78・おっさん、罠にかける
森の主ミドリちゃんに案内してもらって、例の場所に到着した。
「うわあ、確かにこれは酷いな……」
ミドリちゃんの言った通り、周辺にある木がバッタバッタとなぎ倒されている。
しかもこれは計画的に倒した、って感じではなさそうだ。
なにか大きいものが通過したような……そんな跡地であった。
「これは……ミドリちゃんの言っていた通り、モンスターのせいっぽいな」
「そう」
コクリ、とミドリちゃんが頷く。
「モンスターが通る際に、木も一緒になぎ倒していった……ということなのか」
もしそうならば、はた迷惑なモンスターである。
木が邪魔なら、避けて通ればいいのに。
もしくはそれが出来ない程、体が大きいモンスター……?
「ミドリちゃん。なにか手がかりみたいなものないかな?」
ノーヒントで犯人を捜し出すとなったら、なかなか骨の折れる作業となるだろう。
「……私は森の主。この森全体を……大体で見通すことが出来る」
どこか自身なさげにミドリちゃんが言う。
「大体……って言うのは?」
「起きてたら、全部見通すことが可能……細かいとこ以外は……でも、その時は……寝てたから」
「十二時間睡眠が必要だもんな」
「お昼寝を合わせると十六時間」
一日の三分の二寝てるじゃねえか!
「じゃあ、誰がやったのかは分からない?」
「んん」
ミドリちゃんが首を振って、続ける。
「私が見てなくても、他の子達が見ててくれている……動物さんとか、お花さんとか……その子達いわく、なんでも熊みたいなモンスターが、昨日ここらへんを通ったみたい」
「やっぱりモンスターのせいなのか……」
「そう。そのモンスターはまだこの森にいる可能性が高い、とも言ってる」
「だったら話が早いじゃないか。だってミドリちゃんは森の全体を見通すことが出来るんだろ?」
「待って……『大体』と言った。どこか洞穴の中とかに……隠れてたら、ちょっと探さないと難しい」
「むむむ」
イノイックの森はなかなかに広い。
この森全体を隈無く捜すとなると、なかなか大変だろう。
でも……それしか方法がないなら、そうするしかないのかな?
「そのモンスターはなんでここを通った? というか、そのモンスターに心当たりは?」
「ない……そんな怖いモンスター、森にいないはずだから……きっと外からやって来た」
「手がかりなしか……」
肩を落とす。
だが。
「……そのモンスターは毒草をむしゃむしゃ食べていたらしい……と、お花さん達が言ってる……」
とミドリちゃんが有力な情報を口にした。
「熊……毒草……大きい……」
——ああ、もしかしたらあいつか。
俺はそのモンスターに心当たりがある。
だが、種類だけ分かったとしても話にならない。
そいつをとっ捕まえて、説教かまさないといけないのだ。
まあ——ミドリちゃんに言われる前は、俺も似たようなことしてたけど。
「そうとなれば話が早い」
お昼の間は隠れてて、夜になるとのっそり出てくる可能性がある。
そいつを捕まえるための策を思いつく。
「ミドリちゃん。毒草の種みたいなのはないかな……」
「ある。けど、そんなのあってどうするの?」
「ふふふ。見てな。夜まで待ってくれれば、ミドリちゃんのお困り事を解決してあげるよ」
そして夜。
森の夜は静かで、葉っぱが風で揺れる音くらいしか聞こえない。
そんな中——俺はミドリちゃんと一緒に、草むらの影に隠れていた。
「あんなのに本当に引っ掛かるのかな?」
「大丈夫」
俺とミドリちゃんの視線の先の地面には、一帯に毒草が生えている。
毒草が大好物なモンスターにとって、まさに天国のような光景だろう。
人間に例えると、ドーナッツが地面いっぱいに撒かれているとか。
——そう考えると、怪しすぎて食べようと思わないな。
まあその点も多分なんとかなるだろう。
だって相手はモンスターなんだから。
木をなぎ倒しながらここらへんを通過するモンスターに、高度な知性が備わっているとは思えない。
「見事かかってくれればいいんだけどな……」
そう呟いた時であった。
「……きた!」
バターン、バターン——。
木がなぎ倒されてるような音。
そして空気が震えるような足音。
のっそりと、遅い速度でそいつはやって来た。
「ってかこんな大きな音だったら、ミドリちゃんも起きるんじゃ?」
「起きなかった。私は一度寝たら、朝まで起きないから……」
申し訳なさそうにミドリちゃんがそう言った。
そいつの姿は周りが暗いせいで、はっきりとは見えない。
しかしシルエットははっきりと見える。
「ぐぉぉぉおおおおおおお!」
そいつは地面いっぱいに広がる毒草の前で、遠吠えをした。
嬉しいよー、ってことなのだろうか。
——そのままだ、そのままだ。
心の中で、そう念じる。
そいつは鼻で毒草をくんくんと嗅ぎ、そのままなんの疑いもなしに毒草へと体をダイブさせた。
「かかった!」
【スローライフ】!
そいつが地面一帯の毒草に体を埋めた瞬間、俺はスキルを発動させる。
毒草が急生長し、触手のようにしてそいつを拘束した。
「ぐ、ぐぉぉおおおお!」
藻掻き、その場から逃げ出そうとするが毒草による拘束が強すぎて、それも叶わない。
「やった」
ミドリちゃんが単調な声でそう言い、俺と一緒に草むらから飛び出す。
「観念しろ! ——ちょっと今日はお前に聞きたいことがあってな」
と——そいつ、ポイズンベアの前に躍り出て、そう言葉を放ったのだ。
「くぅん……」
ポイズンベアは諦めたのか、そんな情けない声を漏らして頭を下げた。




