72・おっさん、伐採する
森の中へ入る。
「ブルーノさん。木材が必要になることは分かりましたが、どうやって切るんですか?」
「そこなんだよな……」
やっぱり道具が必要になってくるだろうか。
「わたしが木をいっぱいゲットしあげるのだー!」
ドラコがとてとてと木に近付いて、
「パーンチ!」
と思い切り拳を突いた。
だが。
「痛い! 痛いのだー!」
そんなので木が倒れるはずがなく、ドラコが痛そうに涙目になる。
「なにをしてるんだ!」
近付いて、ドラコの手を見る。
良かった。
赤くなっているだけみたいで、骨には異常ないみたいだ。
あったとしても、ハイポーションを使えば治りそうであるが……。
「ドラコ。どうして、そんな危険なことをしたんだ」
「出来るような気がしたのだ! パンチしたら、ずっしーんって木が倒れてくれるような木がして!」
ドラコが必死にそう主張する。
「ドラコちゃん」
リネアがドラコの顔の位置まで屈み、両肩を持った。
「危ないことしちゃダメなの。木は堅いのよ? それでドラコちゃんの手が折れたりなんかしたら、どうするつもりなの?」
「とっても痛いのだ!」
「そう。だからもう二度とこんなことしちゃダメですよ」
「うぅー、分かったのだ……」
しょぼんとドラコが肩を落とす。
やれやれ。
そんな幼女のパンチごときで、木が何本でも倒れてくれるなら苦労なんてしない——。
みしっ、みしっ。
「ん?」
変な音が聞こえたので、さっきドラコがパンチした木を見る。
「え……ヒビが入っている?」
その証拠に手で木を揺すってみると、不安定になっていることが確認された。
リネアに抱っこされているドラコを見る。
……やっぱドラゴンの子どもって、普通の人間より力持ちなのかな?
ドラコの隠された力(今後発揮されるかは謎であるが)に戦慄を覚えながらも、俺は木を切るための道具を作るため、素材を集める。
「ふう……こんなもんかな」
リネアとドラコにも協力してもらって、『そこらへんの石』をいっぱい集めてもらった。
「ブルーノさん、これをどうするつもりなんですか?」
「斧を作るんだ」
やっぱ木を切るとなったら、斧が無難だろう。
「おとーさま、斧ってなんななのだ?」
ドラコがそう言って、ちょこんと首を傾げる。
「木を切るための道具だ。これを使うことによって、ドラコでも木を切ることが出来る……ようになると思う」
「やったのだ! わたし、いっぱい木を切るね!」
「ブルーノさん……ドラコちゃんは子どもなんですよ? 斧があっても、木なんか切れっこないじゃないですか」
リネアは気付いていないみたいだが、さっきの木を見るにドラコはなかなか力持ちみたいなんだ。
パンチで木にヒビをいかせるくらいだから、斧さえあったら切ることくらい朝飯前だろう。
でも、刃物を持たせることは危険だから、ちゃんと大人が付き添ってやらないとな。
「ちょっと待っててね」
スキルに身を委ねる。
頭がぼーとなってきて、視界がぎゅーっと狭くなる。
集中することが【スローライフ】を百%発揮する条件でもあるからだ。
無意識に両手が動き出し、とてつもない速さで『そこらへんの石』が斧の形状へと変わっていく。
「よし。一応、三人分の斧を作ったぞ。これでみんなで木を切ろう」
あっという間に斧は完成した。
「おとーさま、凄いのだ! 手元が早すぎて見えなかった!」
「ああ。こういうなにかを組み立てたりするのは、元から得意だったんだ」
辺境の地——イノイックでスローライフを営むことによって、俺の鍛冶能力は飛躍的に進歩した。
《【スローライフ】のおかげでしょうが!》
なんか女神の声がうるさかったが、無視だ。
「でもブルーノさん……これで本当に木を切ることが出来るんでしょうか」
ひょいっとリネアが斧を持ち上げる。
リネアが心配そうにするのも無理はない。
木なんか切ったことないが、何度か斧で叩いたりしないと、こんな太い木なんて切れそうにないしな。
細腕のリネアでは、なんとかなるとは思えない。
「おかーさま!」
「おかーさま?」
「おかーさまはおかーさまなのだ! 違うの?」
ドラコがクリクリとした瞳を、リネアに向けた。
「おかーさま……おかーさま……ブルーノさんの妻……そうですね! 私があなたのお母さんです!」
ポンとリネアが胸を叩いた。
「へへへ、ブルーノさんの妻……」
一瞬、リネアがそう口にしてだらしない顔になった。
「おかーさま! おとーさまは凄いなのだ! そんな凄いおとーさまが作った斧なんだから、おかーさまでもすぱっすぱっ木を切れるはずなのだ!」
「そ、そうですね! お父さんの作った斧ですからね、ヘヘヘ……」
リネアの口からヨダレがこぼれ落ちたのも見逃さない。
まあ、どこらへんが彼女のツボに入ったのか分からないが、嬉しいようでなによりだ。
「じゃあ、ブルーノさん。お母さんの私が早速木を切ってみますね!」
リネアが腕まくりをして、木の根元に立った。
「怪我だけはするなよ」
「おかーさま、ファイトなのだー!」
俺とドラコは反対側で木を支える係だ。
「いきますよ! てぃや!」
そう気合の一声と共に、リネアは斧を振り上げ、思い切り木を叩——。
こうとした瞬間。木に当たる直前で斧が止まった。
そしてゆっくりと木に斧を当て、ギコギコと動かした。
「おいおい、リネア……そんなのじゃ木は切れないんじゃないか——」
そうすることによって、少しずつ木は削られていくだろう。
だが、最初からそんなことをしたら木を一本切るのに日が暮れちまう。
そう指摘しようとすると……。
「うわあ! バターみたいに、木が簡単に切れます!」
——斧はだんだん木に食い込んでいき、なんと一瞬で両断したのだ。
根元から切断された木はゆっくりと、俺達の方向へと倒れていく。
「うわあ! ドラコ!」
ドラコを抱いて、木から離れる。
倒れていった木は途中の木に引っ掛かって止まったが、もう少しで下敷きになりそうだった。
「おかーさま! 力持ちなのだ!」
ドラコが手を上げて、リネアに走り寄る。
「へへん! だって、おとーさんの作ってくれた斧なんですからね。これくらい朝飯前です!」
「おとーさまもやっぱり凄いなのだ!」
リネアが斧を両手で持って、ポーズを決める。
「は、ははは……」
引き笑いが出る。
リネア。そんな腕が細いのに、なんという怪力なのだ。
母(正しくは違うが)は強し、ってことなのか。
《そんなわけないでしょ! あんたの【スローライフ】が発動して、ただの伐採用の斧なのに、Aランク武器にも匹敵する切れ味になったのよ!》
やっぱ、そうだよね。




