61. まさかの
窓の外を見れば、今日も快晴で青空が広がっている。晴れるようになってから、四季がわかりやすくなった。
うやむやなまま、復旧作業と諸々で時は過ぎ、最近では暖かい日も多い。きっと春に近づいているのだと思う。聖女は無事に亡命先の大陸へと旅立ったし、殿下もやっと頷いたらしい。
「のどかだわ……」
この一年、食われる側じゃなくなるように奔走してきて、穏やかな日々は初めてだった。ジョンが阿呆な事言って、ジュリエットに揶揄われて、牢屋にごはんを運ぶ毎日。セシリオと少しは打ち解けられたと思う。持って行くたびに嫌味の応酬をするくらいだし。
「エリザベス! ボサッとしてないで、芋洗ってきな!」
「はーい」
立場についても言及されることはなく、今まで通り働けている。だから、まあ、うやむやも悪いもんじゃないと、そう思っていたのに。
「マチルダ、今いいか?」
「……なんだい魔王様。ちゃんと入り口から来な!」
「あ、ああ。すまない、癖で」
転移魔法陣から、いつものもふもふで分厚い服じゃなくて、普通の若者みたいに軽装な魔王が現れた。切れて中途半端になってしまったところ以外を一つに括ってまとめている。
「今日一日、エリザベスを有休にしたい。いいだろうか」
「ふぅん、なるほどねぇ。今日は人も多いし、構わないよ」
「助かる」
マチルダさんとバッチリ目が合った。洗浄室からこっそり覗いていたのがバレるのってなんか前もあったような……。
「話は聞いていたようだね」
「ええと、はい。今日一日有休だって……」
素直に三角巾を外して、エプロンを脱いだ。タイムカードも切る。魔王命令を聞かない従業員はいないだろう。いや結構聞いてないな、私。
一体何の用事があるんだろう。やっぱり、あれか。今後の処遇についてか。
「こっちだ」
……考えてもしょうがないわ。セシリオが裏切って聖女が早く来たんだし、それって魔王の監督不行届よね。いざとなったらこれでごねてやる。
慣れたように魔王の手を取って一緒に魔法陣に乗った。
「暗くならないうちに、帰ってくるんだよ」
マチルダさんのその言葉と共に暗転。
揺れている間に明るくなって……。
「……どこ?」
目を開ければ、木々に草むら、あぜ道に色々な説明が書かれた立て看板。どこじゃない。なんとなく見覚えがある。ここは……。
「はじまりの森。俺の故郷だ」
そうそう、ゲームの序盤で散々レベリングしたところ、で。
……故郷?
「ついてきてほしい場所がある」
私の前を歩いて、時々道端の花を摘みながら、魔王は語る。
知っている者は少ないが、俺はフォレストシープで、下級魔族なんだ。ただ、族長の家の血を引いていて、特殊個体だっただけの。……特殊個体っていうのは、生まれつき魔力の多い黒羊のことなんだが。
人間の大規模なゴブリン退治に巻き込まれて村は滅び、同胞は皆死んだが……俺だけが逃がされて生き残った。その後は色々なところを転々としながら逃げている時に先代魔王に拾われ、後継者として育てられることになって……今は魔王をやっている。
口を挟む暇もないほど妙に饒舌で、何か話したくないことがあるような、そんな誤魔化す雰囲気があった。何より、顔が、見えない。
「着いたぞ。ここだ」
何も言えないうちに辿り着いたのは、小さな墓石だった。墓石といっても石が置いてあるだけの、そんなもの。
「父さん、母さん。ただいま」
魔王は膝を突いてさっき摘んできた花を手向ける。
「お前には、今後とも敵になってほしくない。が、それは俺の個人的な願いだ」
こっちを振り返った魔王の顔が寂しそうで、違和感を覚える。
「ねぇ、なんの……」
魔王は腰のバッグからハサミを取り出して、長い髪をバッサリ切った。
「髪を伸ばしていたのは、強い魔族である証だったからだ。髪を切られたことのない、長い年月を生きてきた魔族だと、思わせる必要があった」
黒い髪の束が土の上に落ちる。
「だが、もう必要ない。俺は、成し遂げた。今日はそれを伝えたかった……そして」
髪の束がほどけ、赤く光って大きな魔法陣を展開した。ぼんやりと、今までは見えなかっただけのように、小指に結ばれた赤い糸が現れる。これって、あの、契約を結んだ時と同じ……。
「魔王ルシウスの名において、ここに血の契約を解く。汝、魔に縛られし者よ、鎖は砕け、解放をその手に」
小指から、赤い糸が外れていく。
「これで、血の契約は解除された。墓参りに付き合わせてすまない」
「お前はもう、自由だ」




