくると、奪うようにして一気に飲み干す。
連れ出した魔王が魔界に戻り、十日を過ぎた辺りから見出すようになった。
魔力に酔い、乱れた竜血も魔王が戻ってから五日で元に戻ったが倦怠感は暫く残った。
また、今尚残り続けているのは飢餓や喪失感である。
寧ろ日を追うごとに強まっていく。
水籠の中で魔王に見つめられた瞬間、注がれた魔力は未だ嘗て経験した事のない高揚感をもたらした。
兄である王の呼び出しがなければ、竜血の乱れをも気にせず注がれる魔力に身を任せていたに違いない。
身を任せていたら自分はどうなっていたのだろうか。
得られた高揚感以上のものがあったのではと思うと、もう一度あの魔力を身に受ける事ができるのであれば、そう思う気持ちが止められない。
魔王の力をどうしても借りねばならなくなった今、一向に魔界からの色よい返事が貰えず竜界は騒がしさを増す一方である。
自分の首一つで、魔王が溜飲を下げてくれるのであれば差し出す事に抵抗は無い。
だが、自分の首を落とすのは魔王のみだ。
あの濃い魔力を注がれながら首を落とされるのならば本望である。
ナイリアスは恍惚とした表情を浮かべながら、自分の首をひと撫でして切なく吐息を零す。
――――次。
そう、次に魔王と会う機会が巡るのであれば、今度は失敗しない。
毎夜見る悪夢に窶れ、柔和であった面差しに暗い鋭さを増したナイリアスは暗闇を見据えて薄く笑う。
今度は確実に、魔王自ら檻の中へ入るように仕向ければ良いのだ。
魔王がこの腕の中へ入ってきたその時は、今度こそ――――。