第3話 しえるは念願のまっさらボディを手に入れる
リフトで中央ブロック第三層の機関部に降りる。通路の壁や天井には剥き出しのパイプが束になって張り巡らされ、動力炉の排熱でむっとするような熱さだ。巨大な動輪を回す駆動機関の振動が壁越しに伝わって来る。狭い通路を行き交っているのは人型ではない金属骨格むき出しの工作型作業体ばかりだ。
「倉庫はどっちだ!」
「ずっとずっと後ろっす」
パレットはうんざりした口調でいった。
「そんなに急がなくても、倉庫は逃げないっす」
「頼むから突っ込めるボケにしてくれ」
通路を船尾方向に進む。何度も角を曲がると、行き止まりの通路に出た。
扉の前に古い人型作業体が座り込んでいる。頭からボロボロの毛布をかぶり、異様な雰囲気だ。近づくと片腕はもげ、首が曲がり顎が外れている。完全な廃棄品に見えた。
「やぁご隠居」
パレットは声をかけた。
「まだ動いてるっすか?」
廃品は膝に載せた旧式のデータパッドを指先でひとつ叩いた。yesという意味か。電源の入っていないパッドは真っ暗だ。
「うう、こいつ気持ちわるっ」
俺は言った。
「なんなんだこれ?」
「この船の就航時からいる作業体っす。もう母脳マザーブレインとのリンクは切れてるっす」
母脳とはこの船のスーパーコンピューターでありローラマリーでもある。
「ご隠居」
パレットが声をかけた。
「この人が中にはいるっす。艦長許可もあるっす」
廃品はカツリと指先でパッドを叩いた。
ドアがスライドした。俺はパレットから通路に降りた。
「こんな奴が門番しているのか? いいのか?」
「不審者は絶対に入れないから大丈夫っす」
俺は釈然としないまま中に進んだ。背後でドアが閉まる。
薄暗い倉庫の中は床から天井まで棚で区切られ、様々なサイズと形のケースが収納できるようになっている。しかし置かれている資材の数はまばらといってもいい程で、ほとんどの棚ががらんとしている。この戦艦の資材は底をつきかけているのだ。俺は暗澹とした気持ちになった。
一番奥のスペースに、しえるはいた。
膝を抱えて床に座り込み、眼の前の棚をじっと見上げている。棚には比較的大きな箱が並んでいる。全てヒューマンフレームのストックだ。しえるの換体は艦長がすでに許可を出している。俺がしえるに伝えれば、作業が始まることになっている。
俺は後ろから近づきながらどう言葉をかけようか迷っていた。この人工知能は新品ボディへの換体まで希望してはいなかったからだ。勝手なことをするなと怒られるかも知れない。ここはやはり、さりげなく切り出した方がいいだろう。
俺は背後から声を上げた。
「この薄汚れた小娘があああ!」
「きゃあ!」
しえるは飛び上がり、振り返って眼を丸くした。
「びっくりしたああ!」
「俺もびっくりした!」
「なんで怒鳴るの!」
「いや、そっと声をかけようとしたんだが」
「えええ?」
しえるは呆れ返った顔で言った。
「もう、脅かさないでよ!」
「す、すまん」
俺はしゅんとした。どうしてこういうことをしてしまうのか、自分でもわからない。
「まったく……」
しえるは俺を睨んでいたが、急に笑い出した。
「あはははは!」
「な、なんだ?」
「君は本当におかしいよ」
「……悪かったな」
「僕を……探しにきてくれたの?」
「ああ、そうだ」
俺はぼそりといった。
「僕が、必要なの?」
「ああ……そうだよ」
「どうしてここがわかったの?」
「ううう」
俺はイラっとしてまた叫んだ。
「いちいちうるさいんだよ。この薄汚れが!」
「えええ?」
しえるはのけぞって驚く。
俺は『しまった』と思いながら、大声でまくしたてた。
「また偵察に出るぞ! 重要任務だ! 気合い入れていけよ!」
「そう……」
しえるは自分の両手に視線を落とした。
「……薄汚れか」
「あ、いや、それは」
俺は狼狽えた。
「じ、実はいい話があってだな」
「僕はもうボロボロだよね」
少女は寂しげに笑った。
「ボ、ボロボロはちょっとオーバーかな、まっ、ボロって感じかな」
俺は馬鹿なことを言った。
「僕のストックは後二体」
しえるは再び棚の箱を見上げた。
「二体しかない。二体もある。どっちかなぁ」
「おまえ」
俺は声を落とした。
「自分のストックを見に来てんのか?」
「うん、ははは」
少女はなぜか小さく笑う。
「ちょくちょく。割と。頻繁に。うーん、言葉って難しい」
「もうここに来るな」
俺は思わず言った。
「こんなとこに来るから気持ちが暗くなって余計なことを考えるんだ」
「そうだね……あ」
しえるは顔を起こし、俺を見た。
「あのね、蝸牛は調べたよ。陸貝の一種で」
「そんなことはどうでもいい!」
俺は急き込むように言った。
「そんなことは……」
「ねぇ……褒めてよ」
しえるは拗ねたように口を尖らせた。
「この船の中だったら、僕はそんなに馬鹿じゃないよ」
「しえる!」
俺はいたたまれなくなって、声を上げた。
「おまえは馬鹿じゃない。悪かった。馬鹿って言って悪かった」
「え?」
「だから俺の言うことを聞いてくれ」
「ど、どうしたの?」
しえるは座ったまま後ずさり、顔をひきつらせた。
「不具合でも起きた?」
「ボディを交換する。またすぐ偵察だ。今夜から。この船の未来がかかっている」
「なにを言っているのかよくわからないけど」
少女の顔がぱあっと明るくなった。
「身体が新しくなるの? やった!」
「そ、そうだ」
「艦長にお願いしてくれたんだね!」
しえるは身体をぶつけるようにして抱きついて来た。
「ありがとう!」
「おいよせ、苦しい。そんなに締めつけるな」
ぼきりと鈍い音がして俺を抱きかかえていた腕が緩んだ。
「あ」
しえるは言った。
「肩が外れちゃった」
身体を離した少女の左腕が垂れ下がっている。
「耐用年数はとっくに過ぎていたんだろ。任務中だったら大変だったぞ」
俺は空間に向って声を上げた。
「換体作業を始めてくれ!」
黄色い警告灯を回転させながら天井レールをホイストクレーンが走って来る。
「MX8001/SN5031作業体を認識」
クレーンのレンズがしえるの姿を捉えている。
「作業体交換作業に入る。旧作業体は第二工作室へ移動せよ」
クレーンはアームを伸ばしてストックの箱を掴んだ。棚から引っ張り出して垂直に吊り下げ、そのままどんどん出口に向って天井レールを走って行く。
「なんてせっかちな奴だ」
俺はぽかんとして言った。
「ありがとう」
しえるはもう一度、片腕で俺のボディを抱きかかえた。もたれるように頬を押し付けて来る。
「おまえにそうされてもちっとも嬉しくないんだが」
少女はおでこをごんごんと俺にぶつけると、顔を上げて笑顔を見せた。
「やっと君らしくなった」
しえるは言った。
「じゃぁ、行こうか」
出入り口のドアが開くと、通路で自走パレットが待っていた。ドアの横には毛布をかぶった廃棄品がうずくまっている。しえるは廃品の前に膝を突き。傾いた顔を覗き込んだ。
「ご隠居、僕、身体が新しくなるんだ」
しえるは穏やかな声で言った。
「そしたらまた来るね」
パッドにあてた指先が二つ音を鳴らす。
「だって」
しえるは表情を曇らせた。
再び二回、音が鳴る。
「……」
しえるは唇を噛んだ。
「わかった。でも」
少女は動く右腕を上げて、手の平を傾いた横顔にあてた。
「せめて、声を聞かせて」
電気が伝送され、廃品の身体ががくがくと振動する。沈黙していたデータパッドも点灯し、詩篇のような文字列が浮かび上がった。
「し……える……」
廃品はかすれた声でいった。
「よか……た……な」
「うん」
しえるは微笑んだ。
「ごめんね、いつもここに来ては愚痴ばっかり聞かせちゃって。僕、ちゃんと話せる相手がいないから」
「何となくわかる」
俺は言った。
少女は片足を伸ばして俺を遠ざけながらデータパッドの表示に眼をやった。
「これは、なに?」
「ゆ……め……を」
廃品は聞き取りにくい発声でいった。
「……み……た」
「夢?」
しえるは眼を細めた。
「これ、どうやって入力したの?」
「見せてみろ」
俺は無理矢理近寄ってぐいと身体を伸ばした。
光の帆を張り
星の海を渡る
宇宙の涯を目指し
いつか時の果て
永遠さえ追い越して
「なんだこりゃ?」
「とおい……み……らい」
廃品は言った。
「ほしの……たび……び……と」
「遥か未来にこの惑星に誰かが来るってことか。まぁそんなこともあるかもな。でも」
俺は興味を失った。
「その頃にはこの星には何も残っていない。ここでなにが起きたかなんてわかるもんか」
「……そうだね」
しえるはすっと手を離した。パッドの表示は消え、廃品は静かになった。
「第二工作室から催促が来てるっす」
自走パレットが揺れる。
「最優先事項で待機しているのに遅れるなって」
「わかった」
しえるは立ち上がると毛布をかぶった作業体に小さく手を振った。
「じゃぁ行こうか、八代目」
俺は重心を移動させてパレットの荷台にせり上がった。
「工作室ってどこだ?」
「ああ、重いっす」
パレットは嫌そうに言った。
「しえる、おまえも乗れ。歩くより早い」
「いいよ」
「乗れってば」
「でも」
「ああもうイライラする」
俺は声を荒げた。
「いいから、早くしろ!」
「うん」
しえるは小声で言った。
「パレット君、重くない?」
「いえ、全然平気です」
「てめえ!」
しえるはパレットに乗ると、平たくなった俺の上に、恐る恐る腰を降ろした。納まりが悪そうにお尻をもじもじさせる。俺は顔に押し付けられる柔らかな感触に少し妙な感じになった。赤いソファの気持ちがわかるような。
「はっ!」
俺は口を開いて叫んだ。
「俺はあいつと同じじゃない!」
「きゃっ!」
しえるはお尻を押さえて飛び上がった。
「なにすんだこの」
綺麗な回し蹴りで、俺はパレットから蹴り落とされた。
「変態ガラス!」




