89・おっさん、早速素材集めをする
「どうして……我が……人間に?」
ドラママは自分の体を眺めながら、そう呟いた。
「俺のスキルのおかげだ」
「汝のスキル……? 【人化】のスキル等、人間にはあったのか?」
「いや【スローライフ】だ」
「そうか……すろーらいふか。すろーらいふなら仕方がない」
ドラママは自分なりに納得してくれたのか、それ以上の追及を止めてくれた。
人化したドラママは、身長が高いキレイなお姉さんといった感じだ。
白髪が腰まで伸び、まるで神話上の生物のごとき美貌さを際立たせている。
「おおー! キレイなおねーさんが出てきたのだー!」
遊び相手が増えて嬉しいのか、ドラコがはしゃいでいる。
——ドラコも十年後には、こんなキレイな女性になってたりするのかな?
今の姿からでは、想像も付かないが。
「とりあえず、これで大丈夫だ」
「しかし……人化してしまったことにより、我の神竜としての力が失われてしまったのでは?」
「その心配ならご無用。多分、力はそのままだから」
ドラコを見る限り、人化してもドラゴンのポテンシャルはそのまま。
「むむむっ。それは本当のことか?」
「試してみろよ」
「良かろう——」
そう言って、ドラママは俺達に背を向けた。
ん? こいつ、なにするつもりなんだ。
「——神の息吹!」
とドラママは黄金色の息吹を、口から吐いた。
ふしゃああああああ——。
そんな音を立てて、目の前に広がる木々達を一瞬で消滅させてしまった。
「な、なにをしているんだ!」
「成る程。確かに、力はそのままのようだ」
腰に手を当て、ご満悦顔のドラママ。
いきなり、こいつなにしやがんだ。
後でミドリちゃんに謝って、苗木を貰わないと。
「ドラママ。一つ言っておく。あまり不用意に……そのゴッドブレス? だとかいうのを撃つな」
「どうしてだ? これがあれば、街一つは簡単に吹っ飛ぶぞ」
「簡単に吹っ飛んだら困るから! 明日の戦いまで取っておいてくれ!」
「人間社会というものは難儀なものだな」
俺にとったら、ドラママの扱いの方が困る。
「それ以外はどんな感じだ」
「そうだな——よしっ」
「うおっ!」
いきなりドラママが俺の体を担いだ。
「パワーもそのままのようだ。汝一人どころか、十人でも百人でも片手で担げそうだ。ハハハ!」
嬉しそうなドラママ。
俺にとったら、肩に担がれているような状態なので、落ち着かないしちょっと怖い。
「ドラママ! ちょっと言いたいことがある!」
降ろしてもらって、ドラママと向かい合う。
「俺が指示するまで、力を無用に使うな!」
ポンッ、とドラママの頭を叩いた。
しかし——まあ元々防御力が高かったからだろう、ドラママはちっとも痛そうな表情を見せず、
「我の力はこんなものではない! もっともっと使い、人間共の役に立ちたいのだ!」
と足踏みをしながら叫んだ。
なにやってんだか。
キレイなお姉さんの風貌なのに、そんな子どもっぽいことをするのでおかしさを感じてしまった。
「人間の役に立ってもらうのは良い。しかし俺の指示に従わない場合は——」
「場合は?」
「ご飯抜きだ」
「な、なんとっ!」
ドラママが「がーん」といったような表情になった。
「……むむむっ。仕方がない。我の命、汝に預けようじゃないか」
「大袈裟だって」
心配するな。
明日になったら、思う存分暴れてもらうつもりだから。
「よし……ドラママも無事に人化になったことだし、早速市壁を築きに行くとするか」
「はいっ!」
「わたしもがんばるのだー!」
リネアとドラコが肩を並べて、先を歩く。
その様子は本当の『親子』にも見えた。
「ドラママ……」
「ん?」
俺はリネア達に聞こえないように、ドラママにひそひそ声で話しかける。
「あの、その……ドラコのことだけど……」
「ドラコ? ああ、あの子どもか」
ドラママがドラコの背中に、愛おしそうに視線を送った。
「おそらく——あのドラコがドラママの」
「良い」
俺が言葉を続けようとすると、ドラママが手で制した。
「そのことについては、戦いが終わってからにしよう。おそらく、あの子どもも人化になっておるのだろう?」
「そうだけど……」
「我は我が子が元気でいたことに、ひとまずは安心している。明日の戦が終わってから、そのことについてはゆっくり話し合っても遅くはないだろう」
「……ドラママがそう言ってくれるなら、助かるよ」
そう。
さっきは有耶無耶になりかけていたが、話を接合していくに、ドラコはドラママの子どもっぽいのだ。
ドラママが卵をなくした話とか、ギルドとかで見せたドラコのポテンシャルを見るに間違いない。
ならば、ドラコは産みの親あるドラママと、育ての親(?)である俺達、どちらの元に帰る方が幸せになれるんだろう?
——いや、今はそのことを考えない方がいい。
ドラママもそう言ってくれていることだし、今は明日のことに集中しなければ。
そう自分に言い聞かせた。
◆ ◆
こうして俺達がやって来たのは、イノイックの出口。
「今から私達はなにをしたらいいんでしょう?」
とリネアが質問を投げかけてきた。
「このイノイックを囲むようにして、市壁を築く。とにかく、ここをスタートして早速始めよう」
「でも市壁なんて……ギルドマスターさんも言っていましたが、そんな簡単に築けるものなんでしょうか?」
リネアが困り顔で、頬に手を当てる。
そのことについては心配いらない。
何故なら——。
「おっさーん!」
ん?
向こうから、十数人のガタイの良い男達が、俺達のところへ走ってきた。
「君達は——?」
「オレ達はギルドマスターから『おっさんの手伝いをしろ』という命を受けて、ここまでやってきました」
「ギルドマスターから?」
「へえ。おっさんがなにを考えているか分からないが、一日で市壁を築くことは不可能だ。だが、やるだけのことはやろう——と。邪魔でしたか?」
「とんでもない」
ギルドマスターめ、粋な計らいをしてくれるじゃないか。
「助かる。出来るだけ、人員は欲しいからな」
「オレ達! おっさんの力になりますんで!」
「なんでも言ってください!」
力仕事を任せても大丈夫そうだ。
男達は腕まくりをして、
「それで! まずはなにをすればいいでしょうか! 石を積み上げる? それとも石を集めたり木を切るところから始めましょうか!」
とやる気に満ちた声でそう言ってくれた。
「そうだな……石を集めてもらえるかな。あっ、それと木も切ってもらいたい」
「わ、分かりましたっ! でも、それで間に合うんですか?」
「心配いらない」
そう言って、予め用意していた斧をみんなに配る。
「木材を集める人達はこれで切ってもらえればいい」
「分かりました! 頑張って、木を切らせていただきます!」
「大仕事だ! おっさんの命令ならなんでも聞きます!」
人数分斧を渡したら、駆け足で森の方へと向かってくれた。
「さて……懸念していた材料集めはなんとかなりそうだな」
順調だ。
——ドラママとドラコについても気になるけど。
いやいや、俺はなにを考えてんだ。
それは、この戦いが終わってからゆっくり考えるって決めただろ?
俺は自分に気合を入れ直すように両頬をパンと叩き、
「俺達も手伝いに行こう!」
「はい!」
「分かったのだー」
「任せるがいい」
……森にて。
「な、なんだこの斧は! まるで木がバターのように切れるぞ!」
そんな声が辺りから聞こえてきたのは言うまでもない。




