8. 大量スイーツ作り!
次の休みの日。もちろんガラガラな食堂でエプロンをつけて、器材を準備。フンと鼻息荒く立てまして。
「スイーツ特訓を始めるわよ!」
「はぁ……」
やる気満々の私に対して、オフモード……というか朝に弱いのかいまいち生気のないセシリオ。意外だけど、多分これ、休みの日は寝るタイプ。
長いまつ毛は伏せられ、神経質そうな顔付きはポヤポヤと儚い姿に。なんか白い光の粒とか纏ってそう。
……嫌味も威圧感もなければ、ちゃんと亡国の王子っぽいわね。
「エリザベス様!! オイラ何食べられるんですか!?」
そんな静かな観察を食堂側からぶち壊すジョン。本日の試食係その一。お願いするまでは「……オイラまだ怒ってるもん!!!」なんて反抗期かましてたくせに。今や自分の骨を楽器のように叩いて小躍りして……なんて現金なやつ。
「食堂のスイーツメニューの試作品よ。たくさんあるから安心しなさい」
「わーーーーい!!」
「んもう、太っちゃうじゃない♡」
本日の試食係その二、ジュリエットもまんざらでもなさそうだ。どっちともひとまず機嫌は直ったらしい。
ジョンの馬鹿のせいでめんどくさいことになったけど、セシリオに仕事ができそうだし、何より休日に厨房が使える……なんだかんだ最高かもしれない。
「……貴方、太るもなにも……あるんで」
「コラ! ジュリエットに嫌味言うか寝ぼけるか、どっちかにしなさいよ!!」
「っ! この馬鹿力……」
眠気覚ましにと背中を叩いてあげると、割とダメージを負ったらしいセシリオ。でも起きたようで何より。シャキッとしなさい、シャキッと。ジュリエットに羽引っこ抜かれても知らないわよ。
それに、これからお菓子作り特訓を始めるんだから。
「ミニスイーツを大量に作る……でしたっけ? どう考えても時間が足りないでしょう」
呆れたようにエプロンを締め直すセシリオ。
まあそうよね。そう思うわよね。チマチマ作って、チマチマ焼いたり蒸したり。手間が多く見えるかもしれない。でもね……。
「ふっふっふ、こういう時こそスチコンの出番なのよ!」
正式名称スチームコンベクションオーブン。凄く大きくて棚のついた電子レンジみたいなやつ。その名の通り、蒸す、焼く、煮る、炒める……なんでもこなす大量調理の心強い友。
ああ、ついテンションが上がってしまう……。
「たとえばスチームモード! これは比較的低温で、水蒸気だから、プリンや蒸しパンが作れるわ」
つまみをいじって見せてあげる。来たばっかりの時、初めて本物を見て大興奮して、魔王そっちのけで喜んでたっけ……。
「こっちのコンビモードはね、水蒸気と熱風の合わせ技よ。パウンドケーキとかしっとり系が作れるの!」
カチカチと回す音でさえ愛おしい。ああ、大きなバッドに大きな料理をドーン、を叶えてくれる素敵な装置。
「そしてホットエアーモード、つまり熱風オンリーね! クッキーとかケーキとか焼き菓子に使えるわよ!」
目を輝かせたままにバッとセシリオの方を見ると、心底引いていた。確か魔王もそんな反応だったわね……。と思い出したところででふと我に返る。ハイテンションによる疲労がドッと……。もしかして、あの日床で寝落ちしたのも……。
「だ、だからね、これ、を駆使、して……」
「……疲れるなら無理してはしゃがなくて良いのでは?」
「……違うわよ、はしゃぎたくても精神的体力がないの」
「愚かですね」
「煩いわよ」
馬鹿にしつつも、なぜか背中をさすってくれるセシリオ。だからどっちかにしなさいって。嫌味言うのか、気遣うのか。
「まずは簡単なカップケーキから作るわよ」
と息を整えつつも、作り方のメモを渡す。材料と手順をしっかり理解して、次に何をすればいいのか分かった上で作ることはとても大事。
料理もしたことない子供のくせに、難易度の高いお菓子作りから始めた私は、失敗を繰り返した。失敗して、泣きそうになりながら食べて、原因を考えて。当時スマホを持っていなかったから隣町の図書館まで本を借りに行ったこともあった。
だからこう、お菓子作りを人に教えるってちょっとムズムズしてる。
「あの……」
「何!?」
「このHMってなんですか?」
あ……。
HM、それはホットケーキミックスの略。とても便利な初心者の味方。
この世界には、無いもの……。




