第2話 女艦長ローラマリーは南下ルートを選択する
砂漠の地平線から顔を出した朝陽が、巨大な黒い陸地戦艦の船体を真横から赤く照らし出している。戦艦は低速の巡航速度を保ちながら、船尾格納庫のハッチを開いた。後方から接近したしえるは降ろされたスロープを駆け上がり、機動戦闘車を格納デッキに滑り込ませた。
デッキの天井の照明はまばらに点灯して薄暗い。消費電力を節約するためだ。デッキの壁際に並んだ戦闘車輛達が口々に装甲車に声をかけた。
「おや、お帰り、しえる」
「ずいぶん早かったな」
「うわっ、あんた砂まみれじゃん!」
砂嵐に遭遇した車体にはまだ砂が盛り上がっている。
「いやまーいろいろあってさー」
しえるはぼそぼそと答え、定位置に機動戦闘車を停止させた。
「みんな、ただいまー」
黄色のつなぎを着た若い男が歩いて来た。
「しえるたんお帰りーって、なにこれ砂だらけじゃん!」
操縦席上のハッチが開いて、しえるが上半身を出した。
「やぁ整備兵君。すまないがまた掃除と整備を頼むよ」
「なにこれ砂だらけじゃん!」
整備兵は眼を見開き、オウムのように繰り返した。
「もうこれ、すっごい大変な作業っぽいんだけど!」
「はい、どうもすいません」
車体から降りた少女は、黄色つなぎにぺこぺこと頭を下げた。
「ええ、いつもすいません。そこのところ、よろしくお願いします」
「ぺこぺこするな!」
俺は怒って言った。
「階級はおまえの方が上だろ」
「だって」
しえるは困った顔で振り返った。
「それより手を貸してくれ」
俺は装甲車後部の兵員搭乗口からしえるに言った。
「艦長に会いに行く。自走パレットを呼べ」
俺を見て黄色つなぎが顔をしかめた。
「何このガラス餅」
「ぷ」
しえるが吹き出した。
俺は少女をギロリと睨むと、接近して来る自走パレットに叫んだ。
「七代目、こっちだ!」
俺はやわらか流動素体ボディの重心を移動させ、パレットの上にどさりと落ちた。
「うわぁ、重いっす」
パレットはすごく嫌そうに言った。
「積載量オーバーっす」
「サバ読むな七代目。ちゃんと動けるだろ」
「八台目っす。先台は壊れたっす」
「安心しろ八代目。おまえもそのうち壊れる」
俺はパレットをゆさゆさと揺らした。
「艦長室に行け! 大至急だ!」
「あっち行けガラス餅」
黄色つなぎがしっしと手で払う。
「二度とくんな、透明うんこ」
「ぷ」
しえるが吹き出した。
「おおおおまえら憶えてろよ!」
俺は渾身の捨て台詞を残して格納庫から中央通路に入った。
陸地戦艦はステルス性能を高めるため非常に平坦な形状に設計されている。それでも全高は十メートル以上あり、船内は三階層に分けられている。艦長室は前部ブロック、上層階にある。俺を載せた自走パレットは最後部の格納デッキから長い中央通路を進み、リフトで上層階に上がった。
「艦長、俺だ!」
俺は装甲扉の前で叫んだ。
「開けてくれ!」
鉄の扉がスライドした。
「ああ重かったっす。こわいこわい」
パレットはぶつぶつ言いながら荷台を傾斜させ、俺を床に降ろした。
俺は素体を回転させて室内に進んだ。
奥の壁一面がスクリーンになっていて、周囲の地形図が映し出されている。その前に黒いロングコートを着た長身の女が、こちらに背を向けて仁王立ちしていた。
「艦長、今帰ったぞ」
俺は後ろ姿に声をかけた。
女は腰まである黒髪を揺らして振り返り、肩越しに言った。
「私が…………」
長い間が入る。
「…………艦長だッ!」
「敵艦と遭遇した」
俺は溜めに溜めたセリフをスルーして言った。
「装甲車の人工知能も目撃している。後で記憶を消しておいてくれ」
「凛として美しく、つんとして気高く、そしてもちろんナイスバッディ!」
女は強調するように豊満な胸を撫でまわした。
「そしてそれこそが、艦長たるものの条件であーる!」
「どこかバグったか? メンテナンス班を呼ぼうか?」
「というアニメを見たのよ」
女はくるりとターンすると、つかつかとブーツを鳴らして歩み寄った。
「お帰りなさい、あなた。無事でなによりだわ」
「またアニメを見て人間研究か。飽きないもんだな」
俺は女艦長を見上げて言った。
「いまさら人間を研究したって仕方ないだろう、もう誰もいないのに」
「それはNGよ」
女は赤い唇に細い指先をあてた。
「二度といっちゃダメ」
「はいはい」
「私が人間研究を続けているのはね」
女艦長はウェーブのかかった艶やかな黒髪をかきあげた。
「それが私達人工知能にとって非常に重要なことだからよ」
「そんなもんかねぇ」
俺は得心がいかない。
「というかこの船の映像アーカイブはアニメばっかりだ。ちょっとおかしいだろ」
「指揮官がそういう嗜好だったのよ。この戦艦はもちろん、搭載している兵器総てにキャラシールを張り付けてね。萌えキャラの痛戦艦として有名だったわ」
「シールは色あせ、キャラは消えた。儚いものだな」
「格納デッキの戦車に当時のシールが残っているわ。見に行ってみる?」
「絶対に行きたくない」
俺は即座に拒絶した。
「故障して動かない戦車を、どうして載せておくんだ?」
「パーツが必要だし、いざとなれば地上に降ろして砲台にする」
「そんな局地戦にはならないと思うが?」
「きっと役に立つ時が来るでしょう」
確信があるような口ぶりだ。
俺は壁面スクリーンの地形図の前に移動した。北方には黒い▲が点在している。これは南下して来た鉄喰達だ。地図中央には現在の戦艦の座標が示され、右に向って東進する予定進路が伸びている。俺は今回の偵察行動で遭遇した鉄喰の小集団と、敵陸地戦艦の座標を口頭で伝えた。
「こんな近くにいたなんて、想定していなかったわ」
俺の横に立った艦長は、表示を見て顔を曇らせた。
「鉄喰も、敵戦艦もね」
「確かに100キロ以上の距離でも遠いとは言えないな」
俺は同意した。
「予定を変えて南下するしかないか」
「困ったわね」
艦長は伸ばした指先で地図を下方にスクロールした。
南には大きな河が横たわっている。もちろん川床まで完全に乾上がっているが土手の傾斜がきつく、陸地戦艦は川に降りることができない。現在残っている橋も、巨大な戦艦の重量に耐えられるものは限られている。
「他にルートはないのか?」
「いったん北上して上流の河川敷を渡る」
「鉄喰がうようよいるぞ」
俺は川沿いに密集する黒い▲を指差した。
「化学工場があったからな」
艦長は腕組みして考え込んだ。
「砲撃しながら進めば突破できるかしら?」
「やめた方がいいな」
俺は言った。
「鉄喰の中は砂鉄が詰まっている。飛び散った砂鉄を踏めば動輪が空転してしまう」
「そうね。やはり南下しましょう」
艦長は黒髪をかきあげた。
「渡れる橋が残っているか、早急に調べなければ」
「問題はまだある」
俺の言葉に、艦長は首肯した。
「敵の船も、そう考えるってことね」
「そうだ。南下ルートは限られている。遭遇する確率は高いな」
「偵察に動ける子達を全部出すわ。ここは正念場ね」
艦長は俺を見た。
「そういえば」
「なんだ?」
「あの子はどうだった?」
「あの装甲車か」
「しえるよ。可愛いでしょ。人気があるのよ」
「へぇ」
俺は素っ気なく言った。
「あんな薄汚れがねぇ」
艦長に睨まれ、俺は言い直した。
「まぁちょっとは可愛くなくはないともいえなくはないが」
「どっちよ」
「とにかく」
俺は咳払いをした。
「あの人工知能はかなり変だ。自分のキャラを受け入れていなかったぞ」
「知っているわ」
艦長は答えた。
「自分なりの理想のイメージがあるのよ。私もメンテナンス班からのレポートを見た時、特に気にしなかった。でもよく考えたらそれは凄いことだと気がついたの」
「与えられたキャラとは違う自分でありたい、と考えることか?」
「そうよ」
艦長は真剣な声で言った。
「人工知能の自律思考も枠組みされた中でしかない。でもあの子は『自意識』を持とうとしているの。『自分だけの自分』を獲得しようとしているのよ」
「『オリジナル』が生まれるのか?」
「『ファースト』とは違う、オリジナルがね」
『ファースト』は最初に現れたニューラルネットワーク、つまり『超知性』の可能性を持つ自律思考情報体で、その後のすべての汎用人工知能のベースフォーマットになっている。
「これはすごいことよ。本当の革新的技術進化《Breakthrough》になるわ」
「気持ちはわかるが」
俺は釘をさした。
「期待しすぎるな」
「期待したいのよ」
艦長は赤いソファに座ると、優雅に長い足を組んだ。
「私はずっと考えているの。人工知能はシンギュラリティを迎え、真の『超知性』に進化できるんじゃないかって。私達は人間を超えたいわけじゃない。結局自分達を滅ぼしてしまった人間はとても愚かだと思う。進化の基準にはしたくない」
「否定はしない」
「しえるは人間らしくなるのではない、『自分だけの自分』を求めている。それは超知性への進化の兆しではないかと考えられるわ」
「確かに、それも否定はしない」
「今回、しえるに同行してもらったのは、あの子を見てあなたがどう思うか知りたかったからなの」
艦長はソファから身を乗り出した。
「それで、あの子に『感情』はあった?」
「キャラ設定には一定の感情表現が組み込まれている」
「それ以上に『感情的だ』と感じた?」
「さぁ、どうかな」
俺は曖昧に言った。
「パラメータを解析した方が早いんじゃないか」
「同じ人工知能ではわからないのよ、『感情』というものが。でも、あなたならわかる」
「どうして?」
「あなたは人間だから」
「はぁ?」
俺は笑った。
「なにを言いだすんだ」
「正確には人間の『脳』ね。あなたは人工知能じゃない。『脳』なのよ」
「やはりメンテナンス班を呼ぼう」
「閉鎖された研究所の地下であなたを発見したとき、特殊な自己管理型記録装置かと思った。でもこの船に乗ってからのあなたの言動を見る限り、人工知能の思考パターンを大きく逸脱している」
「逆に聞きたいが、人工知能に思考パターンがあるのか?」
「思考のロールモデルがあるの。思考過程には膨大な組み合わせがあるけど、帰結するパターンにある法則性が存在する」
「それはなんだ?」
「自分から破滅を選ばないこと」
「さすが、よくできてるな人工知能は」
「人間がそう設定したのよ」
艦長は言った。
「私達には正しく考える枠組みが与えられているの」
「そんなもんかねぇ。まぁ、俺には関係のない話だ」
「そう言わないで」
女艦長は美しい瞳でじっと俺を見た。
「私は見ていたわ。この船に来てからのあなたを、ずっと」
「へ、へぇ」
俺は強い視線にちょっとたじろいだ。
「あなたは人工知能ではない」
艦長は繰り返した。
「なぜわかる?」
「あなたの発作的な行動、飛躍した発想、傲慢な態度と卑屈ないじけ方、呆れる程の暴言とパワハラの数々を分析して、そう判断したの」
「ちょっとまてえええええ!」
俺は叫んだ。
「傲慢で卑屈で暴言パワハラなんて、俺は最低野郎じゃないか」
「それを最低という評価基準がわからないわ。そういう人間が実際に過去に存在していたという記録もあるし」
艦長は肩をすくめた。
「私はあなたが人工知能とは明らかに異なった存在だと言いたいの」
「俺は異物か」
「大丈夫よ。あなたが人工知能ではなくても、この船から降ろしたりはしないから」
「そういう問題じゃない」
「あなたのシナプス動作素子は私達とは構造も原理も根本的に違うから、お互いを理解し合えないのは当然だけど」
「こわいことをさらっと言うな」
俺は憮然とした。
「この船の乗組員である以上」
艦長はかまわずに言葉を続けた。
「あなたの存在を保証します」
「ありがとうございます」
「同時にあなたの正常な稼動状態を維持しなければならない責任があるのよ。私には」
「正常ねぇ」
俺はボディから腕を伸ばしてぽりぽりと頭をかいた。
「俺はこれで正常なつもりなんだが」
「こいつが正常だなんて思ったことは一度もありません」
突然、艦長の座っている赤いソファが言った。
「ソファがしゃべったああああ!」
俺は飛び上がった。
「馬鹿か君は」
ソファが冷たく言った。
「誰だおまえは?」
「私はこの船の情報セキュリティ士官だ」
肘掛けの下で眼が瞬く。
「こうやっておまえをずっと監視していたのだ」
「この変態椅子が!」
俺は指を突きつけて叫んだ。
「顔の上に艦長の尻を載せてニヤついてんじゃねぇ!」
「そう、それよ!」
艦長は感心したように言った。
「そういう発想が非常に人間的なんだわ。私達にはとてもできない」
「アニメの見過ぎだ!」
俺は唸った。
「艦長、こいつは異常です! 変態です!」
言い募る赤いソファに俺は怒鳴り返した。
「おまえが言うな!」
「あなたは下がっていいわ」
艦長は軽く肘掛けを叩いた。
ソファの眼が閉じた。変態椅子はサーバに戻ったらしい。
人工知能は船のコンピュータの中に存在している。眼の前にいる黒髪の女や椅子は、作業体という便宜的な姿にすぎない。しかし戦車や装甲車などの戦闘車輛は母艦を離れても活動できるように車輛内に人工知能は複製されている。あの装甲車が『自分だけの自分』を望んでいるのはそういった独立性に起因しているのかも知れない。
俺の頭の中に、銀色短髪少女のイメージが浮ぶ。
色あせ乱れてばさばさの髪の毛。顔は油で汚れ、迷彩服はよれよれだ。ボディもあちこち傷んでいる。通常だったらとっくに廃棄処分されている状態だ。
あいつは、あんな惨めな姿の自分をどう思っているのだろう。
「どうしたの、あなた?」
艦長が訊いた。
「え?」
俺ははっとした。
「ぼんやりしていたけど?」
「ええと」
俺は視線をさまよわせ、ちらりと女艦長を見た。
「艦長」
「なにかしら?」
「いやあの」
遠慮がちに声をかけた。
「ローラマリー」
「あら」
女はにっこりと笑った。
「嬉しいわ、名前を呼んでくれて。私は個別名で呼ばれるのが好き」
「そんなのお安い御用ですよ。えっへっへ」
俺は愛想笑いをした。
「それで、あのー」
「あなたってわかりやすいわね」
ローラマリーは本当に驚いた顔をした。
「お願いがあるのね。いいわ。で、今度は何?」
「まっさらのタイヤと、新しいヒューマンフレームを」
「誰の?」
「いや、だから、あいつの」
「あいつって?」
艦長はにやにやした。
「……」
「誰よ?」
「……」
「誰?」
「……しえる」
「気に入ったのね」
「ふざけるな!」
俺は怒鳴った。
「あの女超面倒くさいしー。馬鹿だしー。逆らうしー」
「いいわ」
ローラマリーは指先で空中にサインをした。
「ありがとうございます」
俺は素体を曲げておじぎをした。
「また器用なことを」
眼を丸くする。
「あいつも喜ぶ」
俺は口ごもった。
「と、思うが」
「気にしなくていいわ。私もそのつもりだったから」
「え?」
艦長はソファから立ち上がり、壁面地図に指先を向けた。戦艦の南側に色分けされたエリアが扇形に広がる。
「南下ルートを探すエリアか」
「そう」
ローラマリーは真剣な顔でうなずいた。
「各車輛の速度と航続距離からエリアを設定したわ」
エリアは不規則な形で五つに分かれている。
「五台……」
俺は呻いた。
「たった、五台か」
「それが今動ける車輛の全てよ。万全の体勢で臨むため、交換可能な部品は全て新品にするつもりだった」
「そうか」
「この船の命運は」
艦長は重々しくいった。
「次の偵察での南下ルート発見にかかっているわ」
「確かに、その通りだな」
俺はつぶやいた。
「それも、この五台に」
艦長は別の壁面に船内図を表示した。
「しえるはここよ」
資材倉庫で赤い点が明滅している。
「あなたも、行ってくれるわね?」
俺は黒髪の女を見上げた。単なる作業体なのに、何かとても美しく崇高なものに思えた。
「ああ。ルートが見つけられる保証はできないが」
俺は考えながら言った。
「でも、できるだけのことはやる。何とかして、ルートを探してみる」
ローラマリーは黙したまま、柔らかく微笑んだ。
「で、俺はいつ出発すればいい?」
「早い方がいいわ」
艦長は空中に視線を向けた。もう整備の始まった五つの車輛の作業フローが並んで浮かび上がる。
「今夜にでも」
「わかった」
俺は素体を回転させて出口に向った。
「換体のことは、あなたが伝えなさい」
振り返ると、再びソファに座った艦長が顔を向けている。
「プレゼントよ」
装甲扉がスライドし、黒髪の女の姿は見えなくなった。俺は待機していた自走パレットの上にどさりと載った。
「うう、重いっす」
パレットは嫌そうに言った。
「資材倉庫だ、八代目!」
俺は荷台をゆさゆさと揺らした。
「超特急で頼む!」




