001 めっちゃ私好みのイケメンが目の前に現れて転移したことなんてどうでも良くなった
王都の街の一角の普通より少しだけ大きな家。そこにはレイドールという男性と、マリアベルという女の子が2人で過ごしていました。
2人はとても仲が良く
「おい、マリアっ! なんだこの玄関に飾ってある絵は?!」
「それは、昨日ししょーが木から降りれなくなった黒猫を助けたところです!」
……とても、仲良く
「そう言う事を聞いてるんじゃねぇ! なんでこの絵がここにあるんだって言ってんだよ! つーか、そもそも何で撮ってんだよ! しかも合成して俺にも猫耳と尻尾生やしてんじゃねぇか!」
「尊かったので!」
「答えになってねぇ!」
………………仲良く
「だって、ししょーみたい黒猫ちゃんで可愛かったんですもの!」
「なら黒猫だけ残せよ! つーか可愛くねぇ! しかも無駄に額縁でけぇんだよ!」
二人で暮らしていました。
「ちぇー」
師匠に玄関に飾っていた絵を取られふてくされる。いいもん。写真のデータはまだあるから何枚だってコピーを取れる。けれどこのままでは私の師匠フォルダはどんどん増えていって、データが収まりきらなくなってしまう。新しいメモリを買う必要があるだろう。
折角の皆に見てもらえる玄関だから、何か飾りたいと言ったのは師匠なのに。そんな思いを胸に抱けば、何かを察した師匠は私の頭を拳で押さえる。
「いたぁい! ししょーのぐりぐりは殺人級! 死んじゃうの!」
「死なん」
「ちょっ、ストップです! めり込んでるめり込んでるっ!」
私が悲鳴を上げたところでようやく満足したのかそっと拳を下ろす。
「もぉ、愛の鉄槌は程々にしてください!」
「何が愛だ」
「照れなくてもいいですよ〜」
私のおふざけに師匠はまた拳を構えたので「冗談ですって!」と誤魔化す。
師匠の手で死ねるのなら本望だが、物理的に拳で死ぬのは御免願いたい。
「つーか、もう直ぐ客が来る。店番してろ」
「了解ですっ! ししょーの為なら死ぬまで働きますよ!」
「死ぬ前に出ていってくれ」
「嫌です!」
漫才はこのあたりにして、私は『魔道具店マリー』へと向かう。向かうとは言っても、その店はこの家の1階だ。2階はキッチンやリビング、風呂などの居住スペース。3階は私個人の部屋と師匠の部屋。そして師匠の研究部屋だ。私ははじめの1回しか師匠の部屋には入った事がない。師匠から特に禁止をされている訳ではないのだけれど、勝手に入る訳にはいかない。
店の看板をcloseからOpenに直す。小さな店だけれど置いているものはとても多い。師匠が作った日用魔道具はこの近辺ではとても人気だ。私の前に住んでいた場所ではこのような便利な道具はなかったから最初は使い方を覚えるだけで精一杯だったけれど今ではお客さんに対して商品の説明までできるようになった。師匠からも安心して店番を任せてもらえている。…………と思う。
「こんにちはー」
赤い頭巾をかぶった妙齢の女性が店へ入ってくる。カランコロンとなるベルの音が扉を開ける音によって響き渡った。
「いらっしゃいませ!」
常連のお客さんに笑顔で迎え入れれば、彼女も決まったものを籠に詰めていく。
「今日はレイドールさんはいらっしゃらないのね」
「そぉなんです! 一緒に行きましょうって言ったのに、研究するって言ってきてくれなかったんですよぉ!」
頬を膨らませて今この場にいない師匠を睨めば女性からは笑いがこぼれる。
「ふふ。それがいいかもね」
「え?!どうしてですか?!」
あの最高にかっこよくて目の保養である師匠に合わなくても良いだなんて、この女性のメンタルは鋼どころかダイヤモンド出てきているに違いない。私はしばらく師匠に会えなかっただけで心はズタズタだ。
「だってマリアベルちゃん、レイドールさんがいると見とれて周りの事なんて目に入らないでしょう?」
クスクスと笑いながら答える女性に「ししょーがかっこよすぎるからいけないんです!」と店員としてあるまじき言葉を叫ぶ。
師匠の黒い髪も紫の瞳も尖った歯も頭から生えている二本の角も、全てが愛おしい。初めて見た時からこの一目惚れはどうしようもない。
私が師匠に出会ったのは、今から約1年前。今と同じようにうららかな春の風が頬を撫でる過ごしやすい季節だった。
「おかしい」
おかしい。とてつもなくおかしい。私は先ほどまで何をしていたのか。そんなの頭の中で答えはきちんと出ている。私は先ほどまで自分の部屋でお酒を飲んでいた。正確には飲もうとしていた。お酒を美味しく飲む為にトースターでチーズを焼いてベーコンも焼いておつまみを作った。そうしてようやく美味しいビールにありつけると思い手を合わせた瞬間。
「えっ、え??」
一瞬にして私の世界が変わった。
まだお酒を飲んでいないのだから私の頭は正常に機能していると分かっている。けれどもこれならば一層アルコールを含んでおけばよかったと思う。そうすればこの、訳のわからない足元の魔法陣や目の前に立っている真っ黒いローブを着た男性が持っている杖の先から煙やら光やら様々なものが溢れている事や、この部屋の至る所に怪しげな実験の跡が見られる事も全てスルーできたと思う。けれど現実は優しくない。いっそこれが夢であればよかった。いやもしかしたら夢なのかもしれない。そう思って頬を叩くけれど夢は覚めない。
「お前、名は何だ」
目の前の男性は、一歩ずつ歩み寄ってきて、ローブの帽子を脱ぎながら私に尋ねた。
その男性は
ものすーーーっごく良い声をしていた。
そして、顔を上げて姿を見れば
ものすーーーっごく私の好みドストライクの超イケメンだった。
意味が分からない。意味がわからないほど目の前の男性がとても格好良くみえる。見えるというより、格好良い。黒くてしなやかな髪も、紫に光る鋭い視線も、尖った歯も、髪の隙間から生えた2本の角も、全てが尊い。面倒そうに腕を組んでいる姿も片足に体重をかけている姿も私を睨みつける姿もすべてが美しい。
「マリアベルです!マリアでもベルでも、嫁でもハニーでも妻でも好きな呼び方で呼んでください!」
おっと。思わず本音が込み上げた。
「……ならマリアと呼ぼう」
「愛称で呼んでくれるんですね?つまりこれは……、既成事実っ?!」
「黙れ阿呆」
「あいたぁ!」
持っていた杖で頭を叩かれる。手加減はしてくれているようでそこまでの痛みはないものの、衝撃で思わず声が漏れた。加減してくれているところも優しすぎる。
このイケメンを手に入れるしかない。面食いの自覚はある。けれども今まで出会ったどんな男性よりイケメンなのだから仕方がない。というよりも今までこれ程までにドストライクのイケメンと出会った事がなかったのだ。
この心臓の高鳴りもきっと目の前の男性が格好良すぎるからだ。
「お前は私の召喚獣。つまり、ペットだ」
「分かりました」
ペット万歳。
「…………少しは動揺したらどうだ」
「え?つまりは嫁って事ですよね?どんなプレイがお好みですか?」
「違う」
まるで未確認生物を見るかのような目で見られた。そんな目も尊い。
「俺は魔道具を作っているが、店番が面倒でそれを押し付けられる奴を召喚した」
「なるほど」
「だが安心しろ。召喚は失敗したようだ。今すぐ元の場所に返してやる。今ならまだ道は繋がっているからな」
「のーのーのー!!安心してください失敗してないです超超大成功ですだから元の世界に戻さないでくださいあなたのそばにいさせてください!」
彼はまだ煙の出ている杖を一振すればその煙は私にまとわりつく。駄目だ。このままでは元の世界に戻されてしまう。つまりは彼と離れ離れになってしまう。
そう思い彼にしがみつく。
「うわっ、離せ!元の世界に戻れなくなるぞ!」
「だから戻さないでください店番でも家事でも火事でも奴隷にでもなりますから傍にいさせてください〜っ!」
「この変態がっ」
男性の彼に力叶うはずもなく遂に引き離されて「拘束」という魔法で動けなくされてしまった。これぞ愛の鞭。
ああ。涙が出そうだ。好みのイケメンをやっとやっとやぁっと見つけたというのに、永遠の別れになってしまう。
「愛し合う二人は離れなければならない運命なのね……」
「誰が愛し合うだ。何が運命だ」
彼に突っ込まれ、本当私の視界は煙で白くなった。
「あぁ……」
元の世界に戻ってしまう。次に目を開けたらきっと元の世界だろう。そうやって白くなりゆく視界に合わせて目を閉じる。
少し冷えた風が頬を撫で、力が抜けていく。
「帰った、か」
安心したような彼の声が耳に届く。あぁ、良い声だ。この声で逝けるのならばこの世界に思い残しはない。……嘘です嫌です離れ離れは嫌だよぉ!一緒にいたいよぉ!
「まだですっ!」
思わず現状を叫べば
「…………は?」
彼の気の抜けた返事が聞こえる。ああ、その声も尊い。
すっと目をひらけば、煙はすっかり晴れていた。そして呆然とする彼。
「はわぁっ、呆然とする姿もイケメンっ! 正に神が与えた一品っ!」
「……はぁ、少し黙ってくれ」
「分かりましたっ!」
彼がそういうのならば少し静かにしていよう。その間にも私にできる事もある。
あごに手を当てて考える姿も尊い。彼は指が長くしなやかだ。あの指で頬を叩かれたら何と幸せな事だろう。けれども私を叩いた事で彼の手に痛みを与えるのは本望ではない。ならば彼が持っている杖ならどうか。それならば彼の手も痛くない。あのような丈夫な杖ならば私を叩いた程度で壊れるものでは無いだろう。けれどもできる事ならば彼自身に触れてもらいたい。
「……はぁ」
足もものすごく長い。黒いズボンがより一層彼の足の長さを引き立たせている。私は彼より頭一つ半ほど身長は低い訳だが、もし私が彼の身長と同じだったとしても彼ほどの足の長さを持ち合わせていなかっただろう。
「道は塞がった。お前はもう元の世界には戻れない」
「はい!」
「少しは感傷に浸れバカモノ」
またもや彼の杖で頭を叩かれた。愛だ。
「つまりお前に帰る気はないんだな」
「ないです一生そばにいさせてください」
「断る。つまり店番はできるんだな」
「やります。ペットでも家事でも火事でも奴隷でも何でもやります」
「黙れ変態」
杖を握り直す姿さえかっこいいとはどういう事だろう。やはり存在が神だ。
「ハァ、私はレイドールだ。好きなように呼べ」
投げ捨てたようにそう答える彼に私は喜びで感極まりそうだった。これでようやく彼の名前が知れた。レイドール。なんと素敵な響きなのだろうか。私はその神々しい名前を口にしても良いのだろうか。レイドールと呼ぼうとしたところで言葉が詰まった。だめだ。私が呼んで彼の名前を汚してしまう訳にはいかない。何せ彼の名前は神と同等なのだから。
「はい、ご主人様!」
「却下だ」
私は自分がペットという事を思い出してそれにふさわしい呼び名をしたというのに、彼には不評だったようだ。
「では旦那様!」
「却下」
「なら神様」
「却下」
「では師匠と!」
「……まぁ、良いか」
漸く彼の同意を得られた。つまりは私の存在が彼に認められたと言っても過言ではないだろう。
「はいししょー!」
「気の抜けた呼び方だなァ」
「呆れたように笑うししょーも素敵です!」
「煩い変態」
「冷たいししょーも素敵です!」
「…………ハァ」
師匠はとうとう何も話さなくなってしまった。けれどもそんな師匠の横顔もとても尊いものだった。
面白かったら評価して頂けると嬉しいです!




