7・おっさん、ギルドに行く
「お、おおおおおおおっちゃん、凄すぎなのっ!」
マリーちゃんがそれを見て、ペタッと座り込む。
『小僧——儂を釣り上げたのは貴様か』
その声は釣り上げた巨大な魚——マリーちゃん曰く『湖の主』から発せられていた。
「あ、ああ。俺だ」
『人の身でなかなか見事なものだな。貴様の想像通り——儂は地上では息は出来ん』
「まあ魚だからな」
『水上では最強であるが、地上に出るとなにも出来ん……クッ。まさか儂が餌に釣られるとはな。儂を地上に這い上がらせた時点で小僧の勝ちだ』
なんか色々言ってるが、別に湖の主を釣り上げようと思ったわけではない。
『クフッ! さ、最後に聞かせてくれ……き、貴様の名前は……』
「俺の名前? 俺だったらおっさんって呼んでくれ」
『おっさんか……見、事、だ……』
湖の主はしばらく地上でペタペタと体を震わせていたが、その言葉を最後にぱたっと動かなくなってしまった。
「み、湖の主を釣り上げるなんて……そんなの聞いたことないのっ!」
おやっ。
マリーちゃんのいる下の地面が濡れているように見えた。
釣り上げた際の衝撃で、水がこちらまで飛んできたんだろうか。
いや——まるで魔法陣みたいに、キレイに形取っている。
もしかして。
「マリーちゃん。漏らしちゃったのか?」
「——!」
それを聞いて、マリーちゃんは顔を赤らめる。
「も、漏らしちゃなんかいないのっ! だってマリーは……もう十歳なんだから!」
「はいはい」
その慌てぶりから見て、俺の推測は当たっているらしい。
「さて——そのことはそのこととして……この魚、どうしよう」
湖の主だろうがなんだろうが、魚であることには変わりない。
「これだけ大きかったら、食べるのも一苦労だしな……」
「湖の主を食べるなんて発想をするおっちゃんに戦慄なの……」
しかも湖の主は濁った色をして、とても不味そうであった。
鱗も固そうだし、こいつに通る包丁なんてあるんだろうか?
そんなことを思っていると、マリーちゃんはふらふらと立ち上がり、
「ギ、ギルドに持って行けばいいと思う!」
「ギルド?」
「うん! きっとこれをお金に換えてくれるの!」
「ってかこの街……イノイックにもギルドなんてあるのか」
「当たり前なの!」
マリーちゃんが頷く。
ギルドか……。
あんまり行きたくないんだよな。
ギルドなんか行ったら、勇者パーティーとして世界中を飛び回っていた頃を思い出して。
まあ、あまり昔のことでもないが。
だが、こんな魚、料理も出来ないしここに放置するわけにもいかないだろう。
「うーん……じゃあ分かった。マリーちゃん。俺をそこまで案内してくれないかな」
「分かったの!」
★ ★
イノイック冒険者ギルド。
ここでは昔から、依頼を出しているのに、誰も達成出来ていないものがある。
『湖の主討伐クエスト
難易度:S』
それがこのクエストである。
「兄貴ぃ、このクエストずっとありますけど、なんなんですか?」
男達がその張り紙を見て、喋っている。
「イノイックの外れに湖があるだろ? そこに住む湖の主——マスターフィッシュを倒せ、ってなクエストだ」
「いつからこのクエストあるんですか?」
「うーん、俺が冒険者になった頃からあるように思えるな」
「兄貴が冒険者になったのって、十年前とかじゃないですか!」
「そうだ」
「だったら、どうしてそんな長期間、クエストが張り出されているんですか?」
「簡単なことだ。誰も達成出来ないからだ」
「達成出来ない……ですか?」
「そうだ。今まで何人もの冒険者がこのクエストに挑戦してきた。しかし結果は見るも無惨。ヤツは水の中をまるで地上かのように——いや空を飛び回る鳥のように素早く動き回る。その動きを捉えられず、どんな冒険者も歯が立たないんだ」
「だったら、そのますたーふぃっしゅ? ってのを水から出せば……」
「ハハハ。それが出来れば苦労はしないさ」
男達はそんなクエストを肴に、お酒をチビチビ呑んでいく。
「すいませーん」
男達も良い具合に酔いが回ってきた頃。
ギルドの入り口から、見慣れない男が声を上げた。
「たまたまモンスターを倒しちゃって、素材の換金をお願いしたいんですけど」
成る程。
三十路くらいの男だろうか。
冴えないおっさん風だ。
隣にとてとてと歩く可愛い幼女はなんだろうか?
しかし——顔も見たことがないし、おそらく初級冒険者。もしくは冒険者ですらないか。
「はい、ありがとうございます。それでどんなモンスターを……」
どうせゴブリンとかスライムだろう。
男は挙動不審に、
「それが——湖の主の眼なんですけど」
「「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇ!」」」」」
ギルド中にそんな声が響いた
★ ★
湖の主はあまりにも巨大すぎて、持って来れなかったので、とりあえず眼球だけくり抜いてギルドまで行くことにした。
とはいっても、眼球だけでもかなり大きいのだが……。
「えーっと、すいません? 今、なんと?」
ギルドの受付。
お姉さんが目をクリクリとさせている。
「あっ、はい。湖の主の眼なんですけど……」
そう言って、眼球を受付テーブルに置く。
「…………」
両手でやっと抱えきれるくらいのサイズ。
そんな大きな眼球を見て、お姉さんがしばらくフリーズ。
やがて……。
「え、えぇぇぇえええ! ほ、本当に湖の主っ?」
「はい。本当は全部持ってこようと思いましたが、重くって……」
ギルド中が騒ぎ出し、職員やら冒険者風情の人達が受付に集まってくる。
「おいおい、本当に湖の主なのか……」
「誰も倒すことが出来なかったのに?」
「どんな見事な剣技……いや、魔法か? それを使えるんだ」
剣技でも魔法でもない。
ただの釣りだ。
感想書いていただいた方ありがとうございます!
返信できてないですが、しっかり拝見させていだいております(*´ー`*)