74・おっさん、自然と共存する
「君は……?」
突然現れた緑髪の幼女に、そう問いを投げかける。
「わ、わたしは……イノイックの森を司る、リーダー? 精霊? そんな感じの……もの」
緑髪の幼女の言っていることは的を射ず、いまいちなにを伝えたいのかよく分からなかった。
リーダー?
なんだろうか。そういう遊びが子どもの間で流行っているのだろうか。
「もしかして、森の主さんですか?」
リネアが一歩前に踏み出して、緑髪の幼女にそう言う。
「そう……きっと、そんな感じ……」
リネアに顔を近付かれて、明らかにビクビクしている緑髪の幼女。
「森の主? リネア、どういうことなんだ?」
「森であったり、湖であったり……そういう自然には精霊が棲み着く、とも言われています。この女の子はもしかして、そういう類の存在じゃないか……と」
「どうして分かる?」
「エルフの里にいた頃、そういう精霊さんとはお友達でしたから。見ただけで、なんとなく雰囲気で分かるのです」
森の主——。
リネアの言っていることが本当ならば、どうしてこの子はここまでやって来たんだろうか。
木を切らないで。
そう言っていたようだけど。
「あなた達が……木をいっぱい切るから……森のパワーがなくなってきて……このままじゃ、森に住む動物さん達もどっかに行っちゃうし、わたしも精霊としてのパワーが……なくなっちゃうかも……」
「な、なんだってっ?」
俺はそういうつもりはなかったが、結果的に森林を伐採することによってこの子を困らせてしまっていたのか。
《当たり前よ!》
女神の声が頭に響く。
「(どうしてだ? 俺は家を建てるために、ちょっとだけ木を頂戴しただけなのに……)」
《森を焼け野原にしてしまうくらいの勢いで、木を伐採してたらそりゃあこの子も困るでしょうね! やり過ぎなのよ!》
女神から叱責を受ける。
「なんということだ……」
俺はあくまでスローライフの範疇で、木を伐採しているつもりだった。
家を建てるためには、ちょっとだけ木が必要になってくるから。
でも——それは過ちであった。
この勢いのまま、木を伐採していけば女神の言った通り『焼け野原』みたいになってしまうだろう。
「森の主さん……ごめんなさい。もう木を切るのは止めておきます」
ぺこり、と頭を下げる。
すると森の主は慌てたようにして、
「わ、わたしの言い方が悪かった……べ、別にそういうところまではいってない……自然と人間は共存していかなければならない……それに木を切っているのはあなただけではない。人間は家を建てる時に、いっぱい木を切る……」
「それでも、他の人に責任を押しつけるつもりはないさ」
「で、でも……そ、そうだ。ただあなた達はもの凄いスピードで、木を切っていったから、ちょっと驚いただけ。こんなスピードで、木を切っていくのはあなた達以外にいなかった……」
自作した斧があまりに切れ味がよすぎて、ついつい調子に乗ってしまったのだ。
「それでも……自然を破壊していたのは、間違いないですからね……」
リネアも神妙な面持ちで口にする。
エルフであるリネアにとって、自然とは人間以上に切っても切れない関係であろう。
自然を切り開き、建物や街を作ってきた人間。
一方、エルフはそんな人間から離れ、自然と共存していく形でひっそりと里を構えるとも言われている。
「なんとかならないかな?」
木を切らない、とは言ったものの、実際そうしなければ家を造れないことも事実だ。
俺としては、リネアとドラコで住む家を造りたいし、森の主がそう言うなら可能な範囲で進めていきたい。
「苗木を……植えればいい……」
森の主が右手を差し出すと、ポンッとその平に苗木が出現した。
「木を伐採しても、苗木を植えて育てれば……元通りになるはず……」
おお!
その手があったか!
しかし森の主の表情は暗いままで、
「でも……苗木を植えてから、立派な木になるまで時間かかる……あなた達の切る速度では、追いつかない……」
「そ、そんな……」
俺としては、あくまでスローな動きで木を伐採しているつもりであったが、そうではなかったのか。
《なに言ってんのよ! そこらへんの業者でも、あんたみたいな速度で伐採出来ないわよ!》
はいはい。
女神からのツッコミがいちいち入っていたが、今は無視だ。
「ん? ちょっと待てよ」
よくよく考えたら、木が生える速度が問題なわけか。
「それだったらなんとかなるよ」
「?」
森の主が首を傾げる。
「ちょっと貸してくれるかな」
俺は森の主から苗木を受け取り、それを地面に埋めた。
そして。
「生えてこい!」
と念じる。
すると——すくすく苗木は育ち、やがて見上げるくらいの高い木へと成長したのだ。
「!!」
森の主は目を見開き、体を固まらせている。
「おーい?」
「…………」
肩を揺さぶってみるが、まるで人形のように微動だにしない。
「……ビックリした。どうして、こんなに木が早く生えてくるの?」
あっ、喋った。
どうやら感情の変化が分かりにくい子らしい。
「ああ。俺のスキルの効果なんだ」
「スキルの効果? もしかして、あなたは魔法使いなの?」
「いや、違う。スキル【スローライフ】の効果なんだ」
「すろーらいふ?」
もう一度、森の主は頭上に『?』マークを浮かべた。
「木はこれからも採らせて欲しい……ただ、切った分はしっかり苗木を植えてさせてもらって、さっきのようにすぐに木にする……これで君は困らないかな?」
「うん。それだったら良い」
コクリ、と森の主は頷いた。
ふう。
やっぱりスローライフをするにあたって、自然とは仲良くしていきたいからな。
自然と対立して都会で暮らす、とかじゃない限り。
「はぅわ。森の主さん、超可愛いです! こんな可愛い精霊さん、里にもいませんでした!」
リネアの口が緩んでいる。
「なんかよく分からないけど、みんな仲良くなのだー!」
ドラコみたいな子どもには難しい話だったかもしれないな。
「建てるマン! 建てるマン!」
作業が止まってフラストレーションが溜まっていたのか、家建てるマンが元気に飛び跳ねている。
「よし。家を造る続きをやっていこうか」




