94・おっさん、開戦する
あれから、市壁を完成させた俺達はギルドで英気を養うことにした。
大層に言ったが、要は宴会だ。
戦いの前にそんなことしている場合じゃない、と怒られそうだが、俺はそうじゃないと思う。
今のうちに楽しんで、明日を迎える。
ずっと気を張っていても疲れるだけで、良いことないと思うからだ。
とはいっても、お酒は少しだけにして、明日に備えようと思ったんだが……。
「う、うーん……あ、頭が痛い……」
どうやら飲み過ぎてしまったらしい。
瞼を開け、周囲を見渡すと、お手伝いさんやギルマス、リネアやドラコがそこらへんの床で寝ていた。
「ここは……ギルドか?」
情けない。
昨日、飲み過ぎてそのまま寝てしまったようだ。
「宴会をしよう、って言ったのは俺の方だが、本当にこんなので今日の戦い大丈夫だろうか?」
少し不安になってくる。
その時であった。
『警戒レベル3 モンスターの群れがイノイックより先百キロ先よりこちらに向かってきます』
「うおっ!」
驚き、つい声を上げてしまう。
そのせいで、寝ていた人達が次々とむくっと起き上がっていった。
「ん〜、ブルーノさん。どうしたんですかぁ?」
リネアが瞼を擦りながら、俺の方まで寄ってくる。
「い、いや……いきなり頭の中に変な声が響いて」
「変な声ですか?」
「ああ。なんでも、魔族の群れがこちらに向かってきているらしい」
「……! それは本当かっ!」
俺がそう言うと、他にもギルドにいた冒険者の人が起床し、警戒の色を濃くする。
昨日、いくら騒いでいたとしても今日のことは今日。しっかりスイッチを切り替えることが出来る人達で安心だ。
「本当かどうか分からないけど……どうして、いきなりこんな声が響いてきたのかも分からないし……」
《なに言ってんのよ。あんたが昨日作った市壁のおかげよ》
そんなことを言ってたら、女神の声も重ねて聞こえてきた。
「(どういうことなんだ?)」
《あんたの市壁はただの市壁じゃないわ。敵の位置情報も掴むことが出来る》
「(なんと。ということは、さっきの声は……)」
《そう。市壁の機能の一つよ》
なんと、そんな機械みたいなことも出来るのか。我が市壁は。
「(機能の一つってことは、まだあるってことだよな?)」
《あら、あんたにしちゃなかなか勘が鋭いじゃない。良い? あんたの市壁——」
女神から市壁について説明を聞いた。
「(……なんとそんな便利な機能も付いてるのか)」
《そうよ。せいぜい頑張りなさい。困ったことがあったら、わたしに聞いていいから》
「(今回はやけに親切なんだな)」
なんというか、女神に親切にされたら不安になってくる。見返りを求められそうで。
《ふふん。今回は楽しそうだからね。さあ! あんたの【スローライフ】で魔族共を蹂躙するのよ!》
上機嫌に女神が鼻を鳴らした。
どうせそんなことだと思ったよ……。
『警戒レベル5 モンスターの群れ。イノイックまで後五キロまで接近』
「な、なに! もうそんなに近付いてきてるのかっ!」
さっきからまだ十分くらいしか経っていないのに。
「み、みんな大変だ! もうすぐで魔族がこっちに到着しちまう! 早く、街の外に行かなくちゃ!」
「しょ、承知したんだな! よし! 野郎共、行くぞ!」
「「「「おぉぉおおおおお!」」」」
ギルマスが一声かけるだけで、ギルド中の冒険者が雄叫びを上げた。
その声は大きく建物が揺れ動く程であった。
そしてざざざっとギルドから出て、街の外に向かっていく。
「俺達も向かうか……」
「はい!」
「行くのだー!」
さすがのリネアとドラコも緊張した面持ちで頷く。
それにしても……。
「うぅ、頭が痛い……」
どうやら二日酔いになってしまったらしい。
結局、二日酔いのせいで俺の動きは鈍く、街の端まで移動したのは後の方になってからであった。
「気持ち悪い……」
「ブルーノさん、大丈夫ですか?」
くの字にしている俺の背中を、リネアがすりすりと擦ってくれる。優しい。
「う、うん大丈夫……大分マシになってきたから」
「おとーさま、早く行かないと街が大変なことになってしまうのだー!」
「わ、分かってる。とはいっても——うぷっ!」
また胃から残っているお酒が込み上げてきた。
こんなので本当、今日の戦いは大丈夫なんだろうか?
バッサバッサ——。
そう心配になっていたら、羽音が上空から聞こえてきた。
見上げる。
そこには——でかい翼をはためかせ、両手に槍を持った異形の存在がイノイックに向かってきていた。
そのモンスターは口を開き、
『ククク、こんな壁を築いたところで、オレには関係ないわ!』
とここまで聞こえるくらいの大きな声を発した。
襲撃をかけにきたモンスターだ。
しかも上空から攻撃を仕掛けてくるモンスターは一体だけじゃない。
一……五……十……二十体以上はまとめて向かってきている。
「空から攻撃を仕掛ければ、壁など無意味!」
そんなことを宣いながら、空からのモンスターはさらに速度を上げた。
確かに、ただの壁だったらモンスターの言う通りになってしまうだろう。
壁を空から素通りされてしまうだけだ。
しかし——それはモンスターが壁の上空を通過しようとした時であろうか。
『うぉぉぉおおおおおおお!』
モンスターの悲鳴が上がる。
まるでモンスターは不可視の壁に当たったかのように、それ以上前進することが叶わなかったのだ。
しかもただモンスターの動きを止めたわけではない。
モンスターはビリビリとその場で痺れ出したのである。
そして丸焦げになって、地面へと落下していく……。
その姿はまるで壁に当たって、地面に落ちる虫のようであった。
「や、やはり……女神の言ったことは本当だったみたいだ」
『攻撃追加。イノイックへの侵入者に電撃をくらわせました』
市壁の機能その一。
結界効果。
『市壁はただの壁のように見えて壁じゃないわ。何人たりとも侵入を許さない結界にもなるのよ。そのおかげで、例え空から街に侵入してこようとも、結界によってそいつは入れないし、なんなら攻撃を加えることも可能だわ』
というのが女神談だ。
「この調子だったら、しばらく保ちそうだな」
ただ、ここから眺めていても、次から次へとモンスター達がこっちに向かってきているのが見えた。
こんな感じで。
緩い開戦の火蓋が切って落とされたのであった。




