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ロマンオンザターフ  作者: 間形 昌史
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10/15

第10話 進化の証

本文中にイングランディーレ産駒が出てきますが、彼が日本で種牡馬入りした架空世界としてお楽しみください。

 3月も中旬に入り、天皇賞・春を目指すロマンオンザターフも厩舎に戻ってきた。彼の馬は前哨戦の一つ、3000mの阪神大賞典をステップレースに選んだ。

 天皇賞・春は3200mのレースである。そこに挑むにあたり、近い距離を使うことで、本番に近いペースが体験できるため、本気で天皇賞を取りに行くならこのレースがベストであろう。

 他には2000mのレース、これもGⅠの大阪杯も候補として有るが、こちらは流石はGⅠ、アシタを始め中距離狙いの有力馬がひしめいており、勝てたとしても天皇賞に疲労が残りかねない。中山競馬場では2500mの日経賞も有るが、関西馬のロマンオンザターフには輸送が少ない方が良いだろう。それらも考えて、今年は出走予定馬が手薄な阪神大賞典がベストだと判断されたのだった。

 そのレースに向かい、ロマンオンザターフは帰厩した。優一は早速調教を付けに行く。

 すると、ロマンオンザターフを引いていた多賀子は、随分と楽しそうにニコニコ笑っていた。

「随分と上機嫌だね」

 優一はそう苦笑しながら近付くが、理由はわかっている。

 それは、ロマンオンザターフの成長である。彼の馬は、見ただけでわかるほど肉付きが良くなっていた。体高も少し高くなっているように見受けられる。古馬になってからこれだけ成長するのは珍しいことだが、喜ばしいことには違いない。

「ロマンオンザターフ、凄くなってるよ。乗ったらビックリすると思う」

 多賀子はそう言って上機嫌に笑う。それに適当に相槌しながら、優一はロマンオンザターフにまたがる。

 乗った瞬間、優一は実際に驚いた。そしてロマンオンザターフの肩あたりをポンポン叩き、そして戸惑った目で多賀子を見る。

「これ、本当にロマンオンザターフ?」

 優一は思わずそう聞いてしまう。

「そうだよ、見違えたでしょ!」

 多賀子はそう言って爛々と笑う。

 ロマンオンザターフにまたがった感覚は、まるで別の馬に乗っている気になるほど変わっていた。またがっているだけで迫力を感じる。軽く歩いただけでパワーを感じる。心体共に以前のロマンオンザターフとは別物、一回り強くなっていた。

 見違えた、まさしく見違えただよ。優一は感動していた。昨年末の連敗は悔しかった。しかし、馬はさらに強くなっている。これなら、あの時負けた馬達にもリベンジできる。そんな自信が湧くほど強さの手応えが有った。

 優一は走りの違いを楽しみにして調教に向かう。坂路コースを、ある程度仕上がっているので馬なりで。条件馬に胸を貸して、相手を先に行かせて最後並ぶ形で並走する予定だ。

 しかし、調教を始めて早々に、優一とロマンオンザターフは僚馬を追い抜いてしまう。しかもどんどん相方を突き放して、実質単走で突き抜けてしまった。タイムはかなりの好タイムであった。

「馬鹿野郎、調教にならなかったじゃねえか! それにそんなに急がせて、馬の調子を考えろ!」

 坂路の頂上を過ぎ、逍遥馬道に降りるところで僚馬に乗っていた調教助手が優一に怒鳴った。彼はかなり怒っている。

 が、それを気にしている余裕は優一には無かった。

「馬なりなんだ」

 優一は、呟くように言う。その顔には驚愕が浮かんでいて、異様なほどに汗を大量にかいていた。

「馬なりなんだ。馬なりで、全く急がせてないのに、あの動きなんだ。何も無理させてない、それなのにあの速さなんだ。何だ、何なんだ、この馬、動きが良すぎるよ!」

 優一は感動したようにそう言った。最早調教助手とは会話が成立していないが、調教助手の方は得心していた。

「そうか、それほどまでに良くなっていたか、その馬」

「ああ、本当に、本当に馬が変わったみたいだ! あれだけ強かったのに、まだ底が有るんだ。レースが楽しみで、本当に楽しみで仕方ないよ!」

 調教助手の言葉に、優一はうっとりしながらそう返した。調教助手はやれやれ、と呆れた様子で肩をすくめ、苦笑いした。


 阪神大賞典のレースが近付いてきた。レース前、逃げ馬に乗る富士島がいつものように先手を譲るように言って回っていた。

「おう、優一、お前の馬は差し馬やな。もちろん俺には絡んでこないやろ?」

 富士島は、言い含めるようにそう確認する。

「ええ、そのつもりです。まあ、レースは走ってみないとわからないですけどね」

 優一は、そう意味深げなことを言う。富士島が眉をひそめた。

「何や? その裏が有りそうな物言いは? 気味悪いわ」

「まあ、逃げるつもりも絡むつもりも全く無いですよ」

 聞き返す富士島に、優一はそう曖昧に答えた。まあ、絡むつもりが無かったらええわ、と言い残して富士島は次の騎手に向かった。


 そして、レースが始まる。

 先手を取ったのは富士島が乗るポメラニアン。後続に一定の差を付けると、途端にペースを落とし、脚を溜める。

 この馬は、他馬の闘争心に反応して行きたがる馬である。であるからして、単騎逃げが最良のスタイルである。今回は上手いこと前に行く馬が少なくて済んだ。これなら逃げ粘りも期待できる。

 だが、そんな富士島の期待もむなしく、後方から馬が接近する足音が聞こえてきた。その馬はあっさり隣に並び、並走し始める。

 何や、一体どの馬や! と富士島は隣を見る。

 すると、そこには優一の姿が有った。並んできたのはロマンオンザターフだった。

「何するんや! お前は逃げるつもりなかったんやないのか!」

 富士島はそう叫びかかる。

「俺らは、自分のレースをしているだけですよ」

 優一は、平然とそう答えた。

 最悪や、富士島は肩を落とす。楽逃げを決め込もうとしていたのに、これでは台無しだ。馬も行きたがって・・・

 と、そこで富士島は気付く。行きたがってないやん! 闘争心に反応するこの馬が行きたがらない、ということは並走するロマンオンザターフは平常心というわけである。富士島は優一の姿勢を見た。それは手綱を押さえた、馬なりに進めるレース振りだ。

 富士島は、優一の真意に気付いた。

「優一、まさかお前、シンボリルドルフをやるつもりか!」

 富士島はそう叫ぶ。

「真似するつもりは無いですけど、結果的にはそうなるかもしれませんね」

 優一は冷静にそう答えた。


 シンボリルドルフ。三冠に加え、有馬記念連覇などGⅠを合計7勝した、「皇帝」の異名で知られる名馬である。

 彼の馬は常に先行抜け出しのレース運びをしていて、そのあまりに理想的な脚質は有名である。

 そんな彼が、唯一逃げたレースをしたことが有る。天皇賞・春の前哨戦である日経賞でのことだ。シンボリルドルフはこのレースで先頭を走り続け、楽勝してみせた。

 種を明かせば、「絶対に勝てない馬」と戦うことになった他馬達は、牽制し合った結果、誰も行きたがらずスローペースになったため、普段こなすペースで走ったルドルフが先頭に立っただけのことだ。

 この馬のいつもの競馬をしただけだ、と鞍上の岡部騎手は回想していた。いつものペースで走っただけ、単に他の馬が控えすぎただけのことだと。

 優一とロマンオンザターフのレース振りも同じである。単にペースが緩くなったから、超スローだったからいつものペースで走っているロマンオンザターフが先頭に並んだ、それだけのことだ。

 富士島は、戦慄していた。シンボリルドルフと同じ感覚で先頭に並ぶ、この馬の底知れなさが恐ろしい。下手するとポメラニアンでは勝てないのではないか。そんな考えすら浮かぶ。

 まあいい、それはそれだ。この馬のレースをして負けたら仕方ない。幸いまだ引っかかってはいないのだから。富士島はそう考え、腹をくくり直した。


 レースは淡々と進む。スローペースのまま、第3コーナーに入る。富士島が乗るポメラニアンは、そのタイミングで仕掛けはじめた。ロマンオンザターフと同じ位置にいては勝ち目が無い、そう考えたのだろう。

 優一は、動かなかった。この馬は、この馬のレースをする。優一はロマンオンザターフのやり方を第一に考えた。

 ただ、それにもう1つ。今回は、楽に勝とう。優一はそう考えていた。

 後続も仕掛けを始めて、ほとんど全頭が仕掛けた状態で直線に入った。唯一ロマンオンザターフだけが仕掛けていなかった。それは直線に入っても変わらず、レースも残り少ないというのに優一は仕掛けなかった。それに気付いた観客達がどよめき始める。

 残り1ハロンを切る。楽に逃げるポメラニアン、離れてロマンオンザターフ。そのすぐ後ろに、後続達が迫っている。だというのに、優一はまだ仕掛けない。ファンからは悲鳴さえ聞こえてきた。

 だが、残り120m位からようやく優一が仕掛けはじめた。ロマンオンザターフはそこからグイグイと伸び始め、見る見るうちに先頭のポメラニアンとの差が縮まっていく。

 そして、差して1馬身前に出たところがゴールだった。ロマンオンザターフはほとんど仕掛けていないにもかかわらず、先頭でゴールした。

 それは強さを見せ付けたが、それ以上にほとんど本気で走っていないのだから疲労も少なかった。優一がしたかった楽な競馬の結果である。

「まったく、嫌になるわ」

 レース後、並走してきた富士島が愚痴る。

「そんなレースされたら、本番でも勝ち目無いやろうが。わかってもうたわ。まったく、同じ時代にこの馬が生まれたのが不憫でしゃーないわ」

 富士島はそうぼやく。優一は苦笑いする。

 こうして、優一とロマンオンザターフは強さを見せつけて前哨戦を勝った。そして、1か月後の本番で、さらなる強敵相手に真価を見せなければいけない。


   *


 果たして5月初旬、天皇賞・春の本番がやってきた。

 しかし、優一にはレース以外で気掛かりなことが有った。それはレース前の待合室で出会ってしまう。

「よう、優一、調子がいいみたいじゃないか! それに対抗するためこの山風三太郎、淀のターフに見参だ!」

 そう言って見得を切るのは、優一と同期の騎手山風三太郎である。この根っから明るすぎる男、優一は苦手としていた。

「お前も元気そうだな」

 優一は適当に相槌を打つ。

「おう、元気だとも!

 お前にGⅠ勝利は先を越されたが、勝利数は俺が上だった。この度は俺もGⅠジョッキーになるべく京都にやってきたぜ。お前と同格の天皇賞でGⅠ初勝利してやる。覚悟しとけよ!」

 山風はそうカラカラと明るく笑う。場の雰囲気は山風に飲み込まれ、ある意味異常な感じになっていた。

「何やお前、変わった奴やなあ」

 そこに、富士島がやってきた。彼は阪神大賞典と同じくポメラニアンに乗るため、他の騎手に先手を譲るよう脅しをかけて回っていたのである。

「おお、これは、初めまして! 俺は山風三太郎と言います! この武川の同期です!

 関西を代表する名手富士島さんにお目にかかれて光栄です!」

 山風はそう明るく挨拶をする。富士島はあっけに取られかけながらも、口を開く。

「まあ、誰でもええわ。いいか、今日は俺が逃げ馬に乗るんや。東ではどうか知らんが、西では目上の人間が優先や。先手は俺が行くで。わかっとるな?」

 富士島はそう「念押し」を仕掛けた。それに対して山風がカラカラと笑う。

「さすが西の名手、富士島さんだ、そつが無い!

 だけど、そうは行きませんよ! 今回は俺も逃げ馬です! 先手は簡単には譲りませんよ! どちらが先手を取れるか、勝負と行きましょう! ああ、楽しみだ!」

 山風はそう挑むように富士島に言った。富士島はポカンと口を開けている。

「それじゃあ、本番で勝負です! また会いましょう!」

 山風はそう言って、にこやかに笑って去っていった。富士島があんぐりと口を開けている。

「何や、あいつ、俺の脅しが全然効いてへんで? 先輩にああ言われて何も思わんとは、何を考えとるんや?」

 富士島が思わずそう呟いていた。

「変人ですみません。同期を代表して謝ります」

 優一は思わずそう頭を下げた。呆れた様子で富士島が振り向く。

「まったく、山風と言い、お前と言い、お前の同期は変人揃いか?」

 富士島がぼやくようにそう言う。それに優一は驚いた。

「え? 俺変人ですか?」

 優一は思わず聞き返してしまう。

「まあ、山風ほどやないけど、違うと言うと嘘になるくらいには変人やな」

「そりゃないですよ、富士島さん!」

 富士島の答えに、優一はそう言って泣くのだった。


 それはさておき、レースが近付いてくる。単勝オッズはロマンオンザターフがダントツの1番人気で1.2倍。他にGⅠに勝った馬もおらず、一本被りの人気になった。2番人気ですでに9倍台になるほど集中している。

 山風が乗るイスカンダルは単勝が54.9倍。あまり警戒されておらず、中穴としてしか注目されていない。

 そんな中レースが始まる。ゲート入りは順調。スタートが切られた。

 まず押していったのは山風のイスカンダルと富士島のポメラニアン。両者完全に押していって、激しい先行争いになりそうだった。

 が、それを本人も予期してか、富士島が早々に諦めを付け、2番手に控えた。共倒れになるのは嫌だったのだろう。

 これでイスカンダルの単騎逃げが決定した。だが、山風は手を止めない。グングン後続を引き離していき、完全な大逃げの体勢に入った。ペースは中距離なら平均になるだろうが、この距離にしては圧倒的に速い、ハイペースになった。


 レースの2番手で、富士島がほくそ笑んでいた。先手を取られたのは痛いが、この馬は闘争心に反応する馬。あれだけ大きく差を付けて逃げてくれれば、影響はほとんど無い。

 先頭はあのペースで走れば絶対にバテるだろう。後ろから行く馬は怖いが、ほぼいつものこの馬の形、好成績は望めそうだ。

 と思っていたが、そこに暗雲が立ち込める。後続から上がってくる馬の足音が聞こえてきた。またか、今回は誰や? 富士島が気配に気を向けると、それは1頭の物ではない。馬群が迫ってくる。

 何事や、と後ろを軽く振り向く。するとそこにはロマンオンザターフを先頭に、それをマークする馬の一団が付いてきて、集団で迫ってきていた。

 今回はロマンオンザターフも戦う姿勢を取っていた。それに反応してポメラニアンが行きたがり始める。仕方なく、富士島はロマンオンザターフの半馬身だけ前に出て、馬を進め始めた。

「優一、何考えとるんや、また無茶苦茶な競馬しおって!」

 富士島はそう優一に叫びかかる。

「申し訳無いですね。でも、仕方ないんです。力が有る馬が大逃げしたときは、その馬を捉えきれるかどうかが勝負になるんですよ」

 優一は、悪びれずそう返した。

「何や、お前、山風の馬があのまま行けると思ってるんか?」

 富士島はなお叫ぶようにそう言う。

「ええ、思っています。あの馬は前走日経賞2着、淡々と逃げて粘ったものです。今のペースも、この距離にしては速いでしょうが、普通なら平均ペースです。持続力に勝る馬なら押しきりかねません。

 あの馬は、父が大逃げでこの天皇賞・春を勝ったイングランディーレ。母の父は、あまり道中のペースを落とさないで菊花賞を勝ったセイウンスカイです。スタミナと持続力を継いでる可能性は充分有ります」

 優一はそう語る。

「そして何より、鞍上です。山風はああ見えてしたたかな男。勝算の無い勝負は絶対に仕掛けません」

 優一はそう言いきった。それを聞いて富士島は溜め息をついた。

「もうどうにでもしろや! もうすでに俺の競馬は無茶苦茶、終わったようなもんや。その代わり、そう言ったからには絶対に勝つんやで!」

 富士島は諦め気味でそう叫ぶ。

「ええ、絶対に勝ちます」

 優一はそう言って闘志を燃やしていた。


 レースは進んでいく。1000m通過が1分ちょうど、これはファンの皆も早いペースだな、位にしか思っていなかった。しかし2000m通過が2分1秒と聞いて、競馬場にいる皆もテレビで見ていた皆も戦慄を覚えた。全くペースを落としてない? そんな競馬で最後まで持つのか! 観客たちは大逃げっぷりに沸きに沸いた。

 果たしてレースはイスカンダルが軽快に大逃げをしたまま直線を迎えた。2番手はロマンオンザターフ、しかしその間は20馬身近く、時間にして約4秒の差がついていた。平均ペースで1ハロン12秒ほど、一番早くて1ハロン10秒ちょっと。京都競馬場の直線は403.7メートル、ほぼ2ハロンしかない。イスカンダルがこのまま淡々と行ってしまえば、ロマンオンザターフが極限の差し脚を続けたとしてもギリギリ届くかどうかである。

 戦況が厳しいのは優一も百も承知である。だが、それでも優一は勝負する。こっちは年度代表馬に雪辱するのだ、世界の馬に再挑戦するのだ、そのくらいのレースはしないと話にならない!

 優一は直線に入るや否や全力でロマンオンザターフを追い出し始める。それに応えてロマンオンザターフは弾けるように、飛ぶように走った。

 見る見るうちに差が縮まっていく。直線の半分、残り1ハロンのところでは10馬身は縮めて、残りの差は半分ほどになっていた。

 この調子ならこのまま行けば差しきれる。が、ここからが本当に厳しいところである。何しろすでに3000メートルも走ってからの残り1ハロンである。体力の消耗もかなり多い。それでいて極限の脚をもう1ハロン、これはまともな馬では出せないレベルである。

 しかし、それでもロマンオンザターフなら。優一は信じる。この馬ならば出せるはずだ。この馬は元々一瞬しか脚を使えないタイプじゃない。ある程度長く使える馬だ。スタミナも有る。それならば、ここからも極限の脚を使えるはずだ。

 優一は追い続ける。空気がまとわりつくように阻んでくる。まるで空気の壁が有るようだ。本当に極限に近付いたものだけが感じる、見えない壁。それを優一は感じていた。

 その壁に阻まれているように、ロマンオンザターフのスピードは乗りきれなく感じる。実際は1ハロン10秒ちょっとのペース、極限の末脚を続けているのにだ。それでも今のまま行くと、ほんのちょっとだけイスカンダルを差しきれない。

 また、負けるのか。優一は悔しさを思い出す。負けたくない。絶対に負けたくない。

「負けないぞ!」

 優一は、鞭を打ちながらさらに声で叫んだ。自らとロマンオンザターフを奮い立たせるために。

「お前は! 俺達は! ここで負けるわけにはいかない! 俺達は、最強になるんだ!」

 優一は、思いの丈を叫ぶ。言ったところで、それが結果を左右することは無いはずだった。

 だが、それが通じたように、そこでロマンオンザターフはさらに弾けた。まとわりつく空気の壁をぶち破るように、ロマンオンザターフは突き抜け、更に脚を伸ばした。

 ゴールの瞬間、ロマンオンザターフは半馬身前に出ていた。極限の脚で届かないなら、極限を越えれば良い。そう言わんばかりに、ロマンオンザターフは世界でも類を見ない最高の末脚を見せた。

 勝った。優一は、最初それが信じられなかった。しかし、おめでとうと後ろから声をかけられた。2着の山風のものだった。そう声をかけられて、優一はようやく実感が湧いた。

「俺、勝ったんだよな」

 優一は思わず山風に聞き返した。

「ああ、お前は勝った。どうやっても勝てるペースを作り出したつもりだったんだがな。それを上回るんだ、お前とその馬は、とんでもなく強いな」

 山風はそう言って苦笑いする。勝った。勝ったんだ。優一はそこでようやく喜びを感じ、負けたくなかった思いを思い出し、思わず涙を流した。

「そうだな。この馬は強い。本当に、感謝しかないよ」

 優一は、そうしゃっくり交じりに言う。

「だったら自分を誇れ。その強さを逃さず邪魔さず生かしきったのは、お前の力なんだからさ」

 山風はそう言って、去っていった。優一は、馬の向きを変える。

 ウイニングラン。勝者しか許されないその行為で、今から勝利を誇りに行くんだ。優一は満員の大観衆に向けて、大きく拳を振り上げた。観衆が大声で勝者を祝福する。


 計量が終わると、相原が万感の喜びを表しながら、優一に抱きついてきた。

「良くやってくれた。この競馬なら、もっと大きな夢を見れるよ」

 相原はそう言って涙ぐむ。

「大きな夢ですか、天皇賞三連覇でも狙いますか?」

 優一は半ば本気でそう冗談を言う。しかし、相原は真面目な顔で優一を見直してきた。

「それ以上だ。それ以上を俺達は考えている」

 相原は、そう言い出す。

「実は、阪神大賞典を勝った時からオーナーと話していたんだ。天皇賞を強い勝ち方したら、凱旋門賞を考えようって」

 その相原の言葉に、優一は目を丸くする。

 凱旋門賞。10月にパリのロンシャン競馬場で行われる、ヨーロッパ最高峰のレースである。最も名誉が有るレースと言われ、これまで日本の馬も数多く出走し、そして夢を折られて帰ってきたレースである。

「実際に行くには、宝塚も勝ったら、という条件付きだがな。鞍上はもちろんお前だ。ヨーロッパの騎手でも、この馬は乗りこなせなさそうだからな」

 相原はそう続ける。世界最高峰のレースに、自分が乗れる? 優一はパァっと顔を輝かせた。

「それじゃあ、次も何としても勝たないといけませんね!」

 優一は喜びを隠さず、そう叫んだ。

 世界最高峰のレースに自分が乗れるかもしれない。それは優一にとっては最高の知らせだった。


 レース後、凱旋門賞への挑戦計画が、相原調教師から発表された。強い勝ち方をして天皇賞秋春連覇を果たした馬。期待は高く、注目は一気に濃くなった。

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