第24話「聖女の働き方」
施療院をはじめて以降、マリスの毎日は多忙を極めていた。
朝早くに魔王の宮殿を出て城下を進み、遺棄された――否、されていた――区画に向かうと、既に長い行列が出来上がりつつあった。通りがかりに列から掛けられる声のひとつひとつに丁寧な挨拶を返していると、あばらのような施療院到着した時には、思ったよりも時間がかかってしまっていた。
「おはようございます」
「昨日より来るのがおせーよ、ねーちゃん」
出迎えるのはビートだった。
すっかり気を許しているようで、マリスには気安い態度で接してくる。
「あはは。皆さんがご挨拶してくださるので」
「全員にペコペコお辞儀なんかしてっからだよ」
まるで見ていたかのようにビートは言う。実際その通りなのだけれど。
「挨拶は大事ですよ」
「ふーん」
「そしてビートさんから朝のご挨拶をいただいていないのですけれど?」
「ねーちゃん、こえーよ顔が」
「おはようございます、ビートさん?」
「……おはよぅ」
そっぽを向いてごにょごにょ挨拶するビートに、マリスはにっこりと微笑んだ。
「はい、おはようございます。ビートさんたちの本日のご予定はどうなっていますか?」
「屋根を修理するつもり」
「落ちて怪我しないように気を付けてくださいね」
「そんなドジしねーよ」
「上手の手から水が漏る、という言葉もあります」
「どういう意味?」
ハテナ顔のビートを見たマリスは別の慣用句で言い直した。
「猿も木から落ちるということです」
「俺はサルじゃねーよ!」
今度は通じたようだった。顔を真っ赤にしているビートは少々サルっぽい、と思ったけれど、口にするのはやめておいた。きっと怒る。
それはさておき、
「真面目な話をしますと、ビートさんは平気でも他の子たちは危ないかもしれません。注意してみてあげてくださいね」
「……わーったよ」
「おにいちゃんなんですから、しっかり見てあげてくださいね」
「ん」
おにいちゃん、というのが気に入ったのかビートは神妙な顔で頷いた。
「それから、施療院で治療を終えた方が今日もお手伝いに行くと思うので、何か作業をしてもらってください」
「俺らじゃ運べないような重いモンを動かしてもらうとかでもいいのか?」
「ご本人が可能そうであれば結構ですよ。ただ、治療したばかりの方なのでくれぐれも無理はさせないように」
「わかったよ」
「お願いしますね」
「……」
「ビートさん、どうかなさいました?」
「……いや、あのさ」
「はい?」
「……えっとな、アイツは来てねえの?」
「アイツ? あっ、ヌルさんのことですか? 買出しお願いをしたので少し遅れているだけですよ。気になってらっしゃったんですか?」
「ちちち違わい!」
「そうですか」
「笑うなよ!」
などとやっているところに、丁度ヌルさんがやってきました。
両手に抱えた荷物越しにビートとマリスを視て、
「どうかなさいましたか、マリス様」
「いいえ。ただ、ビートさんが」
「ちょっちょっちょっ! ねーちゃんやめろよ!」
「何をですか?」
「何をってそのあのええと」
「冗談です。ビートさん、ヌルさんの荷物を半分持ってあげてください。ビートさんたちと、お手伝いしてくださる皆さんへの差し入れです」
「手伝いは治癒の礼金代わりなのに差し入れすんのかよ。変なの」
「ふふ、変ですか?」
「変だろ」
「変でもいいのです。私がしたくてしているのですから」
「ふーん。――ほら、貸せよ」
ビートはヌルの荷物をひったくるようにして受け取ると、そそくさと歩いていってしまった。マリスとヌルは顔を見合わせてくすくすと笑い合った。
「ヌルさん、念のため皆さんの様子を見ていてあげてくださいね。無茶なことをしていたら止めてください」
「承知しました。マリス様は――」
「治癒に当たります。今日も大勢並んでいらっしゃいますから、頑張らないと」
「おひとりで大丈夫でしょうか」
「はい!」
マリスは元気よく首肯。
何か手伝いたいヌルではあったけれど、実際に手伝えることはほとんどない。マリスが行っているのは「呼んで、診て、治癒」のスリーアクションで完結しており、余人の入り込む隙間は無い。下手に手を出してもかえって邪魔になってしまうだけだ。
「無理はなさらないよう、お気をつけくださいませ」
「ありがとうございます!」
「休憩はきちんと取ってください」
「わかっています。ヌルさんの方こそちゃんと休んでくださいね!」
休息は大切だ。高いパフォーマンスを長い時間発揮するには、心身を適度に休める必要があることはマリスも重々承知している。
けれど、
「治癒を必要としている人が大勢いるのです」
長く休憩をするわけにはいかなかった。自分が休めばそれだけ待っている人々の列は長くなっていき、待ち時間も伸び続ける。それはマリスには許容し難いことだった。
マリスは必要最低限未満の小休止だけで診察を続けた。
多忙であるということは、それだけ必要とされているということでもある。
自分で望んだことなのだ、という思いもあった。
使命感と充足感に包まれて、治癒を続けていると一日はあっと言う間に過ぎてしまった。
疲労はもちろんあったけれどマリスの身体はそれを上回る達成感に満たされていた。
「ねーちゃん!」
診察室で脱力しているところに、ビートがやってきた。
マリスは居ずまいを正して、
「調子はいかがでしょうか」
と聖女の笑みで少年を迎えた。
「屋根の修繕は終わったぜ」
「それはよかったです」
「それと、ベッドを貰ったんだ。毛布も!」
「有難いことですね。御礼はいいましたか?」
「あったりまえだろ。ねーちゃんに恥かかすようなことはしてねえよ」
「私の恥とかではなくて、施しには感謝をしてくださいね」
「わーってるって」
本当にわかってくれているだろうか、と一抹の不安を覚える。
「もっともっと頑張るからな!」
「頑張るのは良い事ですけれど、きちんと休養を取ってくださいね」
「ねーちゃんこそ働き過ぎじゃね?」
「ありがとうございます。休養はいただいてますよ」
王国での日々に比べればどうということはない。休む隙も無いほど治療を繰り返していたあの頃に比べれば、一日に診る数も少ないし休憩を取る余裕だってあるのだから。
「ですから私は、大丈夫ですよ」




