86・おっさん、再び魔族と対峙する
「お前は……一体、誰だ?」
明らかに声の質からして、今まで喋っていた白竜とは違う。
俺がそう問いかけると、白竜(中身は違うかもしれないが)の大きな口がゆっくり開き、
《——私はジョジゼル。崇高なる魔族あり、その中でも『公爵』の位を与えられた者だ》
「魔族……!」
白竜の体を乗っ取っている(?)のは、そのジョジゼルとかいう魔族のせいということか。
魔族の中で公爵という位が、どれだけのものかは分からないが、人間社会でもそれはかなり高い爵位だったと思う。魔族でも同じだと考えるのが、自然であろう。
「一体、どういうつもりだ?」
《それはこちらの台詞だ。貴様はどういうつもりなのだ?》
質問を質問で返してくるジョジゼル。
「どういうつもり? 俺はただスローライフしているだけだ」
《そのすろーらいふというのが、魔法かなにかの一種かは知らないが……貴様は私の邪魔ばかりしてくれる》
邪魔?
いつ、俺がこいつの邪魔をしたというのか。
《そのため、この神竜の体を借りて、貴様に警告をしにきたのだ》
「変な言いがかりは寄せ。というか、人違いじゃないですかね?」
《今まで、凶悪なモンスターや魔族を数々葬ってきて、まだそれを口にするか?》
「……もしかして、前の魔族モグラのこととかか?」
《もしかしてじゃなくても、その通りだ》
そんなこと俺に言われても知らない。
というか話の流れからして、もしかして……。
「お前が……最近、イノイックで頻繁に出現しているモンスターの原因か?」
《如何にも。その通りだ》
やけに簡単にバラしてくれるんだな。
「どういうつもりだ? 何故、イノイックを狙う?」
《——私は魔王の命を受け、この地一帯を滅ぼすべく活動しているものだ。本当に……私の力があれば、こんな辺境の地でなくても、指一本で滅ぼすことが可能なものを——というような不満がありつつも、与えられた仕事を私は全うするしかない》
不満がありながらも、ぶつぶつ口にしながら仕事をやろうとする姿勢は褒められたものである。
……いや、褒めたらダメだ!
やっていることは最悪なんだからな!
《そして、まずは手始めにこのイノイックとかいう街を滅ぼしてやろう、と考えたのだ》
「なっ……!」
《私が自ら出向くまでもないからな。凶悪なモンスターが寄ってくる魔法を使ったり、召喚したり、このドラゴンみたいに邪悪な思念に取り憑かせたり——私が直接手を下さず、この辺境の地を滅ぼしてやろうと考えた》
「だが——まだイノイックは滅んじゃいないぞ?」
《貴様が邪魔ばかりするからだろうが》
怒りを含ませたような魔族ジョジゼルの声。
《まさかこんな辺鄙な場所に、これだけの魔法使いがいるとは……私の計算違いだった》
「俺は魔法使いじゃない。魔力はごく僅かしかないし、ただのスローライフを営む田舎民だ」
《わけの分からぬことを言うな。魔法だろうとすろーらいふだろうと、どちらでも良い。貴様が私の邪魔をするということが問題なのだ》
パチン。
どこかで、そう指を鳴らすような音が聞こえた。
「きゃっ!」
リネアが悲鳴を上げる。
振り返ると、リネアの足下からふつふつとなにかが湧き上がってくるではないか。
それは最初、土色の液体であったが、やがて人型を成していく。
「モンスターのゾ、ゾンビか……?」
しかも一体、二体とかではない。
ローブを羽織った下級モンスターゾンビが、十体くらいまとめて出現したのだ。
俺はリネア達のもとへ駆け寄り、ゾンビとの間に割って入る。
《ククク……ただのゾンビを召喚するわけがなかろう》
愉快そうなジョジゼルの声。
《それはゾンビロードだ。どういうモンスターなのか——説明が必要かな?》
ゾンビロード。
『ゾンビ』が下級モンスターに対し、『ゾンビロード』はその上級モンスターであったはずだ。
一体一体がポイズンベアくらいの強さを持ち、卓越した運動能力と魔法の力を持つと言われる。
一体でも手をこまねくヤツ等が——十体もまとめて、俺達に襲いかかろうとしているのだ。
《どうして私が、自分の計画をベラベラ喋ったと思う?》
ジョジゼルのバカにするような口調。
《それは今から貴様等を始末するつもりだったからだ——いくら、今まで私の邪魔をしてきた貴様とはいえ、これ等を片付けることはさすがに不可能だろう。地獄で貴様の所業を反省するのだな。ハハハハ——!》
「くっ……!」
ゾンビロードはゆっくりとした足取りで、俺達との距離を詰める。
「ブ、ブルーノさん……」
「お化けさんは怖いのだぁ……」
「リネア、ドラコ。俺の近くを離れるんじゃないぞ」
二人を背中にやって、ゾンビロードと対峙する。
せめて、武器さえ持っていれば、こいつ等に対抗出来ると思うんだが——。
「武器? そ、そうだっ!」
ゾンビロードの動きが遅いことを幸いとし、俺は急いで『そこらへんの石』やら『そこらへんの草』を掻き集めた。
「えいや」
気合の一声を発し、意識を集中させて石とか草を適当に組み合わせる。
すると、石やら草は光を放ち——やがて、一本の槍を形取った。
『神槍グングニル レア度SS』
「鍛冶も慣れてきたな……」
どうしてだろう。
きっと、家造りという最高のDIYをすることによって、自分の中で『物作り』という経験が蓄積されたからだろう。
俺はグングニルを持って、迫り来るゾンビロードを突く。
「ぐ、ぐぉぉおおおお!」
すると、たった一突きでゾンビロードは腐り、土へと還っていった。
しかもただそれだけではない。
グングニルはゾンビロードを貫通し、後方の者まで一緒に浄化してしまったのだ。
「なんだ、大したことないな」
「わたしもやるのだー!」
ドラコがグングニルをせがんでくる。
「よしよし。ドラコのものも作ってやるからな」
もう一度『そこらへんの石』とか『そこらへんの草』を掻き集めて、グングニルを錬成する。
「ドラコ。お父さんと一緒にゾンビロードを退治するぞ」
「任せるのだ−!」
ズボッ。
ズボッズボッズボッ。
リズムを奏でて、ゾンビロードを一気に殲滅する。
ものの一分も経たずに、十体もいたゾンビロードの浄化に成功し、完全に消滅してしまったのだ。
《——なっ……どうして、ゾンビロードの弱点でもある神属性の武器がこんなところに?》
それを受けて、ジョジゼルが疑問を口にする。
「うーん、今作ったんだ」
《嘘を言うな! グングニルなど、そんな簡単に作ることが出来るわけなかろう! それどころか、人間の手で作られたということも聞いたことないわっ!》
「まあ、そこはほら、俺。物作りとか得意だからさ」
なんだか、そんなに驚かれると照れるな。
「それで……一体、お前はこれからどうするつもりだ?」




