007 買い物で迷子になっていたら目の前からものすごいイケメンが迎えに来てくれて心臓がキュン死した
第一の失敗は、買い物に出かけようとしてしまったことだと思う。そしてもう一つの失敗は意地でも師匠についてきてもらわなかった私の過剰な自信だ。
「……お前、ポンコツなのに家事能力はあるんだよなぁ」
「え、お嫁に来てくれって?」
「言ってない」
師匠の急な褒め言葉に私の理性が少し崩壊した。
「どうしたんですか、急に」
私がここでの生活を始めて約2週間。朝食を食べている師匠はしみじみと言ったようにそう呟く。
「まさか、お前がふわふわのオムライスを作れるとは」
「ししょーの口からふわふわって言葉が出るのすごく可愛いです!」
「やかましい。二度と言わん」
「そんなっ!」
けれど師匠が卵を好きなことは薄々気づいていた。ご飯で卵を出した時はいつもよりも口角が0.5mm上がっている。だから卵の補充は欠かせない。
「おししょー」
「その気の抜けた呼び方を何とかしろ」
この呼び方は気が抜けているだろうか。私には分からないが師匠が気に入らないならばいつも通り呼ぶしかない。
「買い物に行ってきます」
何より卵が切れたのだ。このままでは師匠の口角が上がらなくなってしまう。
「食材か?」
「はい。いくつか在庫がなくなったものがあったので」
「……ついて行こうか」
外出を面倒くさがる師匠からまさかのお供発言。もちろんついてきてもらいたい気持ちは山々だ。ついてきてもらえば一緒に買い物つまりデートだ。
「大丈夫ですよ。ししょーがくれた超広い袋もありますから」
けれど何度も言う。師匠は外出を面倒くさがる性格だ。そのためだけに私を師匠のペットとして召喚したのだ。そんな師匠にわざわざついてきてもらうなど私を召喚した意味がないというものだ。
「それに前回ししょーがちゃんと場所教えてくれたので大丈夫ですよ」
そこまで私が言うと師匠は納得はしていないが理解はしたようで頷いて「気をつけて行ってこい」と言ってくれた。
「大丈夫です。ちゃんとししょーの胸の中に帰ってきますから」
「そこまでは求めていない」
「照れなくていいのに〜」
そうして私は一人で街へと出かけたわけだ。
「……………………ここはどーこだ」
買い物はした。迷わずに卵も買えた。私の懐にある超広い袋に食材はきちんと入り込んでいる。そこに問題は全くない。けれども問題があるとすれば。
今迷子になっているこの現状だろう。
「……悪いのはあの黒猫さんだ」
食材を売っている店から出たところで入り口の前を黒猫が通りかかった。黒猫は不幸の象徴だと聞くがそんなのは迷信だ。あのとがった耳や牙、懐かなそうでそっけない姿はまるで師匠のようだ。師匠のような真っ黒な黒猫に意識を奪われたのが全ての敗因だ。
周りの景色は街ではあるのだけれど見たことがあるようなないような景色だ。どうやら黒猫を追って少し街の中を徘徊していたようだ。あの黒猫にはきっと人を惑わす不思議な魔術がかけられているに違いない。全くしてやられたものだ。
とりあえずここでじっとしていても仕方のない状況なので歩き回ってみようと思う。幸い日が落ちているわけでもないし、歩いていればいつか師匠の家にたどり着けるだろう。
そういえば子供の童謡で迷子になった子猫を犬のおまわりさんが助けるという歌があった気がする。
「最後になった子猫さんは結局自分の家へ帰ることができたのだろうか…………」
空を眺めながら思わずそんなことをつぶやいた。
「………………」
あまりにも甘いといえよう。何がと聞かれると、答えは一つ。私自身の考えだ。誰だ歩いていれば家まで帰れると言ったやつ。日が落ちてないから大丈夫と言ったやつ。私だ。
一向に家に着く気配がない。太陽が家の後へと隠れようとしている。
「……やばいなぁ」
このままでは私の愛する師匠がお腹を空かせて泣いてしまう。早く帰って師匠のご飯を作らないと。師匠は一人だとご飯も作れないし飲み物も入れられないダメな可愛い人なのだ。私がいないと生きていけないのだから一刻も早く帰ってあげないと。
「……よぉし」
改めて気合を入れるように拳をにぎり前を向けば、ポケットに手を入れたかっこいいイケメンが前方から神のように歩いてきていた。
「ししょー、お迎えに来てくれたんですか?!」
遠目だからと言って私が間違うはずもない。あれほど素敵でかっこよくてイケメンで背が高くてつり目なイケメンが師匠以外にいるとも思えない。困っていたところに颯爽と登場するなんてまるで神にでも会ったかのような心地だ。知らない場所で迷子になっていたので内心ものすごく心細かった。涙を流すほどではないけれど目の奥から何かが込み上げてきそうな感情をぐっとこらえる。涙は出ないけれど目の奥から水のようなものが少しだけこぼれそうになった。師匠に見せるわけにはいかないので耐えたけれど。
「違う。たまたま通りかかっただけだ」
「ししょーがツンデレ属性に芽生えた!」
「人をよくわからない属性に入れ込むな」
「分からなくないですよ!この世で最も尊い属性です」
「喧しい」
師匠は軽く私の頭をはたく。ご褒美だ。
師匠はため息を吐いた後に手に持っていたものをポケットに入れようとする。
「ししょー、それなんですか?」
見た目だけでは完全にコンパスに見える。方位を示すあの道具だ。これを持って歩くということは師匠はもしかして方向音痴なのだろうかと自分を棚に上げて推測する。
「人を探すコンパスだ」
「?!」
間違いなく私の心臓は壊れただろう。なんだその便利な道具は。それがあれば間違いなく私が迷うこともなくなるだろう。そんな素敵な道具を開発したなんて師匠はものすごく天才なのだろう。けれどそんなことよりも何よりも。「たまたま通りかかっただけ」の師匠がなぜそんなものを持っていたのか。考えなくてもわかる。師匠はわざわざ家を出て私を探すためだけに魔道具を使って私の元まで来てくれたのだ。あの外出嫌いの師匠が私を迎えに行くためだけにわざわざ魔道具まで持ってここまで歩いてきてくれたのだ。
あまりにもあんまりな状況に私の脳の処理が追いつかない。しかも師匠は私に迎えに来たということを悟らせないために「たまたま通りかかっただけ」という嘘を言っていたのに手に持っているものが「人を探すコンパス」だと私に伝えてしまった。なんて迂闊なんだ。なんて可愛いんだ。
「ツンデレ最高……」
私の口から漏れた言葉はその一言だけだった。
「ところで買い物はできたのか?」
「それは完璧です」
「なら帰るぞ」
「はい」
ここで手をつなげたりしたら幸せなんだけどなと思いながらも私と師匠は残念ながらまだ、『まだ』恋人という関係ではないのでそれも叶わない。
「帰ったら、師匠の大好きな卵を使って親子丼を作りますね」
「……」
師匠注意して見ていた私にはわかる。今師匠の広角が0.3mm上がった。これは嬉しい感情を表している表情だ。もし師匠が犬ならばゆらりとしっぽが揺れていただろう。犬姿の師匠を想像すれば危うく心臓が死にかけた。
師匠が好き嫌いを言わない。だからこうして察するしかないのだ。今のところご飯を作ってみて師匠が食べなかったものはない。本当に好き嫌いはないのだろうか。好きはあるとしても嫌いなものはないのかもしれない。なんて立派な大人なのだろう。
まだ出会って2週間という短い期間だから師匠は私に弱みを見せてくれないのだろう。これから長い時間をかけて少しずつ師匠との関係を向上させていきたい。師匠の好きなものも嫌いなものもたくさん知りたい。苦手なものも得意なことももっともっとたくさん知りたい。そして私は
「目指せししょーますたー!」
「意味がわからん」
そして後頭部に師匠の手が触れるというご褒美をもらった。




