61・おっさん、農業していたら腰が痛くなる
夜も更けてきたので、そのまま俺の家へリネアと一緒に帰ってきた。
「楽しかったですね!」
リネアはまだルンルン気分のままである。
「そうだな」
「あっ、そういえばブルーノさんも色々買ってましたよね? なにを買ってたんですか?」
買い物袋の中を覗き込むリネア。
「これは花の種と……魔石?」
「ああ。花の種は明日植えるとして、たまにはこういうのも良いと思ってな」
魔石というものは、魔力を込めることによってスイッチが入り、魔法を発動することが出来る代物である。
一個一個が高級であって、なかなか買えるもんではない。
だが、たまには奮発してみるのも良いだろう。
俺は魔石を手に取り、魔力を少しだけ込める。
魔石に込める魔力は——魔石によるところもあるが——そんなに多くなくてもいい。
俺は魔法の才能がなく、魔力の貯蔵量もFランク冒険者並みではあるが、この魔石を発動出来るくらいなら持ち合わせている。
魔石がルビー色に輝き、そして——。
「うわぁ!」
リネアの目が輝く。
——家の天井に模様が現れたのだ。
魔石から投射される光のアートである。
それはクルクルと回り出し、ロマンティックな光景を映し出した。
「キレイですね。心が落ち着くようです」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
こんなお洒落なもの。おっさんらしかぬものを買ってしまったと思うが、リネアが喜んでくれるならそれで良い。
光属性魔法ライトを応用して、このような光のアートを壁や天井に映し出すのである。
「「…………」」
俺とリネアは口を閉じて、天井に映し出される光をぼーっと眺めていると、
「入るわよ」
突如不躾な声が聞こえ、一人の女性が外から入ってきた。
「ベラミじゃないか。どこに行ってたんだ?」
「ポイズンベアの討伐よ!」
ベラミである。
しかもなんかちょっと怒ってるっぽい。
忘れてたが、そういえばそうだったな。
「おっ、どうだった。無事にポイズンベアを倒せたか?」
「当たり前よ。ポイズンベアくらい、アタシの魔法にかかれば一撃よ……それよりも!」
ずかずかと部屋に入り込んできて、ベラミは捲し立てるように。
「この街の近くの谷ってのが、なかなか広くてね! ポイズンベアがなかなか見つからない! それでも、他のザコモンスターを魔法で蹴散らしてたんだけど、それにビビってるのかポイズンベアが隠れてしまってね! こんな時間までかかってしまったわ」
「ほうほう」
「それでやっとのこさ見つけて、瞬殺したんだけど……ポイズンベアの爪をギルドに持って行ったのよ。するとそこのギルド職員はなんて言ったと思う?」
「そりゃあ、英雄としてお前を崇めたんじゃないか?」
「そう思うでしょ? でもそうはならなかった。『ああ……ありがとうございます。そこに置いといてください』……って! かなり面倒臭そうに言われたわ」
「まあギルドの閉店時間ギリギリだと思うし。職員も早く帰りたいんじゃないのか?」
「それでも、おかしいでしょ! ポイズンベア倒せなかったら、街が滅びてしまうかもしれないんでしょ? なら、もっと騒ぐべきじゃないの! ってことを言ったら『お昼頃のアーロンさんの快復祝いで騒いだんで、そういうテンションじゃないというか……』って! ふざけんじゃないわよ! ってか結局エリクサーあったんじゃないの!」
怒りでどうでもよくなって、報酬金は結局受け取らざるじまいだわ。
ベラミはそう続けて、肩を「はあっ、はあっ」と上下に揺らした。
ふむ。
しかしベラミよ。一つ間違ってるぞ。エリクサーは結局なかった。アーロンさんはコーヒーを飲んで治ったのだ。
「それだけ言いにきたのか?」
「そうよ。この怒りをぶつけないと、どうにかなってしまいそうだったからね」
そう続けて、クルッとベラミは背を向けた。
「ん? どこに行くんだ」
「あんたに話したら、ちょっと胸がすっとしたわ。今日は街の宿にでも泊まることにするわよ」
「泊まっていかないのか」
「こんなボロ小屋。酔い潰れてない限りは泊まらないわ」
そのまま大股で離れてくベラミ。
ふう。嵐のような女だったな。
「っていうことは、久しぶりにリネアと二人きりか」
「ふふふ、そうですね!」
リネアが嬉しそうに笑う。
「そろそろ寝よっか。明日はまた農業をしようと思うけど、手伝ってくれるかな?」
「はい! もちろんです!」
と俺達は一緒の布団に潜り込んだのだ。
◆ ◆
今日は色々な野菜を育ててみよう。
「じゃがいも、人参、たまねぎ、さつまいも、ネギ……これだけあったら、美味しい料理も作ることが出来るはずだ」
種は昨日のうちに買ってきている。
「楽しみですね!」
リネアは昨日のデートのこともあり、機嫌が良い。
ベラミのことは気にかかるが……まあまだ寝てるだろう。ベラミは朝が弱いのだ。
こんな朝早くから起きているベラミをイメージ出来ない。
それに、途中で起こすとメッチャ怒るし。
「まあ……どうせしばらくしたら、やって来るだろう」
ってなわけで野菜を育てるか。
【スローライフ】を使わず、地道に種をまいていく。
「リネア、腰とか痛くないか?」
「私ですか? 大丈夫です。全然元気ですから!」
リネアが力こぶ(ほとんどない)を作って、元気いっぱいの笑顔を作る。
若いって素晴らしい。
おじさんは既に腰が痛くなってきたよ。
「よし、こんなもんか」
種をまき終わって、額の汗を腕で拭う。
「あっ、そういや花の種もまかないといけないな」
「家の前にまいてきますね!」
リネアがとてとてと走って、花の種をまきに行った。
「終わりました!」
手を上げて、リネアが報告してきた。
「よし……じゃあ生えてこい!」
【スローライフ】発動。
ちょっと横着かもしれないが、やっぱ早く収穫したい。
ニョキッ。
ニョキニョキニョキニョキニョキ!
ってな感じでまいた種は早くも収穫時となった。
「わあ! お花もすごく咲いていますっ」
家の前にまいた種も色取り取りの花を咲かせている。
良い感じに咲いてるな。
水をやって枯れさせてはいけないな、と思った。
「いつも通りガンガン収穫していこう。収穫し終わったら……そうだな。カレーでも作ろうか」
「はい!」
というわけで収穫タイム。
腰を曲げて、次から次へと野菜を収穫していく。
……うん。良い感じだ。
人参もたまねぎもじゃがいもも、まるで宝石のように光り輝いていた。
これを使えばさぞ美味しいカレーが作れるに違いない。
「はあっ、はあっ……疲れてきた……」
ちょっと休憩。
俺は地面の上に尻を付けて、リネアが野菜を抜いていく姿を眺めることにした。
「うんしょっ、うんしょっ!」
リネアが一生懸命野菜を引っこ抜いていく。
その姿はどこか楽しげだ。
白い肌に土なんか付けたりして。
うん、やっぱりリネアは可愛い。
「俺も頑張らなくちゃな」
よし、休憩終わり。
俺は立ち上がって、野菜を引っこ抜く作業を開始した。
だが、腰を曲げた瞬間——。
「うんぐっ!」
腰に強烈な痛みが走ったのだ。
「ブ、ブルーノさんっ?」
俺が凄い声を出してしまったせいか、リネアが心配そうに近寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「う、うん……だ、大丈夫……ちょっと腰が……痛いだけ」
辛うじて声を絞り出す。
——ぎっくり腰にまではいってないっぽいが、かなり痛い。
痛すぎて、腰を曲げた状態で動けないくらいだ。
「リネア。悪いけど腰をさすってくれないか」
「わ、分かりました!」
すりすりすり。
リネアの手が優しく俺の腰を撫でる。
すると——回復魔法のヒールがかけられたかのように、だんだんと腰の痛みが和らいでいった。
「……ありがとう、リネア。もう良いから」
「痛みはなくなりましたか?」
「ああ。大分マシになった」
これもリネア様々だ。
それにしても、こんなもので腰をやるとは情けない。
これが二十前後とかだったら、連続して野菜を引っこ抜くことが出来ただろう。
しかし俺はもう三十路なのだ。
体の節々は痛いし、無茶をすればこういう惨事を生んでしまう。
「リネアは腰が痛くないのか?」
「私は痛く——いや、超痛いです!」
リネアが(少しわざとらしい気もするが)顔を歪めた。




