97・おっさん、手紙の返事を書く【side おっさん】
あれは確か市壁が大活躍して、モンスター達をなぎ払っていた時だ。
「動きが止まった……?」
今まで止めどなく、モンスターがイノイックに押し寄せてきた。
そしてそれを市壁のおかげで阻み、まだ一体たりともモンスター達はイノイックに足を踏み入れていない。
そんなことを繰り返していると、パタリとモンスターがイノイックに向かってこなくなった。
「おそらく……もうこのまま進んでも、市壁を突破出来ないと思って、様子を見ているんだな」
市壁に隠れながらも、外の風景を見ながらギルマスがそう推測した。
「様子を見ている……まあ、このまま進んでも犠牲が多くなるだけだしな。あちらもどうするか考えている、ということなのか」
「そういうことなんだな。普通、モンスターというのはそういうのを考える知能もなく前進してくるだけだ。ヤツ等、なにか指揮官がいるな?」
その指揮官というのが、魔族のジョジゼルなんだろう。
さて、と。
あちらが向かってこない場合、こちらのなす術はない。
何故なら、まともにやり合っても勝てないからだ。
イノイックの冒険者達はポイズンベア一体でも苦戦するような人達だ。
とても、ジョジゼルが連れてきたモンスターに太刀打ちすることが出来るとは思えない。
それならば、市壁のこっち側で相手が向かってくるのを待つ方が勝率は高いだろう。
「一時休戦……ということか」
地面にお尻を付けて座る。
モンスター達が押し寄せてから、今まで気を張り詰めていたせいだろう。
どっと疲れが押し寄せてきた。
「ブルーノさん、大丈夫ですか?」
リネアが身を案じてくれる。
「うん、大丈夫。それにリネア、ここは危ないからギルドの方で待機してな。戦いはもうすぐで終わりそうだから」
「そのことなんですが……」
ん?
よく見たら、リネアがかご型のバスケットを持っている。
「お昼ご飯を作ってきたんです。良かったら、みなさん。食べてくれませんか?」
「「「「うぉぉおおおおお!」」」」
周囲にいた冒険者共が、それを聞いて雄叫びを上げる。
リネアがバスケットを開けると、ぎっしりとサンドイッチが詰まっていた。
「助かるよ」
「まだまだいっぱいあるのだー!」
おっ、後ろからドラコもやって来た。
ドラコの手にもバスケットが持たれている。
「じゃあ、早速……」
「「「「いただきます!」」」」
みんなで手を合わせて、競うようにしてサンドイッチを奪い合う。
「うん……旨い」
俺もその中の一つである『トマトサンド』を拾い上げ、口に入れる。
トマトの甘さと、それをサンドしているパンのふんわり感が見事マッチしていた。
「これを全部リネアが?」
「いえ、私だけではありません。ドラコちゃんにも手伝ってもらいましたし、後はギルドの女性職員の方々、後はイノイックで飲食店をやっている方々のご協力……色んな人達の力あってのことです」
「そうだと思ったよ。リネア、料理が得意なイメージないからさ」
「それはどういう意味ですかっ?」
「いたたたっ! リ、リネアっ? 謝るからほっぺをつねるのは止めて!」
そんな俺とリネアのやり取りを見て、周囲の冒険者がどっと笑い声を上げた。
それにしても……気分はまるでピクニックだ。
とてもモンスターとやり合っている最中だとは思えない。
「お、おっさん神!」
サンドイッチに舌鼓をうっていると、向こうの方から一人の冒険者っぽい人が駆け寄ってきた。
「どうしました? あっ、サンドイッチどうぞ。見張りご苦労様です。お腹空いたでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
モグモグ、と冒険者っぽい人はサンドイッチを口にする。
「って、それどころじゃありません! 市壁の前にこんなものが置かれていたのです!」
そう言って、紙切れを差し出してきた。
「こ、これは……?」
「分かりません。地面に置いてあって……」
それは——パッと見、手紙のようにも見えた。
ピンク色の便せんで、宛名のところに『いのいっくのぼうけんしゃのひとたちへ』と平仮名で書かれている。
しかも字体は丸っこくて、例えるなら甘そうなスイーツみたいだった。
「ありがとう……? でも、どうしてこんなのが市壁の前に置かれているんでしょう?」
「さあ……?」
冒険者っぽい人も首を傾げる。
俺は色々と疑問に思いながらも、手紙の封を切った。
そこには……。
『拝啓、イノイックの冒険者方々へ。
わたしはジョジゼル! 前はスローライフを営む住民の人に会ったけど、はじめましてだね! ……』
というような内容が書かれていたのだ。
「ええぇ……」
思わずドン引きしてしまう。
当たり前だ。ジョジゼルの狙いが分からない。
「おっさん? それはなんなんだな?」
「ブルーノさん。お手紙ですか? まさかラブレターじゃないですよねっ?」
「おとーさまは、モテモテなのだー」
それに釣られ、みんなも手紙を覗き込んでくる。
それを読んだみんなの反応は大体同じだ。
「なんだ……このセンスの欠片もない手紙は……」
と。
「おっさん、どうする?」
「分からん。しかし悪戯とは思えにくいんだよな……」
魔族がこんな意味不明の手紙を出すとは到底思えない。
しかし、逆にこんな非常事態に不謹慎なことをやらかす輩がいるとも思えない。
そもそも魔族側のリーダーの名前が『ジョジゼル』ということも、俺はリネアくらいしか知り得ない情報だった。
「となると、これは本当にジョジゼルが書いた手紙なんだろうか?」
「……信じられないが、そう考えるのが自然かもしれないんだな」
ギルマスが信じられないような様子で口にする。
ふむ、じゃあ仮にこれをジョジゼルが書いたものだとしよう。
ならば返事を書かなければならない。
何故なら、これはジョジゼルを撤退させる良いチャンスかもしれないからだ。
「リネア。ちょっと紙とペンを用意してくれるかな?」
「は、はいっ!」
リネアからそれを受け取り、俺が書き殴った文字はこうだ。
『魔族へ。ふざけるな。こっちは街から出て行くつもりはない。さっさと撤退しろ』
……当たり前だ。
どうして、市壁のこっち側にいれば安全なのに、わざわざ危険を冒す必要があるというのか。
「魔族の人、怒らないですかね?」
リネアが心配そうに、頬に手を当てた。
「大丈夫。怒って上等。それに、この市壁がある限りあっちはなにも出来ない……えーっと、この手紙を市壁の前に置いてれば、あっちが勝手に持って行ってくれるかな?」
市壁からちょこっとだけ顔を出し、手紙を地面に置いた。
手紙は風にさらわれて、どこかに消えていったが……きっと、そのあたりはモンスターが勝手に見つけてくれるんだろう。
まあ届かなくても、それはそれで良いし。
「さて、これでどうでるかな……」
「ブルーノさん、まだサンドイッチ残っていますけど食べますか?」
「もちろんだ」
この歳になったら、若い頃に比べてあまり食べなくなった。
しかし、今は緊張しているためか腹ぺこだ。
俺は防衛のため市壁の前に集まった人達と、楽しくサンドイッチを食べていた。
……。
手紙を書いてから、一時間くらいしてからだろうか。
「ふんぎゃっ!」
踏んづけた猫のような鳴き声が、市壁の方から聞こえてきた。
「な、なんだ?」
なんか、市壁は『ターゲットロックオン……』とか言っていたが、あまり聞いていなかったのだ。
俺はギルマス達と一緒に、急いで市壁の様子を見に行った。
すると……。
「……褐色の猫耳巨乳女が倒れてるぞ」
目を回して、地面に倒れている美女がいたのであった。




