11. おいしく出来ました
「!」
パクリと一口。しっとりバターの香るカップケーキをモフモフといただく。
焼き立てあつあつを立ったまま食べるこの多幸感といったら。じゅわっと油が染み出て、小麦粉の優しい味が口の中でとろけて。しっかりと胃に落ちる。生きててよかった。
ちらりとセシリオを覗けば……噛みしめるように喜んでいる。可愛いというよりは、綺麗に。分かりやすくないけど、これはこれで嬉しいかもしれない。
あ、二個めに手を伸ばした。今日は売り物にしないから別にいいけど。さては……。
「甘いもの好きなんて意外ねぇ」
「頭を使うと糖分が必要になりますから」
「私が使ってないみたいに言わないでくれる?」
でも、こうやって嬉しそうに食べているところを見ると誰かを思い出す。バクバクと食べてくれて、幻覚で花が舞ってるように見えるほど喜んでて。
「あ、魔王もね、プリンを美味しそうに食べてたのよ」
あれは可愛かった。思わず伝えてしまうと
「フンッ」
と鼻で笑ってそっぽ向かれる。なんでよ。まだ負けたこと恨んでるのかしら。器が小さいわね。
「オイラの勘が言ってる!! もう食べられるって!!」
と、食べ物が関わってるときだけ鋭いジョンのためにも、とりあえず残りを平たいザルの上に冷ますようにおいて。セシリオに食堂側まで運んでもらう。待ちきれないとばかりのジョンが頭蓋骨を持ってブンブン振ってまで喜んでいる。そんなことしてないで手を洗ってきなさいよ。
「はい、お待たせ」
「私が作ったんですよ」
「教えてたんだから一緒よ」
なんて小競り合いなどまったく気にせず、カップケーキに夢中なジョン。「あら、随分仲良くなったじゃなぁい♡」とか抜かすジュリエット。
「いっただっきまーす!」
「美味しそうだわぁ」
二人ともはぐはぐと食べてるし、セシリオも三つ目に手を伸ばしてるけど、まだまだたくさんある。さすがは社員食堂用の大量調理。反応を見る限り焼きむらとかはないようだし、ちゃんとクオリティーが一定みたいで一安心。
「……そろそろかしら」
なんて壁かけ時計を見たところで、食堂のドアが開いた。
「言われたとおりに来たが……」
「待ってたわ!」
「ゲッ」
セシリオが露骨に嫌そうな顔をする。
もし余ったら、とか考えた結果、魔王に声をかけておいた。これで絶対大丈夫。この大量のカップケーキも一瞬で無くなることでしょう。
「本当に食べていいのか?」
「ええ、四人にはさすがに多いから。遠慮しないで」
そう言えばいそいそと手を洗って、椅子に座り……見なさいジョン、これがいい子よ。
なんと両手にとってガブリ。遠慮しないで、とは言ったけども。爽快だわ。
「すみませんねぇ、休みの日に二人で厨房に立ってしまって」
なんとなく含みのある感じでそう言うセシリオに、魔王は口の中をちゃんと飲み込んでから首を傾げる。
「……まあ、休日出勤に見えるという点ではよくないが。今回ばかりは仕方がないだろう」
「へぇ……余裕ですか」
「何が言いたいんだ?」
うん、わかる。セシリオ何言ってんの? また世界でも滅ぼそうとしてるわけ?
「……煽られてくれませんか。お二人はそういう仲なのでしょう?」
「「そういう仲?」」
魔王と生贄? 雇用主と従業員? 大漢食と料理馬鹿?
魔王と私が顔を見合わせていれば、ものすごく大きいため息を吐かれる。ちょっと、せっかく幸せな空間にいるのに。
「恋人なのでは?」
「はぁ?」
「?」
コイビト。真顔で恋人とか言った。何をどうトチ狂ったらそう解釈できるのよ。そもそも私と魔王は……。
「友達よ!」
「……そうだ、友達だ」
仲のいい男女はみんなそういう仲だと思ってるのかしら。確かに貴族社会とかだと男女の距離感は遠いし、近ければ大抵そういう関係だけど。ここは魔王城よ。
「貴方たち、さてはアホですね?」
アホっていうのは、今こうやって炭水化物を腹に詰めすぎて寝ているやつの事でしょうよ。ジョンっていう。
「馬鹿なこと言ってないで、値段設定と他のメニューの考案もするわよ!」
「私が馬鹿なわけないでしょう」
「アホって言ったやつが馬鹿なのよ」
魔王はいまだ首を傾げたまま、カップケーキを食べていた。
練習が無事に終わったら、次は本番。女性客の別腹をゲットするのよ。




