狡知の火
これは、ロキがアースガルズへ
来る前のお話――。
戦いを終えた夜、巨人の国ヨトゥンヘイムでは
いつもの宴が開かれていた。
ヨトゥンヘイムの巨人は、皆山のように巨大というわけではない。
神々と変わらぬ姿をした者もまた、巨人と呼ばれていた。
大きな肉料理が積み重なり、
巨人たちは笑いながら自慢話に花を咲かせる。
スリュムがロキに聞いた。
「お前、何体斬った?」
ロキは言った。
「…数える意味があるのか?」
ゲイルロズはそれを聞いて笑った。
「お前は細くて折れそうだな」
ロキは答えた。
「折ってみろよ」
ロキは動かなかった。
ゲイルロズは舌打ちをした。
スィアチは静かに言った。
「……お前は何故、戦いを嫌う」
ロキは言った。
「戦う必要がない」
ロキは宴の席を立った。
ロキは回廊で一人、飲んでいた。
アングルボザがやってきて言う。
「ここが嫌いみたいね」
「……嫌いなんじゃない。
合わないだけだ」
ロキは酒を呷った。
アングルボザはロキを眺めた。
「……ねえ、ロキ。
今夜行っていい?」
ロキは彼女を見た。
濡れた瞳が揺らめく。
輝く月の夜。
月光の下、二つの影が静かに重なった。
ある日。
オーディンは召使いと共に
旅を続けていた。
ヴェトルを手中に入れたことで
彼は異質を戦力にしようと、その収集のためであった。
ヨトゥンヘイムの森でオーディンは
巫女の言葉を思い出していた――
『今日、お前は勝利に出会う』
オーディンは答えた。
『どこへ行けば見つかる』
『ヨトゥンヘイムの縁へ行け。
森と石の境に立て。
騒がしいものの外に、勝利はある』
――今日中に探さなければ。
時はすでに夕刻を過ぎていた。
ロキは退屈な宴を抜け出し、
森の中で一人、酒を飲んでいた。
誰かの気配を感じ、
ロキはその方向を見つめた。
――あれはアースガルズの王か。
ロキがオーディンを見ていると
その森の奥から黒い巨体が現れた。
見張りの巨人が、侵入者に迫り寄る。
召使いが足を切り込むと巨人は倒れ、
王はその頭に槍を落とした。
騒ぎを聞きつけた別の巨人が集まってくると
召使いとオーディンは散り散りに茂みへと身を潜めた。
オーディンは巨人の動きを見ながら
警戒していた。
そこへ、一人の男がやってきた。
「それ、正面からやる意味あるか?」
敵意のなさそうなその男を
オーディンは無視した。
男は言った。
「右から来る奴が合図だ。
先にそっちを落とせ」
――なるほど。
オーディンは弓を引き、
右側から来る巨人を構えた。
弓の矢で巨人が倒れると
その男は城門を閉めた。
男は言った。
「これでしばらくは気づかれない」
オーディンは言った。
「お前はヨトゥンヘイムの者か」
男は言った。
「まあね」
「何故助けた?
仲間を裏切ったのか」
「同族意識はない。
裏切ってるつもりもない」
――信用ならない男だ。
だがこの能力は使える。
オーディンは辺りを見回した。
そこで木々の密度が途切れ、
視界の先には、石の壁が現れる。
森はそこで止まり、
足元には、根と石が入り混じっていた。
――『森と石の境に立て』と言ったな。
この男に違いない。
「お前、名はなんという」
「ロキだ。あんたはオーディンだろ」
「知っているなら話が早い。
お前の知量は、武器になる。
アースガルズへ来い」
「……俺は別に戦うつもりはない」
「お前の言葉は、戦よりも多くを動かす。
その能力をここで腐らせるな」
ロキは考えた。
――そう言われると
悪い気はしない。
「……いいだろう。
お前の国へ行こうじゃないか」
ロキはニヤリと笑った。
オーディンはロキを見た。
――こいつは平気で同族をも裏切る。
だが、だからこそ
こいつにしかできないことがある。
ならば――
オーディンは短剣で指先を切り、言った。
「我が王国へ歓迎しよう。
お前と、兄弟の契りを交わす。
良いな」
ロキは目をギラリと光らせた。
「ああ、いいぜ。兄弟」
ロキも指を切り、その手を合わせた。
夜空の月だけが
その契りを見ていた。




