第4話 しえるは俺をガンガン蹴りつけてから出撃する
普段は節電のため昼でも薄暗い格納デッキだが、今は全ての照明が点灯し、並んだ戦闘車輛をまぶしいほどに照らし出している。黄色やオレンジのつなぎを着た大勢の整備兵が行き交い、青服の電子技術者が各車両の最終整備に取りかかっている。
戦艦最後尾のスロープが降ろされ、真っ暗な砂漠の地面が奈落のように口を開けた。
時刻は深夜。
南下ルートを探すための偵察隊が発進しようとしている。
「なんかすごいわねぇ」
故障している戦車が言った。
「戦争でも始まるのかな」
タイヤのない輸送車がのんびりと言った。
「一応今も戦時下だけどね」
砲塔を外された装甲車が言った。
「へぇ、そうだったんだ」
戦車はあくびをした。
車体側面に青いラインの入った機動戦闘車がスロープに向ってゆっくりと進んで行く。車長席のハッチから青い髪の少年兵が半身を出し、壁際に並んでいる船の幹部に笑顔を向けた。
「ノエル、出ます!」
「うむ」
ローラマリーは深くうなずいた。
「無事を祈る」
「必ず見つけてきますよ!」
少年は一挙動で車内に滑り込むとハッチを閉じた。青いラインの装甲車は何のためらいも見せず、ダイブするようにスロープを駆け降り、深い夜の闇に消えた。
「ひなもいってきまーす!」
ピンクの長い髪をツインテールにした少女が、砲塔の上で両手をひらひらと振った。乗っている戦車もピンク色だ。戦車は無限機動を重々しく轟かせながらスロープを下って行った。
「艦長」
黒色の士官服を着た男が駆け寄る。
「どうした?」
「ゆいとジュリアはもう少し時間がかかります。ゆいは駆動系、ジュリアは操舵不良です」
「朝までには出せそうか?」
「なんとか」
黒服の副官は答えた。
「しえるは?」
「もう来ていると思いますが」
ローラマリーはデッキの後方に眼をやった。大きな声が聞こえる。騒ぎが起きているようだ。
「なにが起きている?」
「さぁ」
副官は首をかしげた。
「ついて来い」
艦長は副官を従え、ブーツを鳴らしながらデッキを進んだ。
近づくと兵士達の輪ができている。ローラマリーは整備兵を押しのけて輪の中に入った。
真新しい砂漠迷彩の戦闘服を着た少女が腕組みをし、憤怒の表情で立っていた。
「何なのこいつ!」
しえるは叫んだ。
「こんなキモイのと一緒に行きたくない!」
「ふざけるな!」
俺は叫んだ。
「なにがキモイだ! この馬鹿女!」
「なんですって?」
しえるは銀色に輝くショートボブを振り乱し、げしげしと軍用ブーツで俺を蹴りつけた。
「このガラス餅! 透明うんこ! 変態ガラス!」
「全部言いやがった!」
俺は激怒した。
「もう許さねえ!」
「しえる、やめなさい!」
艦長が鋭い声を上げた。
「何よ、おばさん!」
しえるは艦長を睨みつけた。
「なんですって?」
ローラマリーは低く唸った。
「しえる……あなた?」
「いい? こんな役に立たない変態ガラスうんこ必要ないから!」
「まとめたらいっそうひどくなった!」
俺は悲嘆の声を上げた。
「あなた、彼を憶えていないの?」
ローラマリーは言った。
「はぁ?」
しえるは唇を歪めた。
「こんなの初めて見るんだけど?」
「あ」
俺は呻いた。
「前回の記憶は消したんだった」
「いや」
ローラマリーは眉根を寄せた。
「そんなはずは……」
「艦長!」
しえるは腕組みすると、自分よりずっと背の高いローラマリーをきっと見つめた。
「僕ひとりで任務は遂行できます。むしろその方がいい!」
次の瞬間、しえるは身を翻すと見違えるような俊敏さで機動戦闘車に飛び乗った。周囲の整備兵達が感嘆の声を上げてどよめき、拍手をする者までいる。
「しえる、出ます!」
ハッチから操縦席に滑り込む。
「みんなどいて!」
兵士の輪が崩れ、機動戦闘車が急発進した。
新品のコンバットタイヤを鳴らしながら格納デッキを突進し、そのままスロープを駆け降りる。全員が唖然として声も出ない間に、しえるの機動戦闘車は夜の砂漠に消えた。
「な、何だ、ありゃ?」
俺は茫然として言った。
「あの子……」
ローラマリーはつぶやいた。
「まさか」
「多分、そうでしょう」
振り向くと灰色の軍服を着た情報将校が立っている。男はよく響く声でいった。
「このガラス餅を、わざと残したんです」
「その声は変態椅子!」
「私は変態じゃない!」
灰色軍服のまわりの整備兵達が一斉に後ずさる。
「ていうかガラス餅って言うな!」
俺は叫び、艦長を振り返った。
「記憶は消したんじゃなかったのか?」
「言ったはずよ。あの子には進化の兆しが見えるって」
ローラマリーは首を振った。
「どんな経験でも消すことなんてできない」
「それじゃぁ」
「あんな小芝居に騙されるなんて……」
ローラマリーは眼を細めた。
「いや、あの子の勢いにのまれてしまったわ。あんなに強い行動がとれるなんて。そんな気持ちがあるなんて」
「どういうことだ?」
「あの子はあなたを守ろうとしたの。あの子は多分戻れないと判断したのね。この偵察行動から」
「帰艦の可能性はあります」
黒服の副官が横からいった。
「どれくらいだ?」
「0ではありません」
「ふざけんな!」
俺は怒鳴った。
「それを、さっき出て行った奴らは知っているのか?」
「もちろん。情報は母脳から皆が共有しています」
「本当かよ……?」
俺は声を落とした。
「それであいつら、なんで笑いながら出て行けるんだよ……」
「でも、あの子は間違っているわ」
その場にいた全員がローラマリーを見た。
「偵察隊が戻って来なかったら、私達はルートを得られずに砂漠を彷徨い続けるしかない。ここに残っていても、未来はないのよ」
沈黙が流れた。
「そうだよな」
俺は言った。
「それをあいつに教えてやる」
「行くの?」
艦長は豊かな黒髪をかきあげた。
「ああ」
「気をつけてね、あなた」
俺とローラマリーは視線を交わし合った。
「また会いましょう」
「ああ」
俺は言った。
「また会おう」
「今動かせる車輛はありませんが」
灰色軍服が横からいった。
「うるせえええええええ!」
俺は体を震わせて叫んだ。
「やってみるしかないんだよおおおお!」
俺は流動素体の重心を移動してボディを回転させ、格納デッキの後方に向った。なかなかスピードが上がらない。室内を移動する程度ならかまわないが、装甲車は百キロ以上のスピードが出せるのだ。
「ううううううううううううう」
俺は唸り声を上げた。イメージが必要だ。もっと速いイメージが。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
徐々にスピードが上がって行く。
「うおう!」
真っ直ぐ走れずに側壁に激突し、そのままスロープを転がり落ちた。
砂地を跳ねるように転がってようやく停止する。伸び切った素体を収縮させて身体を起こすと、もう陸地戦艦の姿は闇にまぎれて見えなくなっていた。
俺は夜の砂漠に取り残されてしまった。
「全部あいつのせいだ」
俺はぶつぶつとつぶやいた。
「絶対に見つけ出してやる」
俺は砂の上をゆっくりと転がり始めた。
夜が明けた。
砂漠の上に黎明の空が広がっている。
しえるは機動戦闘車を停止させ、ハッチを開けて上半身を持ち上げた。何度も見ているはずなのに、地平線から登る朝陽がなんだか遠くに小さく感じられる。
予定している偵察エリアはこの先にある。直接南下するのではなく、渡河できるポイントである大型橋梁の現状を確認することがまず必要だった。
しえるは砲塔の上に乗り、砲身をまたいで腰かけた。高度を上げて行く太陽の光を全身に浴びる。銀色の髪の毛がさらさらと風にそよいだ。
「ばーか、ばーか、ばーか」
本来なら停車している時間などないのだが、少女はひとつの言葉を、歌うように繰り返した。
「ばーか、ばーか、ばーか」
何も起きないとわかっていても、ただ、その言葉をずっとつぶやき続けた。
「ばーか、ばーか」
声は次第に小さくなっていく。
「……ばーか……」
太陽が高く登った。
自分は何を期待していたんだろう。しえるは視線を落とし、砲身に落ちる自分の濃い影を見つめた。自分がしたことなのに、それでも何かが起きると思っていたのだろうか。自分は思われていると、そう思いたいのだろうか。
「君のいうとおりだ」
少女は小さく言った。
「僕は、本当に馬鹿だよね」
自分でもどうしてしまったのかわからない。どうしてこんな気持ちになるのかわからない。きっとメンテナンスが必要なのだろう。
しえるは顔を上げた。雲一つない青空に太陽が強烈な光を放っている。
充分すぎる程時間を無駄にしてしまった。もう行かなくてはならない。タイヤの摩耗なんて気にしなくていい。全速力で最初の橋に向おう。
しえるは立ち上がり、ゆっくりと振り返った。
眼を細めて遠くを見透かす。
その表情が混乱して、奇妙に歪んだ。
どうしていいかわからずに、少女は胸に手をやり、顔を覆い、頭を押さえ、手を握り締めた。それからようやく気がついたように装甲車を飛び降りると、一直線に砂漠を駆け出した。
声を上げ、両手を大きく振りながら、全力で走った。
彼方から近づいて来る、小さな砂煙に向って。




