69・おっさん、ドラゴンの卵を発見する
「えーと……」
リネアと顔を見合わせる。
「これどうしましょうか?」
俺達の目の前には——白い子どものドラゴンがいた。
どうして、こんなことになったんだっけな。
ああ、そうだ。
確かリネアと薬草摘みに森に出掛けたんだった。
「ブルーノさん。あそこになんかありますよ?」
そう言って、リネアが草むらの方を指差した。
「本当だ……なんだろう」
俺達はそっちの方へと近寄ってくる。
リネアが指差した方向には——白い直径三十センチくらいの卵が、地面に置かれていたのだ。
「卵?」
「なんの卵でしょう」
リネアがつんつんと卵を突いてみる。
「おいおい、リネア。ちょっと待てよ」
「どうしてですか?」
「もしかしたら、モンスターの卵かもしれないじゃないか。不用意に触るのは——」
そう言いかけた矢先、卵が一人でに左右にコトコトと動き出し、中から光りを放ち始めた。
「言わんこっちゃない!」
ど、どうしようっ?
まさか本当にモンスターの卵じゃないよな?
身構えていると、
ピキ……ピキ……。
という感じで卵にヒビが入っていき、やがて……。
「ド、ドラゴンっ?」
「ぐぎゃっぁぁぁぁっ」
中から元気なドラゴンが産声を上げたのだ。
……そして現在に至る。
「どうしてドラゴンの卵なんて、こんなところにあるんだ?」
ドラゴンというと、この世界においてかなり上位のモンスターに属している。
ドラゴン一体を倒すためには、一小隊の騎士団が必要になると言われ、間違いなく『災厄』と称されるモンスターだ。
なのでもっと慌てた方が良いのは間違いないが……。
「か、可愛いですっ!」
真っ先にリネアが子どもドラゴンを拾い上げ、ほっぺにスリスリした。
「緊張感がない!」
災厄のはずのドラゴンであるが、こんな生まれたてで「ぐぎゃぁ、ぐぎゃぁ」と可愛らしい声を上げているのだから、仕方ない。
子どもドラゴンも嬉しそうにして、リネアのほっぺを舌で舐めていた。
「ブルーノさん! 私……」
「飼うのはダメだぞ」
「まだ最後まで言ってないです!」
「なにを言い出すかは大体分かるよ……リネア。可愛いことには間違いないが、それはドラゴンだぞ」
リネアが子どもドラゴンを顔から離す。
「わ、分かっています……」
「だったら分かるだろ。今はこんな子どもだが、後五年もすれば街一個滅ぼすくらいに成長するんだ。そんなドラゴンを飼うなんて、あまりにも無謀だよ」
「む、むぐぅ……で、でも!」
「でもじゃないんだ」
俺は腰に手を当て、こう言い放つ。
「うちはドラゴン飼える余裕なんてありません!」
「はぅわ!」
リネアが落胆し、ふらふらと後ずさる。
「じゃ、じゃあ! このドラゴンはこれからどうするんですか?」
「うーん……とりあえず、冒険者ギルドに持って行こう」
「そんなことしたら……」
「ああ、間違いなく殺されるだろうな」
ギルドにとっても、子どもドラゴンをわざわざ生かしておくメリットはないのだ。
そう言うと、リネアは子どもドラゴンをぎゅっと抱きしめ。
「そ、そんなこと許しませんからね! それに……このドラゴンが大人になって、人々を襲うって決まってないじゃないですか!」
「むっ」
そう言われると、確かにリネアの言うことにも一理ある。
他のモンスターが基本的に人々を襲うことを『本能』としているのに対し、ドラゴンという種族は個々に分かれる。
それは、人間をも凌ぐと言われている知能にあるのかもしれない。
人間と共存しているドラゴンもいるらしいし。
「まあ、それはそうかもしれないが……そのことも踏まえ、ギルドに判断してもらうしかない」
それに——ドラゴンを飼うなんてあまりにも無謀すぎるのだ。
聞いたことがない。
「ご飯あげますから!」
「ドラゴン、なに食うのか知ってるのか?」
「ちゃんと散歩もさせますから!」
「ドラゴンってそんなことで喜ぶのかな?」
「一緒に寝ますから!」
「それはどっちでもいい」
リネアが涙ぐんで、駄々をこねる。
困ったな……。
俺もドラゴンの育て方なんて知らないぞ。
それに——仮にドラゴンを飼ったとしたら、近所の目も気になる。
——お隣さん、ドラゴン飼っているんですってー。
みたいな。
そのまま結局ギルドに報告され、この子どもドラゴンは連れ去られてしまうだろう。
「せめて人間の子どもだったら、なんとかなったかもしれないんだけどな……」
そうぽつりと呟いた時であった。
「ブ、ブルーノさん! ドラゴンちゃんが!」
リネアの手の内で、子どもドラゴンが白く輝き出したのだ。
それはやがて人間のような形に変化していき、二本足で地面に立った。
光がなくなった頃には……。
「おとーさま!」
と頭に角を生やした幼女が、俺に抱きついてきた。
「え……? まさかドラゴンが人間化しちまったのか?」
幼女(ドラゴン?)は俺の腰のところに両手を回し、気持ちよさそうにすりすりと顔を擦ってきた。
「(……おい、女神)」
《ご名答。スローライフの効果よ。田舎で子どもを自由に育てる、ってスローライフっぽいじゃない。ドラゴンのままだったら色々と不便だし、あんたがそれを望んだらドラゴンが人化することくらい……お手の物だわ》
なんてことだ。
「わあ! ブルーノさん。これでこの子を飼えますね。人間の姿になっても可愛いですっ!」
えっ。
そりゃ、幼女(女神いわく人化)にはなってるが……。
やっぱりドラゴン、飼わなくちゃいけないの?




