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プラネットAI  作者:
8/15

第8話 最低な俺はしえるを絶望的なまでに悲しませる

 俺達は暗い非常階段を降り続けた。しえるの手にしたマグライトの灯りだけが頼りだ。十数階分を降下すると、非常口の隙間から光が洩れている。

 男の子は苦しげに息を吸い、かすれた声で言った。

「……ここ」

 ドアを開けると、驚いたことにそのフロアには電気が通じていた。

「シェルター?」

 しえるは周囲を見渡した。

「いや」

 俺は床から天井まで真っ白い通路を進みながら言った。

「医療施設のようだな。しかし、妙に豪華な内装だ。ゆったりとしたスペースに最先端医療設備を完備。耐震対衝撃構造の地下施設は核攻撃にも完璧対応。独立動力炉で電気・空調も二百年の安心設計。選ばれた『あなた』のためのコールドスリープカプセル。新しい世界で、素晴らしい目覚めを!」

「なにを読んでいるの?」

 しえるは訊いた。

 俺は受付カウンターにパンフレットを戻した。

「ここは特権階級・富裕層のための延命施設だ」

「コールドスリープって?」

「正確には低温低代謝睡眠だ。バイタルをぎりぎりまで下げて寿命を延ばす」


 突き当たりの大きなドアを開けた。ドーム状の室内は薄暗く、白い円筒形のカプセルが古代墳墓のように並べられている。


「その結果がこれだ」

 しえるはカプセルを覗き込んだ。男の子は眼を閉じてしがみつく。

「……腐ってる」

 内部は濁った赤黒い溶液で満たされている。

「何人かはまだ生きてるな」

 俺はカプセルを調べて回った。

「いたぞ!」

 妹はすぐに見つかった。上蓋の開いたカプセルがふたつ。その一つに、裸の幼女が身体を丸め、震えている。

「……まずいな」

「衣類、医薬品、食料」

 しえるは男の子の髪の毛を撫でた。

「どこにあるか、わかる?」

「こっち」

 男の子は小さく答えた。

 しえるはごっそり抜けた髪の毛を床に落とし、ドームから通路に出た。


 いくつかの小部屋を回り、幼女に服を着せ、保存水を飲ませた。薬剤室の冷蔵ケースから救命医療キットを発見した。バイタルセンサーを胸に貼ると、妹はオレンジ、兄は赤を表示した。俺は二人を床に寝かせ、圧搾注射器で強心剤を投与した。


 幼女が身体を痙攣させ、ごぼりと胃液を吐いた。

「そこに座って抱きかかえろ、顎を肩にのせて」

 俺はしえるに幼女を預けた。

「背中をさするんだ」

 しえるはいわれた通りの動作をした。幼女は咳き込みながらまた胃液を吐き出す。

「ああ」

 しえるは残念そうに言った。

「戦闘服が汚れちゃった」

 床に寝かせた少年のバイタルセンサーが警告音を発し、明滅した。

「AEDを取って来る」

 俺は急いで診察室に向った。


 戻って来ると、しえるは女の子を抱えた姿勢のまま、こちらをぼんやり見上げた。

 俺は横たわった少年の前に座り込んだ。


「停止したよ、さっき」

 しえるは言った。

「この子、死んじゃったね」


 俺はがくりと肩を落とした。


「これ以上の処置はできなかった。僕は医療情報を持っていないし、船とのリンクも切れているから対人医療データにもアクセスできない」

 銀髪の少女は書類を読むように言った。

 俺は腕を伸ばし、男の子の虚ろな眼を閉じた。

「おそらくカプセルから出た時点で深刻な状態だったと思う。発見した時のこの子は、今にも倒れそうに歩いていたから」

「……うるさい」

 俺は低く唸った。

「黙れ」

「仕方ないよ。君にも僕にも責任はないよ」

「黙れ!」

 俺は怒鳴った。

「ぶん殴るぞ!」

 しえるは眼を見開いて俺を凝視した。

「どうして怒るの?」

「……」

「どうして僕を怒るの?」

「……」

「ねぇ?」

「……」

「答えてよ」

「……」

「ひどいよ」

 しえるは叫んだ。

「ひどいよ!」


 俺は黙って立ち上がった。本当に殴りそうだった。

「非常口に行っててくれ。食料を取って来る」

 俺はしえるから眼を逸らした。

「地上に戻るぞ」


 備蓄倉庫に乾燥食品のパックがあった。俺は箱を抱えて通路を進み、入って来た非常口に急いだ。

 ドアの前にしえると幼女の姿はない。非常階段の中に入って見上げると、頭上の暗闇に小さなマグライトの光芒が揺れている。


「あの馬鹿女!」

 俺は本気で怒った。

「勝手に先に行きやがった!」


 俺は二人の後を追った。暗闇の中で箱を抱え、流動素体の脚を操作して階段を上がるのは困難を極めた。結局追いつくことはできず、俺は地上階のドアを開いた。


 しえるは幼女を片腕で抱え、ガラスの散乱するフロアに立っていた。


「おまえ……?」

「僕が途中で倒れると思った?」

 銀髪の少女は冷たい目で俺を見た。

「残念でした」

 少女は床から小型の装置を拾い上げた。

「これ、中継増幅装置」

「……」

「僕が倒れたら置いて行くつもりだった?」

「……」

「そういうのが楽しいんだ?」

「……」

「君って最低」


 しえるはくるりとターンすると、ビルの外に出て行った。

 俺は脚を引き摺りながら後を追った。機動戦闘車は後部の乗降扉を開いたまま待機していた。


「乗る?」

 しえるは操縦席から言った。

「それとも食料だけ置いて行く?」


 俺は黙って乗員室に乗り込んだ。背中を突き飛ばすようにして扉が閉まる。


 装甲車は発進した。

 俺はしばらく迷ってから、箱をシートに置き、そろそろと車長席に身体を伸ばした。

 しえるは幼女を腕に抱えたまま、前方を映すディスプレイを見つめている。

 シートに座り、静かにベルトを締める。表示されている地図を見ると、装甲車は何度も角を曲がりながら都市部を抜けようとしていた。陸地戦艦が通行できる直線ルートが一本だけ示されている。

 揺れる車内に、モーターの駆動音と幼女の苦しげな息づかいだけが聞こえる。


 俺はそっと横の席を盗み見た。

 女の子はストローのささった飲料水パックを大事そうに持っている。その胸元も、しえるの胸も、吐瀉物にまみれていた。


「……この子も、だめみたい……」

 しえるはつぶやくように言った。

「船に戻れば、対処法が」

 俺は小さく言った。

「船には戻れない」

 しえるは、はっきりと言った。

「偵察を続ける」


 重苦しい無言の時間が長く続いた。

 やがて、しえるはぽつりと言った。


「……ごめんね……」

 俺は、はっとして視線を向けた。

 しえるは膝に抱えた幼女の顔に視線を落としていた。

「……ごめん……助けてあげられなくて……」

「……おまえのせいじゃない」

 俺は小さく言った。

「話しかけないで!」

 しえるは弾けるように叫んだ。


 再び、長い沈黙の時が流れた。

 すでに装甲車は砂漠地帯に入り、砂に覆われた道路を南下し続けている。太陽は西に低く傾き、オレンジ色に染まった砂漠に装甲車の黒い影を長く伸ばした。


「君は」

 唐突に、しえるは言った。

「人間だよ」

 俺は言われた通り黙っている。

「知識はともかく、人間の性格が移し込まれている」

 幼女が力なく咳き込んだ。しえるはこちらに片手を伸ばした。

「注射器を」

 俺はアンプルを交換した圧搾注射器を手渡した。強心剤を打たれた女の子は眼を閉じ、苦しげな寝息を立て始めた。

「人間は間違いを起こす」

 夕闇が濃くなり、太陽が地平線に没した。しえるは視覚を赤外線映像に切り替える。

「たくさんの間違いを起こす。それが人間だ」

「俺も……」

 俺は声を絞り出した。

「同じだ」

「僕は君を人間として認識することにした。だから君が間違いを起こすのは当然だ。だって人間なんだから」

「……」

「君は沢山間違いを起こした。そしてこれからも沢山間違いを起こすだろう」

「……」

「でも僕は大丈夫。何をいわれても気にしない。だって君は人間なんだから」

「……」

「僕は大丈夫。なんともない」

「おまえ……」

 俺は少女の横顔を見た。

「泣いているのか?」

「君は、本当に、馬鹿だな」

 しえるは小さく笑った。

「作業体が泣けるわけないだろ」

 俺の眼には少女の頬が光っているように見えたのだ。

「ああ、そうだ。人間ならこう言うのかな」

「え?」

「本当は、泣いているんだ」

「……」

「心の中で」


 俺はシートの上で真っ直ぐに身体を伸ばし、前方に折り曲げた。

「すいませんでした」

「……」

「すまなかった、しえる」

「……」

「おい?」

「……苦しいよ」

「……」

「悔しくて、情けなくて、苦しくて、たまらない」

「……」

「こんな気持ちでいたら、壊れちゃうよ」

「……しえる……」

「……お願いします」

「……」

「……僕をこれ以上悲しませないで」

 しえるは声を詰まらせた。

「……君を嫌いになりたくない」


 俺は更に身体を折り曲げ、深々と頭を下げた。

「本当に、すいませんでした」

 しえるは眼をきつくつむり、唇を噛みしめている。

「本当に本当に本当に本当に本当に、すいませんでした!」

 百万回繰り返しそうだったが、なんとか自制心でブレーキをかけた。

「俺は馬鹿だ。うんこだ。認める。でも改める。もうひどいことは言わない」

 俺は堰を切ったように言葉を発した。

「約束する。それでも俺は馬鹿だからまたなんか言うかもしれない。そしたら殴ってくれ。蹴ってくれ。戦車で轢いてもいいし爆破してくれてもいい。いやむしろそうしてくれ。お前を傷つけるような馬鹿は存在しないほうがいいんだ。もうおまえを悲しませたりはしない。約束する。本当に約束する」

 俺は大きく息を吸った。

「だから俺を、嫌いにならないでくれ!」


「……」

 しえるは片手で顔を覆い、震える吐息を漏らした。

「しえる!」

「……本当に?」

 しえるは、かすれた声で言った。

「……もう……ひどいこと言わない?」

「本当だ!」

「……ひどいことしない?」

「しない! 絶対に!」

「……」

「本当だ。信じてくれ!」

「……君は嘘つきだ」

「嘘じゃない」

「証明して」

「できるわけないだろ!」

 俺は思わず叫んだ。

 しえるはじっとりした眼で俺を睨んだ。

「あ、いや、その」

 俺は狼狽うろたえた。

「おまえを守る。大事にする。この車輛の整備と掃除もする。ぴかぴかにしてやる」

「それだけ?」

「塗装を塗り替えよう。ソーラーパネルも交換する。タイヤはまだいいよな。あと閉鎖装置も修理して好きなだけ撃てるようにしてやる」

「それだけ?」

「ええと、あとおまえの戦闘服を洗濯する。ヘアスタイリングとか、メークもする。汚れたらボディの洗浄もする」

「エッチ」

「あ、いや、それはものの例えで」

「それだけ?」

「まだだめか?」

 俺は呻いた。

「もういいよ」

 しえるはぷいと前を向いた。

「どうすればいいんだよ!」

 俺は悲鳴を上げた。

「さぁ、どうしよっかなー」

 しえるは低くつぶやくと、ディスプレイに眼をやった。

「頼むから、もう許してくれ」

 俺は懇願した。

「……」

「わかった。言うよ。言えばいいんだろ」

「……」

「俺は、おまえが好」

「待って!」

 しえるは手で俺を制した。

「なんだよ!」

「なに、あれ?」

 前方の砂漠から、細い光の筋が垂直に立ち上がり、すぐに消えた。

「また光った」

 少女は眉根を寄せた。

「二発目だ」

「二発……」

 しえるはすぐに気づいたらしい。

「レーザー砲か?」

「うん」

 装甲車はぐんとスピードを増した。

「行こう」

「しかし、なんで砂漠のど真ん中でレーザーが……」

「わからない。でも危険だ」

 しえるはディスプレイを凝視し、表情を引き締めた。

「今夜は止まらないよ」

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