エピローグ
時は過ぎて3月末、阪神競馬場では天皇賞・春の前哨戦、阪神大賞典が行われる。このステップレースに、サツマキリコは出走を予定していた。
それにしても今日の川添さんは騎乗が切れてるな。優一は待合室でモニターを見ながら感心していた。
川添は今日3勝2着2回、5レース連続連対を果たしていた。やはり凱旋門賞を狙える馬に乗れると気合も違うのだろう。
川添は以前三冠馬に乗っていたが、海外での騎乗経験が少ないことを理由に凱旋門賞とその前哨戦は現地の騎手に取られて乗れなかった。
翌年も遠征計画が有り、川添は少しでも乗せてもらえる可能性を作るためにフランスに遠征に行ったが、結局ほとんど乗せてもらえず、三冠馬の遠征は前年と同じ現地の騎手に任されることになった。
その乗れなかった悔しさが有るのだろう、今度こそ確実に乗せてもらえる今回は、それだけ賭けるものも大きいようだ。
それにしても気持ちが入るとこうも騎乗が上手くなるのか、今走っているレースでもそつなくインに陣取り、直線で抜け出しを狙っている。前の馬は一杯一杯で、インを絞る余裕すら無そうだ。これなら上手く抜け出せるだろう。
しかし次の瞬間、川添の騎乗馬は大きくバランスを崩した。川添は斜め前に投げ出され、後続はよけきれず川添の上を通っていった。どうやら川添の馬が躓いたようだった。そのあまりの光景に、優一は思わず立ち上がっていた。
優一が何をできるわけでもない。優一は落ち着かずそこら辺を歩き回る。歩きながら、関係者の動向を窺った。
そこに、頭を抱えた幸野調教師が現れる。この後川添を乗せる予定が有ったこの人なら状況を把握しているはず。優一はすぐさま駆け寄った。
「幸野先生、川添さんは大丈夫なんですか!」
優一は叫ぶように聞いた。幸野は優一を見ると、首を大きく横に振った。
「駄目だ。怪我が大きい。話すのも苦しそうだった。これじゃあこの後のレースは乗れない」
幸野はそう答える。優一は愕然とする。凱旋門賞の夢を託した、その人物が大怪我して乗れない。それじゃあ、俺達の、日本競馬の夢はどうなるんだ!
すると、幸野は優一を真正面から向き直した。
「優一、サツマキリコに乗ってくれないか。お前、メインの乗鞍無いんだろう?」
幸野はそう言ってきた。優一は更なる驚きを顔にする。
「待ってください、俺は自分から降りた身、今更乗るなんてできるんですか?」
「普通だったら頼まないよ。だけど、最近気づいたのだが、サツマキリコは乗り手を馬鹿にするところが有る。今更新しい騎手に頼むくらいなら、乗って勝ったことが有る騎手の方がいい。たとえいざこざが有ろうとな」
優一の言葉に、幸野はそう答えた。向こうも背に腹は代えられないようだ。
「頼む、川添もお前ならと言っていた。お前しかいないんだ、乗ってくれ」
幸野はそう言って頭を下げた。優一は頭が冷えていくのを感じる。
「わかりました、乗ります」
優一はそう承諾した。幸野は、ホッとしたように息を吐いた。
そのレースで、優一とサツマキリコは圧勝を見せた。
川添は、肩の骨を複雑骨折していて、全治半年以上という診断が下された。
手術が終わった数日後、幸野と一緒に優一は見舞いに行った。
「凱旋門賞、乗りたかったなあ、まったく」
有って早々、川添はそう愚痴った。やはり彼にとっても大きな夢だったのだろう、悔しそうな顔をしていた。
「優一、代わりにお前が乗ってくれ。こんな大きな夢、託せるのはお前しかいないんだ」
続けて、川添はそう言ってきた。優一は幸野の方を向き直す。幸野も頷いていた。
「オーナーの了承は取ったよ。渋い顔ではあったが、任せるには充分な実績も積んでいる。お前なら、とオーナーも言ってくれている」
幸野はそう後押ししてくれた。優一も頷く。
「わかりました。俺がこの手で日本競馬の悲願を達成してみせます!」
優一はそう元気良く宣言した。
その後、サツマキリコは優一を乗せて天皇賞・春、宝塚記念をあっさり連勝、凱旋門賞挑戦が本格的に決定した。
ロマンオンザターフ、見ているか。優一は北の方を見ながら、心の中で話す。俺は、もう一度夢を見ることができたよ。お前と見た夢を、お前を倒したあの馬で叶えに行くんだ。きっと今度こそ夢は叶うんだ。いや、絶対叶えてみせる。優一は心の中でロマンオンザターフに誓った。
競馬場にはロマンが溢れている。弱い馬だって上を目指し戦う。強い馬はより上を、そして世界を目指し戦っている。
三冠の夢が有る。牝馬三冠の夢が有る。古馬王道完全制覇の夢も有る。短距離にだってマイル連覇、スプリント連覇が、ダート馬にだってフェブラリーステークスやチャンピオンズカップ、地方の大レースだってある、海外はドバイの夢だって見れるのだ。競馬場はロマンに溢れている。
そして今優一は凱旋門賞の夢を見る。去年敗れた夢を、日本競馬の悲願をもう一度夢見れるのだ。何てロマンが止まらない話だろう。
牧場では今日も新しい仔馬が産まれている。彼らを牧場のスタッフは育てる、丈夫に育て、強く育てと。
そしてその馬を調教師達は鍛えていく。少しでも速く走るために。そして騎手は導く、少しでも前にゴールするために。
たとえ夢が破れたって、彼らは今日も夢を追いかけていく。そして彼らのロマンの結晶、競走馬は今日も競馬場を走っていく。その夢に気付いていても、気付かなくても、夢を追いかけ、敗れてもまた次の夢を背負って、馬は走っていくのだ。
そしてまた、今日もロマンは競馬場の上を走り続ける。
とりあえず1巻完結のつもりで書いた作品ですので、これで終わりとなります。タイトルにもなっているロマンオンザターフが引退しましたしね、いい区切りでしょう。
ミスって連載中になっていますがこれで終わりです。




