79・おっさん、ポイズンベアと友だちになる
「どうしてこんなことをしたんだ?」
ポイズンベアを地面に正座させて、俺は問い質していた。
「くぅ〜ん」
だが——当たり前のことだが、ポイズンベアは喉を鳴らすばっかりでなにを言ってるか分からない。
「ええい! くぅん、ぐぎゃあ、とか言ってても分からないだろ!」
「くぅ〜ん」
「自分の言葉で喋るんだ!」
「くぅ〜ん」
……やっぱダメか。
そりゃ相手はモンスターなんだし。
だったら、どうやってこのポイズンベアと喋ろうか……。
「……ただ、僕は食べる物を探していただけ……と言っている……」
おっ、ミドリちゃんが翻訳してくれた。
「食べる物……食べる物ならいっぱいあるじゃないか。別に木をなぎ倒さなくて進まなくてもいい」
「くぅ〜ん」
「『無我夢中だったから、困っている人がいるとは思わなかった』……と言っている」
ポイズンベアの体は大きく、普通ならば俺でも見上げるくらいのサイズだし、ミニマムなミドリちゃんなら踏み潰されてしまいそうだ。
そのサイズから、ただ通るだけで木が倒れてしまうようなパワーがあるのだ。
だが、今は正座をして体を縮ませているため、体以上に小さく見えた。
「それは無責任すぎるだろ。いくら自分のためとはいえ、簡単に木をなぎ倒したりなんかしたらダメなんだ」
「くぅ〜ん……」
ポイズンベアがさらに肩を小さくして、喉を鳴らす。
「……あなただって、最初はそうだったのに……」
「ん? ミドリちゃん、なんか言ったか?」
「なんでもない」
プイッと視線を逸らすミドリちゃん。
「『反省しています。ごめんなさい』……とその熊さんは言ってる」
まあこの姿を見れば、反省していることは一目瞭然である。
「よし……分かったか? 今度からは、ゆっくり歩くんだ。ポイズンベアの主食は毒草なんだよな? 毒草なら、他の動物にとっても有害だと思うし。いくらでも食べてもいいから。そうだろ、ミドリちゃん?」
「そう」
これで解決かな?
でも……。
「どうして、ポイズンベアなんて現れたんだ?」
そう。
ポイズンベアはモンスターの中でも、かなり強力な部類。
木をなぎ倒すパワーもさることながら、体中が毒で犯されており特にその爪で引っ掻かれたりしたら、厄介な状態異常——『猛毒』にあってしまい、生死に関わる。
それこそ、前回のアーロンさんみたいに。
辺境の地であるイノイックに、そんなモンスターが現れるのはあまりにも不自然であった。
「ぐぎゃ、ぐぎゃ、ぐぎゃぁ」
「『分からない。ただここに近寄りたくなるような……普通に歩いていたら、ここに辿り着いていた』……と熊さん言ってる」
「なんだそりゃ」
——そういえば、最近イノイックに凶暴なモンスターが頻繁に出現しているらしい。
ベラミだって、この街に『邪悪な魔力』が感じ取れると言っていた。
その邪悪な魔力が、ポイズンベアみたいな凶暴なモンスターを引き寄せてるってことなのか?
うーん、まだヒントが少なすぎて分からない。
「まあ……それは追々考えるとするか……」
どちらにせよ、一件落着である。
「じゃあ戻るとするか」
ポイズンベアに背を向け離れようとしたら、
「くぅ〜ん」
未だ、ポイズンベアは情けない声を漏らしていた。
「どうした? まだなにか困っていることでもあるのか?」
「…………」
ポイズンベアが口を閉じたままで、話してくれない。
「喋ってみないと分からないじゃないか。悩み事があるなら、言ってみればいい」
この時の俺、どうしてそんなお節介を焼いたか分からない。
元々このポイズンベアは木をなぎ倒して、ミドリちゃんを困らせていたのだ。
『毒草ならいくら食べても大丈夫だよ。だから、俺には金輪際関わらないでくれ』
と言っても、問題なかったはずだ。
だが——なんかこのポイズンベア、なんか頼りない。
このまま放っておいたら、ポッと消えてしまいそうなのだ。
「くぅ〜ん……」
そんなことを思っていると、より一層情けなさそうな声でポイズンベアは鳴いた。
「ミドリちゃん」
「うん……『ボク、友だちがいないんです』と言っている」
「はあ? 友だち?」
なんか一気にモンスターっぽさがなくなって、距離が近くなったな。
「お前……友だちいないのか?」
「くぅ〜ん」
「『ボクの体に触れると、みんな毒にかかっちゃう。みんなと同じものを食べないし。だからみんな、ボクから離れていっちゃうんだ』と言っている」
「切実な問題だな、おい」
そしてポイズンベアの性質に関わるところだ。
こいつが言った通り、ポイズンベアにかかるものは全て『猛毒』状態にかかってしまうから、人間はもちろんのこと——同じ種族であるモンスターですら、ポイズンベアには滅多に近付こうとしない。
そのため、ポイズンベアは徒党を組んだりせずに同じ『ポイズンベア』という括りか、一匹で暮らしていくことが多い。
「同じポイズンベアは? 仲間がいたんじゃないか? ってか親は?」
「ぐぎゃ、ぐぎゃ、ぐぎゃ……」
「『普通に歩いていたら、みんなとはぐれてしまった。どこにいるのかも分からない』と」
さっきから言う『普通に歩いていた』というのは『邪悪な魔力』に引かれて、ということだと思っているが、一体イノイックでなにが起こっているんだろうか。
「ふーんそうか……友だちがいないね」
だったら、解決方法は決まっている。
「お前、俺達と友だちになるか?」
「!」
俯き加減だったポイズンベアの顔がパッと明るくなる。
「ぐぎゃ、ぐぎゃ!」
「『嬉しい。でもボクなんかと友だちに……申し訳ない……』」
「ネガティブすぎるな。もし気にするなら、家造りを手伝って欲しい。それでトントンだ」
「ぐぎゃ、ぐぎゃ!」
「『それくらいお安いご用だ』」
決まりだ。
今度こそ一件落着だと思ったが、ミドリちゃんが、
「ん? どうした、ミドリちゃん」
俺の服の裾を引っ張って、ヒソヒソ声で。
「……大丈夫なの? その子に触れると、毒状態になっちゃう。あのエルフの子とか、毒状態になっちゃったら大変なんじゃ……」
「うーん、それもそうだな……」
ポイズンベアには触れないように言っておくが、なんにせようちにはドラコみたいな元気娘がいる。
家造りをしている最中、なにかの反動で触ってしまうかもしれない。
爪なんかに擦ってみろ、一発で猛毒状態だ。
でも。
「一時的にポイズンベアから毒を消し去ったら、いいんじゃないかな」
ミドリちゃんとポイズンベアにそう提案する。
「そんなこと出来るわけない」
「まあなんとかなるよ」
「くぅ〜ん……」
申し訳なさそうにポイズンベアは頭を下げた。
さて——早速、ポイズンベアから毒を取り去る『飲み物』を作るとするか




