8・おっさん、小金持ちになる
ああ、それにしてもやっぱ来るんじゃなかったな。
注目されるのは苦手だ。
それにこんだけいれば、俺がジェイクの元勇者パーティーだと気付くかもしれない。
パーティーの下っ端だったが……。
そうなれば、少々面倒臭いことになるかもしれない。
「えーっと……どうやら本当に湖の主『マスターフィッシュ』みたいですね」
受付の言葉に、さらに周囲がどよめく。
こいつ、マスターフィッシュっていう名前だったのか。
「どうやって倒したんですか? さぞ激戦だったでしょう……」
「釣り——じゃなくて、まあ企業秘密で」
適当にごまかす。
「お名前を聞いてもいいですか? 当ギルドに登録されていない冒険者だと思いますが……」
「止めてください。俺はただのおっさんですから」
そう言うと、周りは俺の名前を『おっさん』だと勘違いしたのか。
「おっさん……あいつは一体何者なんだ?」
「全然強そうに見えないし、どうせ他の人から横取りしただけだよ」
「たまたま湖の主が弱っていたとか? どちらにせよ、おっさんはあんま強そうに見えないな……」
ああ——嫌だ。
人混みは嫌いだ。
昔の——ジェイク達と一緒に王都に訪れて、その時の宴会で腹踊りをしたことを思い出してしまうから。
「そ、それで! さっさと換金してください! 湖に行ったら、まだ湖の主が干上がっています!」
「で、では確認に行ってもいいですか?」
その後、何人かの冒険者とギルドの職員達が俺の家がある——湖まで向かっていった。
みんなが湖の主を手分けして持ってくるまで、俺はギルドのソファーに座ってお茶をすすっていた。
全てが終わると、すっかり窓の外が暗くなっていた。
「確かに——湖の主ですね。どうやって倒したのかは分かりませんが……全部で3000万ベリスになります」
「うむ。3000万ベリスか」
湖の主ってどうやら強かったみたいだし。
まあそんなもんだろう。
「さ、3000万ベリスっ?」
それなのに。
マリーちゃんが尻餅を付いて、また漏らしていた。
「そんなに驚くことか?」
「さ、3000万ベリスといったら、普通の四人家族が十年は生きられるお金なの! そ、そんな金額見たことなくて!」
あっ。
そういや、一般的にはそんな感じだったはずだ。
勇者パーティーにいる頃の金銭感覚がまだ身についてる。
あの頃は「お金ないー」とジェイクが言ったら、一般民衆の寄付金で1億ベリスくらいは普通に集まっていたからな。
「そ、そうだな。3000万ベリスは凄い金額だな!」
話を合わせておく。
でも3000万ベリスごときで、これだけ驚かれるのはやっぱり違和感が残る。
「とにかく! この大金の3000万ベリスはもらっておくぞ!」
金貨や銀貨が詰められた袋を奪うようにして取り、さっさと受付に背を向ける。
早く帰りたいからな!
マリーちゃんは腰を抜かして立ち上がりそうになかったので、おんぶすることにした。
「あっ——それから」
ギルドの出口でくるっと顔だけ振り向いて、
「俺はただのおっさんです。あんまり騒がないでくさいね。出来ればこれを見た人達は内密にしてください」
最後にそう言い残して、逃げるようにしてギルドを後にした。
★ ★
「あの、ただのおっさん……? ってのは何者なんだ」
「どっかで見たことあるか?」
「いや……イノイックの——いや、この辺りのギルドには登録されていない冒険者のはずだ」
「それにしても、最後の言葉ってどういう意味だろう」
「そんなのも分からんねえのかよ!」
「じゃあなんなんだ?」
「あれはな、『俺のことをバラしたヤツはすべからく——殺す』って言ってるようなもんだ。絶対に今日見たことは漏らすんじゃねえぞ!」
「ぬ、ぬぉおっ! そんな意味だったのか!」
「ただ……あれ程の実力の持ち主なら、隠そうが絶対に表舞台に出てくると思うがな——」
「それにしても、どうしてヤツはそんなことを?」
「決まっている。きっとヤツは犯罪者なんだ。そして身分を隠して、この街に潜んでいるに違いない」
「ブルブル。そ、そんな恐ろしいヤツがこの街に……」
「ああ。だが、安心しろ。王都の女騎士団長——アシュリー様はヤツのような犯罪者を逃がすわけもなく——」
★ ★
「ただいま!」
その後、急ぎ足でマリーちゃんと一緒にディックのもとへと帰った。
「おかえり。今日はなにか釣れたか?」
ディックが目を輝かせて尋ねてくる。
俺はあれから魚料理を作り続けているわけだが、自分でもどんどん料理の腕が向上していくのが分かった。
最近では俺の料理を食べさせると、二人は感涙を流すようになったし。
やっぱ、他人のために料理を作ることは楽しい。
「あ、ああ——ちょっとだけ大きい魚を釣ったんだ」
「大物だったのか! ……あれ? マリーは寝ちゃってるのか?」
「疲れたのか、おんぶしてあげたら寝息を立てちゃって」
マリーちゃんをベッドで横にしてあげる。
「うーん、うーん……湖の主……30——ベリス……」
そんな可愛らしい寝言も口にしている。
「ただな……大きすぎるし、なんだか不味そうだったから、その魚に興味がある他人に売ってしまったんだ」
「な、なんだぁ」
ディックが肩を落とす。
「でも安心してくれ。全部、売ったわけじゃないから」
頭上に『?』マークを浮かべるディック。
俺は胸元からそれを取り出し、彼に見せてあげる。
「それは……?」
「これは魚のお腹の部分。その中でも最も希少だと言われている『トロ』と呼ばれる部位にあたるものだ。ここなら、食べられると思って」
そうなのだ。
俺はギルドに湖の主を全部売り払ったわけじゃない。
折角、大物を釣り上げたんだし。
ちょっとくらいは、口にしてみたいと思って一部を持ち帰ったということだ。
「待ってろ、すぐに作ってやるから」
「うん!」
ディックは子どもらしい笑みを向けた。
「ああ——そうそう」
それを見て思い出し、袋をディックの前に置いた。
「いつも世話になってるからな。ほら、こん中にはお金が入っているから——」
「だから気にしなくてもいいって! ってか、世話になってるのはオレの方だからな?」
「いやいや、釣り竿代だと思ってくれよ。持ち金の一部だし、端金だから、そんな期待してもらっても困るし」
「そ、そうか。じゃあ有り難くもらっておくぜ」
ディックはマリーちゃんと二人暮らしだ。
二人共幼く、大した仕事にも就けないだろう。
これで、ちょっとは家計の足しにしてもらえれば俺にとっても幸いだ。
「魚を釣って、料理して、食べる……うーん、これこそまさにスローライフ!」
そう声に出してから、俺は台所に向かい料理を始めるのであった。