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レディ アンド ガーディアンズ;25

 VIPルームの主を顎で使うとは!


 メカヘッドは思わずムラマサ理事に非難の眼差しを向けた。ところが


「承知しましたわ。Mサイズのカップでよろしいかしら?」


 ケイカは穏やかにほほ笑みながら、ドリンクサーバーを操作している。


「ケイカ嬢」


「構いませんわ、メカヘッド様。……はい、こちらをどうぞ」


「おお、これはどうも」


 ムラマサ理事は右手を胸ポケットに入れて突っ立ったまま、ケイカに左手を伸ばす。“持って来い”と言わんばかりの横柄極まる態度を目にしたメカヘッドは呆れかえるが、ケイカは気にしていない様子でムラマサに近づいていった。


「はは、すいませんな……」


 ニヤニヤしているムラマサ。相変わらず、右手をスーツの胸ポケットに突っ込んだままだ。その右手がモゾモゾと動いているのを見て、メカヘッドは思わず駆け出した。


「ケイカ嬢、とまりなさい!」


「えっ……きゃっ!」


 合成コークの紙カップが床に落ち、黒茶色の液体が絨毯に染みをつくっていく。

 ケイカは状況もわからぬままムラマサ理事の左手に掴まり、強引に引き寄せられていた。首を絞めつけられ、こめかみに固い物が押し当てられる。


「ははは! どうだね、メカヘッド君!」


 興奮し、上ずった声を張り上げるムラマサ。


「動くなよ! ちょっとでも妙な真似をしてみろ、この娘の頭が吹き飛ぶぜ!」


 ムラマサはカード型拳銃をポケットから抜き出し、ケイカに銃口を突きつけている。


「この……! 何のつもりだ?」


「“何のつもり”だと? ははは、あははは!」


 メカヘッドの問いかけに、ムラマサは目を見開き、歯を剥き出して笑った。……その笑顔は、獣の威嚇に似ていた。


「決まっているだろう! 貴様の方こそ忘れたのか? 自分が何のために、ここにいるのか……。最初から、敵同士だったろう! あは、あはははは……!」


 メカヘッドはゆっくりと、ベストの内側に吊っていたゴム弾銃に手を伸ばす。気づいたムラマサが声を荒げた。


「動くな!」


 ケイカの頭にカード型銃の銃口を押し付けながら、ムラマサはメカヘッドを睨む。


「銃を捨てろ! ほら、早く!」


「仕方ない、か……」


 メカヘッドは胸元のハーネスからゴム弾銃を抜き出し、床に落とした。


「それだけだな? 両手を上げろ、早くしろ!」


「メカヘッド様、お逃げください! ムラマサ理事は、わたくしたち二人とも……きゃあ!」


 ムラマサは銃口を突き立てるように押し当てて、ケイカ嬢を黙らせた。


「逃がすわけないだろう、余計な事を言うな! メカヘッド、貴様もだ。落とした銃から離れろ! ……もっとだ!」


 両手を上げたまま、後ずさりするメカヘッド。ムラマサはケイカを捕らえたまま、じり、じりと銃に近づいていく。


「メカヘッド! 貴様、そこから動くなよ……!」


 そう言って相手を立ち止まらせると、ムラマサは足元のゴム弾銃を後ろ蹴りに蹴り飛ばした。銃は絨毯の上を滑るように転がり、VIPルームの窓ガラスに当たって音を立てる。


「はは、ははは……。ふーう……!」


 VIPルーム内に意識を張り巡らせていたムラマサは、ゴム弾銃がメカヘッドの間合いから離れたことを確信して大きく息を吐き出した。両手を上げたままのメカヘッドが声をかける。


「あなた、随分冷静ですよね。その割にこんな、行き当たりばったりな真似を……」


「何が言いたい?」


「いえ、気になっていたんですよ。こんな事を、いつから計画してたのか、と」


「おい、おい! 私の弁護人になるつもりか? それとも、サスペンス・ドラマの探偵にでもなったつもりかね? この状況で? ……ハッ! 呑気なものだな!」


 嘲って笑うムラマサ。メカヘッドは相手に向かって僅かに前進しつづけながら、あくまで冷静に返した。


「ケイカ嬢は……あなたもですけれど、今もブラフマーの傭兵に狙われているんでしょう? 試合だってまだ、終わっていない」


 急に、VIPルーム内の温度が下がった気がした。ドーム競技場内に押し込められていた観客たちが一瞬、息を殺して黙り込んだのだ。その直後、一気に騒がしくなる場内。


「『落ち着いてください!』」


 実況者が叫んでいる。ムラマサは後ろ髪引かれる思いを断ち切って、メカヘッドを睨みつけた。


「何が言いたい」


「『この回は今試合はじめて、ランナーが出塁しています! そして……打席に立つのは四番、“サビガネ”選手……』」


 実況者の声が、遥か遠くから聞こえてくるような気がする。そうか、試合は今、そんな事になっていたのか。

 それなら、もう少し選手たちを信じて、試合を見守ってもよかったのかもしれないな……


「まだ、あなたが直接手を汚す必要はないじゃないですか? なのに、こんなことを始めてしまったというのは、あなた自身がこの状況に焦っているから……」


「うるさい! うるさい、うるさい!」


 己の内に漏れた声も、メカヘッドから投げかけられる声も振り払うように、ムラマサは叫んだ。


「ミュータントなんてのはなあ、汚らしい! 社会のガンなんだよ! 気がつけば沸いてやがる上に、放っとけばポコポコ増える! 真人間の居場所を食いつぶす勢いでな! あんな連中、居ない方がいいんだ! だから、連中が“壁の中”に入り込まないように、俺が目を光らせてなきゃいけないんだ! だからなあ、俺はお前たちに負けるわけにはいかねえんだよ……!」


「何てことを!」


 憚りもなく言い放つムラマサに、言葉を失うメカヘッド。しかしケイカ嬢は怯まず、怒りと悲しみに満ちた強い眼差しを向けていた。


「発言の取り消しを要求しますわ、ムラマサ理事」


「うるさい! 黙れ!」


「黙りません! ミュータントの方も、人間です。わたくしたちと、同じですわ」


 毅然と言い放つケイカ。ムラマサは額に青筋を立て、とうとうケイカ嬢を締め上げた。


「黙れと言っているんだ! この


 メカヘッドは駆け出した。……けれども、駄目だ! 間合いが遠すぎる!

 ムラマサ理事が銃の引き金に指をかけ、すわケイカ嬢を撃ち抜くかと思ったその時、


「『打ったああああ!』」


 VIPルームの防弾ガラス・フィルムがぶち破られて激しい音を立てる。そして飛びこんできた亜音速のファウル・ボールが、ムラマサの後頭部を直撃したのだった。


(続)

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