9. 毒舌と紳士は共存するらしい
「いや、なんでもないわ。そのメモは忘れて……」
「……何かやらかしたのですね」
「大丈夫。あとで量産するから」
HMのおおまかな材料はわかっている。なぜなら粉のまま食べてみたことがあるから。で、成分表示を確認したから。ジョン並にアホなことをした自覚はある。けど、子供って生のままの生地を食べたがるし、ヘラについてる生クリームとか舐めるものなのよ。私はちょっとコミュ障になっただけで、元は普通の女の子なんだから。
「じゃ、薄力粉とベイキングパウダー、あと塩と砂糖の場所を教えるわよ」
「調味料室ですか? 把握してありますけど」
「薄力粉は貯蔵室の方にあるのよ」
教えているのはこっちだというのにスタスタと先を歩くセシリオ。そういえば、後ろ姿に羽がない。どうやらたたんでエプロンの後ろに隠してるみたいだ。魔王城とはいえ衛生管理は大事だからね。うんうん。
「その変な目線やめてくれませんか? 凄く気持ち悪いんですけど」
なんだかんだ食堂係の一員になろうとしてるんだなぁ、とか思っていたのを見透かすように、セシリオがドアを開けるついでに振り向く。んな酷い顔で吐き捨てなくてもいいじゃない。
不服ながらも開けてくれているのに入らないわけにもいかず、さっさと調味料室に入った。セシリオは奥の貯蔵庫に薄力粉を取りに、私はベイキングパウダーや塩、砂糖を……。
「あっ、ちょっと何するのよ」
「は?」
何言ってんだこいつって顔で見てくるセシリオ。いや急に腕の中の物を奪われたら驚くに決まって……重いもの、持つ、一応男性。
そういえば、こいつ王子だった。英才教育受けてるんだった。
「あー、えっと、ありがとう。でも重いでしょう?」
「いえ。……こんな軽いものを重たがるとは、実に非力ですね」
「こっの! 獣人の尺度で物を考えないで欲しいわ」
憎まれ口を叩くような奴には持たせておけばいいという結論に至った。まあ四天王の中では細身で文官だったとはいえ、単なる人間の私より筋肉が優れているのは事実。獣人だし。
「はい、じゃあそこに置いて。卵とバターと牛乳持ってきて。その間に計算し直すから」
「……普通逆では?」
「それもそうね」
というわけで比率を教えて紙を渡せばあら不思議。あっという間に計算完了。卵とバターと牛乳はセシリオが持ってきた。あれ、もしかして役立たずって私の方?
「エリザベス様ぁ〜、まだですかーーー!」
「この子弱すぎてトランプ飽きてきちゃったんだけどぉ!」
「はいはい、もうちょっと待ちなさいって」
食堂側から聞こえてくるやかましい試食係たち。
今日はセシリオの特訓なんだから。私がやるんじゃないの。
「ゴホン。よし、じゃあよく手は洗ったわね?」
「洗っていないとでも?」
「はいはい、そういうのいいから」
綺麗に洗ったらしき手を見せつけられても。
「スイーツは計量が命。結局化学反応というか……今日使うベイキングパウダーとかわかりやすいかしら」
私が先輩面している間に全部きっちりミリ単位レベルで測り終えたらしいセシリオ。キメ顔から伝わってくる。デジタルスケールじゃないのよ……?
「……で、卵を割ってよく溶く。今回はこの量を溶くのは大変だろうけど、料理には腕力が必要で、ぇ」
高速なチャカチャカ音が聞こえる。均等な黄色に輝くとろりとした卵液が出来上がっていた。
「ぎゅ、牛乳を少しずつ入れて」
ドボボボボ……と牛乳缶からボウルに流れる牛乳。これだけ大量だと少しずつも少しじゃない。わかってるけど、こ、怖い。顔と筋力が合ってない。獣人パワー凄い。
恐れつつも、その間にバターを溶かしておいてあげる。クッキーとかだと室温に戻してショートニングしなきゃだけど、今回は溶かしバターのレシピでいく。
「この溶かしバターを追加して。そうしたら粉は振るい入れて、粉っぽくなくなるまで練らないようにサックリと混ぜる」
ここで動きが止まるセシリオ。うんうん、わかるわよ。
「擬音ばかりで曖昧ですね」
「そうなの。私も思ったけどこれは最適な表現なのよ。ほら、ボウルについた粉を落とすように、サクサクって」
頑張って探り探り混ぜる様子に、基本褒めつつ、たまにダメ出ししながら見守る。おお、うまくいかなくてイラついてる。
「チッ」
「ちゃんと通路側でしたのは褒めてあげる」
魔王の穏やかさを見習ってくれないかしら……このトゲトゲさ。
……さて、次はいよいよ先輩こと私が夜なべして作ったものの出番ね。




