レディ アンド ガーディアンズ;23
仰々しい実況者の煽り文句に、雄たけびのような放歌で応える観客たち。鳴り物入りで幕を開けた“セントラル・ダービー”決勝戦は……泥沼の投手戦へと突入していた。
オーサカの投手が、ナゴヤの打者を確実に打ち取っていった。大半の打者はあっさりと三振に倒れた。パワーアシスト・スーツを装備した数人の“エース”は出塁に成功したものの、守備陣の連携によって進塁を阻まれ、得点できぬまま倒されていく。
攻守交替すると怪物じみたナゴヤの名投手、ミュータントのアオが放つ超音速の剛速球がオーサカの選手たちを、いともたやすくねじ伏せていく。
“巧い”チームと、恐るべき投手。両者のぶつかり合いによる膠着状態が1イニング、2イニング……と続いていく。
白磁のティーカップで模造ムギチャをちびりと傾けると、ケイカ嬢は「あら……」とため息をついた。
「わたくしはヤキューのことはよく分からないのですけれども。その、なかなか点が入らないものなのですね……?」
近くのソファにふんぞり返っているムラマサは不満も露わに口を堅く結び、足先で床をコツコツと打ち続けている。とてもじゃないが、ケイカ嬢と歓談するような心持ちではなさそうだった。
「お互い、決め手に欠けてますからね」
入口横に待機しているメカヘッドが、代わりに答える。
「オーサカのレディ・ストライプスはさすが、プロのヤキュー・チームですよ。ナゴヤ・セキュリティズは所詮、ナゴヤの保安局員を寄せ集めて作った素人集団だ。選手個人の技術も、チームワークも、プロとは比べ物にならない! でも、そんなプロの選手たちでも、アオさんの球は打てない……」
「当たり前だ。あり得んだろう、あんなふざけた球」
ムラマサが不機嫌そうに、会話に口を挟んだ。
「わが社の解析班にも見せたが……時速1200キロを超えたところで、機械がイカレたのかと思ったぞ」
愚痴をこぼすムラマサ理事を見て、ケイカがクスクスと笑っている。
「どうですか、ムラマサ理事? ストライプスが強いとしても、セキュリティズが勝つ可能性は、まだ残っているようですわね。アオ選手のおかげで!」
「首のカワ一枚、かろうじて残ってしまったわけだ。あの、青いミュータントのせいでな! ただ速いだけだ、あんな球……!」
ムラマサは感情的になって言い返した後、不満そうに鼻を鳴らした。
「そんな事、本来なら問題にならんはずだ。打てるようになればいいだけの事。だが、今のストライプスのバッターたちは、勝負しようとすらしない! 逃げようとする奴らばかりだ!」
「『ストラーイク! ……アウトォ!』」
審判が拳を掲げて叫ぶ。バッターボックスに立っていた、黒い全身義体の選手が控えブースに引っ込んでいく。ムラマサはガラス・フィルム越しにグラウンドの上の小さな影を見送りながら、溜息をついた。
「まともに勝負しようという気概があるのは、精々4番の“サビガネ”選手と、1番のカイ・ミヤビ選手だな。ミヤビは名前に反するハングリー精神の持ち主だ。以前から“やる”娘だと思っておったが、ここまで食らいついてくるとは思わなんだ!」
贔屓の選手の奮闘ぶりを思い出して、ムラマサ理事の顔が少しほころんでいる。メカヘッドも立ち上がって窓の近くまでやって来て、“サビガネ”選手の背中を見下ろした。
「なるほど。ですが、あの“サビガネ”という選手……」
「あの選手が、何だね?」
「いえ、その。私は、見るのは初めてですが……見ていて何だか落ち着かないというか、何だか妙に、嫌な感じがするというか……」
自らの頭をコツコツと指でつつきながらこぼすメカヘッド。ムラマサは「ははん」と鼻で笑う。
「おい、おい! 自分が贔屓するチームの脅威になるからといって、そんな言い様をするもんじゃないぞ! ……まあ、いい。とにかくこの試合中に彼女らが“仕上がれば”、セキュリティズとかいう素人集団なぞ恐れるに足らん、という事だよ。だがなあ、その為にも他の選手どもには、もっと頑張ってもらわなければ困るのだ……!」
上機嫌な独り語りから一転、再びグチグチと不満をこぼしはじめるムラマサ。メカヘッドとケイカは顔を見合わせた。
「ふふ……」
ケイカは口元を手で隠して小さく笑っている。
「はは……」
メカヘッドも首をすくめて軽く笑うと、入り口付近の自分の持ち場に戻った。
こちらは今のところ、異常なし、と。
レンジ君、観客たちのこと、試合のことは、よろしく頼むぜ……!
大音量で鳴り続ける楽器の音と観客たちの歌声が、ドーム競技場の床や空気を揺らしている。場内を歩くレンジの耳の中で、鐘が鳴るような鈍い音が響き続けていた。観客たちは爛々と目を輝かせ、ある者はメガホンを、ある者は空き瓶を、ある者は両手を打ち鳴らしながら、声を張り上げて歌っている。
やれやれ、耳がどうにかなりそうだな。
去年のカガミハラ自治祭でも、こんなに騒々しくはなかったぞ……と思いかけて、自分の生活基盤がナカツガワ・コロニーとカガミハラ・フォート・サイトにすっかり移っていたことに気づく。
この町で生まれ育ったはずなのにな。この町で暮らしていた時、何をしていたんだっけ?
元々、人が多いところは得意ではなかったが。それよりも生活やらエネルギーやら、自分の全てを費やしてカレッジに通っていた……と言った方がしっくり来る。カレッジで優れた成績を修め、“国芝グループ”の一員として生きる事を望んでいた。
今となれば、あの頃の理想は“親からの、周囲からの期待”をなぞろうとしただけのものだったように思う。法律学、経営学、政治学に心理学。そして、それらが歪に組み合わされた、いわゆる“帝王学”と呼ばれるような学問……それら一切が、自分には向いていなかった。
ぼんやりと考えを巡らせながら、ドーム競技場の階段を下りていく。
けど、もし逃げ出さなかったらどうなっていただろうなぁ。
成績を誤魔化しながらカレッジを出て、向いてないことを隠しながら国芝グループの一員になって……どっちにしても破綻していたんだと思う。心を病むか、あるいは……
視線の先で、オレンジ色の手がゆらゆらと揺れている。レンジは俯きがちだった顔を上げて、手の主が座っている席に近づいた。
「よっ。何だか随分久しぶりだな、マダラ」
「本当だよ、もう決勝戦だってのにさ!」
頬を膨らませ、口を尖らせて怒るオレンジ色のカエル男、マダラ。おそらくこの“ネオ・コーシエン・ドーム”の観客中唯一のミュータントであり、“ナゴヤ・セキュリティズ”に所属するアオ選手の実兄である。
周りがオーサカのチームを応援している非ミュータントばかりの中、ただ一人、ナゴヤのチームを応援するミュータントというのは、居心地が悪いどころか身の危険も感じかねない状況だったに違いない。
「すまん、すまん」
マダラの隣が、本来のレンジの席である。通路に突っ立ったまま、席にも着かずに謝っているレンジを見て、マダラは溜息をついた。
「……まだ、メカヘッド先輩の用事が終わってないんだろ?」
「ああ。それどころか、ここが正念場でな。協力してほしい」
「何か嫌な予感がするなぁ……協力って? 何の?」
不審そうな顔をして訊き返すマダラ。レンジはずい、と顔を近づけた。
「テロリスト探しだ」
「テロリスト?」
「済まんが、詳しく話している余裕はない。相手は、この試合や観客を巻き添えにしても何とも思わない奴らだ。俺一人では“目”が足りない。だから……」
マダラは息を吐き出すと、首や肩をグリグリと回す。
「わかった。オレだって、試合を台無しにするわけにはいかない……」
足元に置いていたバックパックから小型ラップトップ端末を取り出した。
「任せてよ。犯人がこのドーム内にいるんだったら、きっと見つけてみせるさ!」
そう言いながら、立ち上がった画面を睨む。幾つかのアプリケーションを立ち上げ、勢いよくキーボードを弾きはじめた。
(続)




