抜け落ちたもの
凪は神社の境内の中で目を覚ました。朝の光が優しく照らし、御神木は神々しく輝いている。
凪は身体を起こす。一晩中寝ていたのだろう、身体が軋むように痛い。
「あれ、何しに来てたんだっけ?確かお姉ちゃんのお見舞いに行って、それから……」
昨晩のことを思い出そうとすると頭痛がする。
「とにかく、帰らないと!お母さんが心配しちゃう」
凪は急ぎ足でその場を駆け出した。
自宅に戻ると、母にそれはもう泣かれた。お姉ちゃんに続き私まで失うと想像してしまったらしい。本当に酷いことをした。
「ごめんね、お母さん。お詫びにはならないけど」
そう言って凪は昨日のことを話した。
「私も神社に行ったんだ。お姉ちゃんのことを願いに」
「あらそうなの!」
佳代は泣きじゃくった後の顔のまま、笑顔を浮かべた。
「それで多分だけど、神様に会ったよ!とっても大きくて神々しかった!直接お願い出来たの!」
「なんて凄い、そんなことが……」
佳代は凪を力強く抱き締める。
「貴女は自慢の娘よ。お姉ちゃんにも伝えなきゃね」
放課後、母と共に姉に会いに行くと、灯の容態は回復し、目を覚ましていた。
「良かった、体調良くなったのね」
「ごめんね、心配かけて」
「それより聞いて?凪も灯のことをお願いしに天ノ杜神社に行ってくれたのよ!」
「……珍しい、どうしたの」
灯は目を見開き、変わったものを見る目で凪を見た。
「いや、良くなったら良いなって」
「それでね、神様に会ったんだって!灯の具合が良くなったのはそのおかげね!」
「あ、ありがとう」
灯はお礼を言いながらも、怪訝な目で凪を見る。凪はそれが不思議だと言わんばかりに灯を見返す。
「先生、来た?」
「来たよ」
「何て?」
「薬を増やすって。それでも駄目なら、もう長くないかもしれないって」
「そっか」
凪は灯の布団を胸元まで掛け直した。
「寒くない?」
灯は答えなかった。
「凪」
「何?」
「それだけ?」
「何が?」
「私、長くないかもしれないんだって」
「聞いたよ」
「怖くないの?」
凪は少し考えた。灯が死ぬ。
その言葉の意味は分かる。悲しいことだとも思う。けれど、それをどうにかしたいという焦りが、どこにもなかった。
「怖がっても仕方ないでしょ」
灯は絶句した。
「一昨日まで、そんなこと言わなかった」
「そうだっけ」
「治す方法を探すって。諦めないって」
「無理してたのかも」
凪は笑った。
「神社に行ったら、少し楽になったの」
灯の指がシーツを掴む。
「行ってよかった」
そう言う凪に、佳代は嬉しそうに微笑む。
「天ノ杜様が受け止めてくださったのよ」
「うん」
二人の声を聞きながら、灯は交互に顔を見た。二人とも変わらず優しい。何も失っていないように見える。
「ねえ」
灯の声が震えた。
「私に、治ってほしい?」
佳代は眉を下げた。
「苦しくないようにしてあげたいわ」
「凪は?」
「何でそんなこと聞くの」
「答えて」
凪は灯の手を握った。
「姉ちゃんのこと、大事だよ」
「違う。治ってほしいか聞いてるの」
二人は黙った。困ったように見つめ合い、どちらともなく灯へ微笑みかける。
「大丈夫よ」
佳代が言った。
「神様には感謝してるから」
「私も」
灯は首を振った。
「何が大丈夫なの」
「落ち着いて」
「触らないで!!」
佳代の手を振り払う。点滴の管が揺れ、モニターの音が速くなった。
「灯?」
「誰なの」
「何言ってるの。お母さんよ」
「お母さんも、凪も違う。そんな顔しない」
「姉ちゃん」
「私を助けたいって言ってよ!」
凪は返事ができなかった。
「言って。お願いだから」
灯の目から涙がこぼれた。
「死なないでって言ってよ!!」
佳代は灯を落ち着かせようと抱きしめ、凪はその背中を撫でた。二人とも、何も言わず穏やかな顔をしている。
「お母さんと凪を返してよ!!」
病室に灯の慟哭が響き渡る。
二人はただ、訳も分からず困惑するだけだった。




