87・おっさん、決意する
もう一度モンスターを召喚なんかされたら、溜まったもんじゃない。
そう思い警戒心を解かず、槍を構えていると、
《ふ、ふんっ! ちょ、調子に乗るな……ゾンビロードなどいくらでも召喚することが出来る……!》
おっ、またゾンビロードを出すつもりか。
《だが——貴様の力は分かった。もう必要はないだろう》
ククク、とジョジゼルは笑いを零して続ける。
《どうやら、貴様は他の人間とは少し違うらしいな》
「そりゃそうだろ」
普通の人間なら、出世とか成功とかを考える。
だが、俺はそういうのに飽き飽きし、辺境の地に来てのんびり暮らすことに決めたのだ。
そういう意味では、ジョジゼルの言ってる通りかもしれない。
《ククク……その自覚はあるようだな。良かろう——私が直に貴様に怒りの鉄槌をくらわしてやる》
「どういうことだ?」
《一日待ってやる——私は準備をして、明日このイノイックに総攻撃を仕掛ける。ゾンビロードだけではないぞ? ありとあらゆる凶悪なモンスターを引き連れ、イノイックを壊滅させてやる。
——言っておくが、逃げても無駄だぞ? 逃げても果てまで追いかけて、人間共を全滅させてやる》
「なっ! なんてことを企んでいるんだ!」
《そもそも貴様が悪いのだ。どうして私がこういう計画を喋ると思う? それは余裕だと思っているからだ。真正面からぶつかっても、貴様もろともこの辺境の地を滅ぼせると思っているからだ。覚悟するがいい》
「ま、待て! 俺の話は終わってないぞ!」
白竜の体を揺さぶる。
しかし、先ほどの邪悪な気配がすっと消え、あれだけ饒舌に動いていた口が動かなくなってしまった。
「あいつの——言ってることは本当なのだろうか?」
そうぼそっと呟く。
「ブルーノさん……」
「おとーさま、おかーさま? どうして、そんなつらそうな顔をしているのだー?」
リネアが心配そうに背中をさすってくれる。
ドラコはまだ子どもなので事態が把握出来ないのか——頭の上に『?』マークを浮かべていた。
《——むっ? 急に意識が途切れたと思ったら……どうして、汝等は暗い顔をしているのだ?》
暗い気持ちになっていると、白竜が目を開けそう声を発する。
「ドラママ……」
《むっ? もしや、ドラママというのは我のことか?》
ドラコのお母さん(推定)だから、ドラママだ。
「さっきイノイックを滅ぼすとか喋っていたのは、ドラママじゃないんだよな?」
《イノイックを滅ぼす? そんなことを我が口走っていたのか?》
この様子では、白竜——いや、ドラママは嘘を吐いているわけではなさそうだ。
ドラママは『最近、邪悪な思念に取り憑かれている』と言っていた。
その邪悪な思念の正体は、さっきの魔族ジョジゼルのせいだったんだろう。
一時的にドラママの体を借りて、俺達と接触した——と思うのが自然である。
そのことを俺はドラママに説明をした。
《そういうことがあったのだな……情けない。神竜である我が、これだけ簡単に体を乗っ取られてしまうとはな……》
しょぼーん、と肩を落としているようにするドラママ。
「ドラママの方で、その邪悪な思念ってのを解除? 解毒? することは出来ないのか?」
《出来ん……完全に邪念は我に取り憑いてしまっている。ここまで根付いてしまうと、我の力ではもう……》
「わ、私達をまた襲ってしまうかもしれない、ってことですかっ?」
リネアが食い気味に話に入ってくる。
《……その可能性は否めん》
ドラママが申し訳なさそうに目を伏せる。
「うーん、まあそのことなら大丈夫だよ。俺の方でなんとかする」
邪念邪念とかいうけど『毒』みたいなもんなんだろ?
《なにか考えがあるのか? それとも腕の良い治癒士でも?》
「良い飲み物があるんだ」
《飲み物……? 成る程、薬ということか。これだけの邪念を解除しようと思えば、かなりの秘薬であろう。そんなものを我に使ってしまって良いのか?》
「そうしないと、またドラママは俺達を襲ってしまうかもしれないんだろ?」
《それはそうだが……それは我がここからいなくなれば解決する話だ》
「いや——それよりも、俺はドラママに味方になって欲しい」
さっきのジョジゼルの話を信じると、モンスターの大群がイノイックに押し寄せてくるということなのだ。
神竜が味方になる——となれば、これ程有り難いことはない。
《しかし……》
「良いから」
それに飲み物——ってかコーヒーなんだけど、それはいくらでも量産することが出来る。
「前向きに考えよう。さて、今からどうするべきか……」
「明日まで時間があるなら、住民全員でここから逃げ出せば?」
とリネアが提案する。
「いや……それは非現実的すぎるだろ」
いくら田舎といっても、住民全員となったらかなりの人数になってしまう。
それだけの大人数を引き連れて、大移動をする?
移動をしたとして、どこに移り住むというのか。それを受け入れてくれる街はあるんだろうか?
「それに……あいつの言葉を信じると、逃げても無駄みたいだしな」
——となったら、やることは一つに決まっている。
「押し寄せてくるモンスターを迎え撃つ……しかないよな」
そうしなければ、イノイックが滅んでしまうかもしれないのだ。
俺としては、ここで尻尾を巻いて逃げることも出来ただろう。
また同じような辺境の地を見つけて、そこでスローライフを送ればいい。
しかし——それをするには、俺はあまりにもイノイックに馴染みすぎた。
冒険者ギルド、食べ物屋さん、ポイズンベアやミドリちゃん——。
みんなを置いて、俺だけ逃げ出すわけにはいかない。
「イノイックを防衛する。それをやるしかない」
うっし、決めた。
「ブルーノさん、わ、私も手伝いますねっ」
リネアも握り拳を作って、決意を固めてくれる。
「わたしも戦うのだー。なんてたって、わたしは冒険者なんだからな」
ドラコも手を上げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
……この子は事態の深刻さを分かっているんだろうか?
《むむむ……我もこの鬱陶しい邪念を解除してもらえるなら、いくらでも手を貸そうではないか》
ドラママが鼻から「ふんっ」と息を出した。
《それで、どうするつもりなのだ? 汝の話では、明日まで猶予があるみたいだな。その間になにもせずに、待っておくだけか?》
「そんなわけない」
俺は家建てるマン——に似たものを召喚する。
「まずは——市壁を築く」
名付けて、市壁築くマンだ。
「市壁築くマン! 築くマン!」
イノイック防衛が始まる——。




