63・おっさん、モグラと一緒に楽しく農業
リネアでも簡単に捕まえることが出来るくらいだから、そんなに慌てなくてもいいかな。
「あっ、そうだ。モグラも野菜の収穫を手伝ってくれよ」
「はあ? どうしてオレがそんなことやらねえといけないんだ、おっ?」
「いいからいいから。じゃないと、またリネアがぎゅーっとするぞ?」
「そ、それは止めて欲しい……これ、されると力が抜けるから……」
「よし、リネア。野菜を収穫するから、そのモグラを離してやれ」
そう口にすると、
「はぁーい」
少し名残惜しそうにしてリネアがモグラを手放した。
「クソッ、クソッ! この借りはいつか返してやっからな、おっ? オレのお父様にかかれば、お前等なんてすぐに叩かれるんだからな、おっ?」
「はいはい」
お父さんがいるのか。
だったら、暗くならないうちに帰らせないといけないよな。
子どもを遅くまで遊ばせているのは、教育的によろしくなさそうだし
。
「で……オレはなにをすればいいんだ?」
意外にノリ気だな、おい。
それにしても地中に戻らないんだろうか? 地面の下だったら力を出せる、みたいなこと言ってるし。案外、この状況を楽しんでいるかもしれない。
視線を下に落として、そんなことを考えていたからなのか、
「……! 今、地面の下はじゃがいもでいっぱいなんだ! だから、気持ちよくすいすい泳ぐことも出来やしない。またじゃがいもに絡まったら大変だからな、おっ?」
と気持ちを読んだかのようにモグラがそう声にした。
「だったら、じゃがいもを収穫するのはお前のためでもあるな」
「そうだな! 地下帝国をじゃがいもから取り戻すのだ!」
仮に地下帝国があったとしても、じゃがいもに覇権を取られるくらいだから大したことないと思う。
「とにかく、その葉を引っ張ってじゃがいもを引っこ抜いていくんだ。もっともじゃがいもだけじゃなく、人参とかもあるんだが……まあ基本的には同じことだ」
「分かったぞ。うんしょ」
モグラが膝を曲げて、両手でじゃがいもの葉を掴む。
「むむむ。固いぞ、これ! うんしょ、うんしょ!」
後ろに体重を預け、一生懸命引っこ抜こうとするが、なかなか抜くことが出来ないみたいだった。
「はう! 可愛い!」
こらこら。
またリネアが惚けてる。
「お前、力ないんだな」
「はあ? 誰にお前って言ってんだ? おっ? それに力がないと言ったな? おっ?」
「別に間違ってないだろ。リネアでも抜けるんだから……」
「それは地面の上だからだ! 地中でこそサウザンド・アビス・エンペラーの真価が発揮——おい、コラ! 聞いてんのか、コラ!」
なんか叫いているが、相手をしていても野菜の収穫が進まない。
俺とリネアも再開する。
リネアは途中モグラの方にキョロキョロと目線をやっていたが、俺が注意すると「むー」と唇を尖らせていた。
「コラコラコラ! うんしょ、うんしょ、うんしょ! よし、抜けたぞコラ!」
いつの間にかモグラも野菜を引っこ抜けるようになっていた。
だが、遅い。
メッチャ遅い。
一本人参を引っこ抜いているすきに、リネアは五本抜いている。
リネア/5=モグラ。
ってな感じの戦力である。
——というわけで時間はかかったが、なんとか全ての野菜を収穫することが出来た。
「ふう! やっぱり農業は楽しいな!」
山盛りに積まれた野菜を見て、俺はそう口にする。
「ホントですね! これでどんな美味しいカレーが食べられるのか……今から楽しみです。ジュル」
リネアがその野菜を見て、唾を飲み込む。
「なかなか農業というのも楽しいもんだな。引き抜く時の感覚が癖になるぞ、コラ」
モグラも楽しんでくれたみたいだ。
「でも……収穫するだけじゃ、なんかモヤモヤするな。これって、種とかまいてるんだろ? オレにもまかせろよ、コラ」
「なかなか贅沢なヤツだな」
まあ育てたものを収穫するのと、ただ人が育てたヤツを引っこ抜くのとではまた違うだろう。
主に達成感という意味で。
「うーん、花の種なら残ってるから、これでもまいてな」
「おっ、任せろ! 種をまく時こそ、オレの真価が発揮されるんだな、おっ?」
嬉しそうにモグラは花の種を手に取って、そこらへんの地面にまき出した。
ルンルン気分といった感じで、モグラの頭上に音符マークが浮かんでいるのが見えた。
「やっぱり可愛い……!」
リネアがほっぺに手を当てて、モグラに熱視線を注いでいる。
「やれやれ」
やがて、モグラはまき終わったのか、
「おい、まき終わったぞ。これはいつ収穫出来るようになるんだ、おっ?」
「花は収穫するもんじゃない。鑑賞したり匂いを楽しんだりするものだ」
「なんだ? そのなにが楽しいんだ、コラ」
「咲いてみれば分かる」
【スローライフ】ですぐに咲かせることも出来たが、わざわざそれをする必要もないだろう。
さて、今日もディックの家に行って、料理をさせてもらおうか。
そう思った矢先。
「あら、アタシ抜きでなにしてんのよ」
今日も立派なツインテールを揺らしながら、ベラミがこっちに向かって歩いてきた。
「お前が起きるの遅かったからだろ」
「なに言ってんのよ。まだ昼前でしょ」
「農業の基本は早寝早起きなんだ」
ベラミはまだ眠いのか、寝ぼけ眼である。
「あら、なにこのモグラ?」
目をやって、モグラの頭をポンポンと叩くベラミ。
「おい、コラ! なにオレの頭を叩いてんだ、コラ」
「あら、あなた喋れるの」
「当たり前だ! オレは誇り高き魔族サウザンド・アビス・エンペラーだぞ!」
「魔族……?」
ベラミの目つきが変わる。
「それが本当か嘘か分からないけど危険ね」
「おい、ベラミ……?」
なんか嫌な予感がする。
幼馴染みの勘ってヤツだ。
止めようとするが、ベラミはさっと手を掲げて、
「ゴミは滅びなさい——」
とモグラに向かってファイアーボールを放った。
「ぬおっ、なんだコラ!」
火球はモグラのすぐ足下に着弾。
命中はしなかったものの、いきなり魔法を放たれたため、モグラは戸惑っているっぽい。
「おい、ベラミ! いきなりなにをするんだ!」
俺はすぐさまベラミの手首を持って、そう叱責する。
「ブルーノ、なんであなた魔族の味方するのよ」
「別に今のところ害がないから良いだろうっ? わざわざ攻撃を加える必要はない」
「甘すぎるわ。だって相手は魔族よ。どうせ良からぬことを企んでいるに違いないわ」
「それでも……!」
「あなた、自分では敵わないと思ったからこうやって遊ばせていたんでしょ。冒険者の頃もそうやって足を引っ張ってたもんね」
「……!」
かっと頭に血が昇る。
しかしすぐに冷静になる。
——今がどうであれ、勇者パーティー時代に俺が足を引っ張っていたのは事実だ。
それにここで怒鳴り散らしても、なにも解決しない。
三十路のおっさんにでもなれば、自分の怒りを飼い慣らす方法くらいは知っている。
グッと拳を握りしめ、我慢していると。
「ブルーノさんになんて酷いことを言ってるんですか! 謝ってください!」




