招かれざる客人
その夜。
アースガルズに、王は一人の男を連れてきた。
その男は「ロキ」と名乗った。
その名は“火”を意味していた。
ロキを見た神々は非常に驚いた。
ロキは、巨人にもかかわらず小柄で、
その見た目はとても美しかった。
巨人たちはたいてい、恐ろしいほどに大きい上に、
肌は青白く、吐く息は氷のように冷たく、醜い顔をしている。
――だがロキは、違った。
肌は白く、目は赤や緑にちらちらと輝いている。
背丈は神々と変わらぬ程の、細身の優男だった。
ロキを広間に連れてくると
オーディンは言った。
「この者をアースガルズに迎え入れる」
神々はざわめいた。
「ヨトゥンの巨人じゃないか!」
「絶対にダメだ!」
オーディンが口を開こうとすると
ロキは割って入った。
「ずいぶんと歓迎してくれるな。
まあいい。
あんたがたにとっては、損にはならない話だ」
神々は止まった。
ロキは笑った。
「ヨトゥンの巨人が動いている。
ミッドガルドに入り込むつもりだ」
神々はそれを聞いて黙った。
しかし沈黙を破った二人の神がいた。
イズンは言った。
「巨人族の人間なんて信用ならないわ。
彼は私のリンゴが欲しいだけよ。
オーディンは騙されているわ」
ヘイムダルは言った。
「この男は、境界を越えている。
言葉巧みに神を惑わし、その姿で女神を誘惑する。
アースガルズに災いを呼ぶ」
しかしバルドルは言った。
「私はロキを迎え入れることに賛成します。
この若い巨人は、いずれ神と巨人の橋渡しとなるでしょう」
誰かが口を開きかけると
オーディンは手を挙げて制した。
「客人だ。
皆、丁重にもてなせ。
宴を用意せよ」
王の一言で、空気が変わった。
召使いたちが一斉に動き出す。
酒が運ばれ、火が灯され、
いつもの宴よりも明らかに数の多い皿が並び始めた。
それは、客人一人のために用意されたにしては、
過剰なほどのもてなしだった。
ロキは空いている席に勝手に腰を下ろした。
誰の席でもなかったが、
誰もそこに座ろうとはしなかった場所だった。
ロキは差し出された杯を受け取ると、
一度だけ傾け、中身を見た。
「上等だな」
そう言って、ようやく口をつけた。
最初にロキへ話しかける者はいなかった。
視線だけが集まり、
そのどれもが、様子をうかがっていた。
神々は酒を飲み、湧いていた。
神々の話は、どれも似たようなものだった。
武勇と、酒と、力の話。
誰が話しているのかも、次第に分からなくなる。
「お前、さっきの話、途中で変えただろ」
名も知らぬ神に向かって、
ロキが横から言った。
「さっきから三人、同じ話をしてるぞ。
それも全員、自分の話にしてる」
一瞬場が止まる。
ロキは杯を傾けていった。
「面白いな。
誰も覚えてないのに、
誰も間違ってないつもりでいる」
女神たちが笑う。
ロキが追い打ちをかける。
「で、どれが一番“いい話”だ?
一番面白かったやつに、俺が酒を注ごう」
神々は、次は自分だと
次々に名乗り始めた。
ロキは近くにいる女神たちだけに聞こえるように呟いた。
「一番面白いのは
嘘を見抜かれてるとも知らずに、得意げに喋っているやつだ」
女神たちはクスクスと笑い、
いつの間にか話の続きを待つようにロキを見ていた。
トールは豪快に笑った。
「こいつぁ面白い。
もっと話せ!」
トールは酒を飲みながらロキを見ていた。
「お前、殴られたことはあるか」
「ある」
「そうか」
トールは満足そうに笑った。
「お前、戦えるのか」
ロキは杯を傾けたまま答えた。
「どう見える」
トールは笑った。
「殴れば分かる」
「やめておけ」
ロキは視線だけを向けた。
「宴が壊れる」
トールは笑い、ロキの肩を叩こうとした。
だが、その手首は途中で止まっていた。
ロキが掴んでいた。
細い指だった。
それなのに、動かなかった。
「……やるな、お前」
トールの笑い声が響いた。
その宴の端で、一人だけ
冷たい気配を纏った男がいた。
——つまらなさそうなやつもいるな。
ロキは一瞬だけそう思ったが、すぐに興味を失った。
気づけば、誰もが彼の言葉を待っていた。
ただ二人を除いて。
イズンは小さく呟いた。
「……甘い顔をしているほど、危ないのよ」
ヘイムダルは低く唸った。
「……境を曖昧にする男だ」
オーディンは杯を置いた。
「だから置く」
宴は、いつもよりも
長い時間続いていた。




