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6・おっさん、大物を釣り上げる

 その後、バケツ一杯に魚を入れて、俺達はディックのもとへと戻った。


「ぬおっ! どんだけ釣ってんだよ!」

「なんか釣り糸に虫を付けて、垂らしてたらこんだけ釣れた」

「む、虫でっ? もっと上質な餌じゃないのか」

「上質な?」

「ああ。霜降り肉だとか、オークの目とかは釣りにおいて上質な餌になるんだ——もっとも、それだけ釣ろうと思ったら、高級な餌を仕入れるためのお金がいくらあっても足りないんだがな」

「成る程」


 まあ俺には縁のなさそうな話だ。


「台所を貸してくれないか? 釣り竿を貸してくれた恩に、今日は俺が晩ご飯を振る舞うよ」

「そんなの気にしなくてもいい——」

「マリー! お魚大好きなのっ!」


 マリーちゃんが俺の服の裾を持って、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 可愛い。


 それを見て、ディックは諦めたように溜息を吐いて、


「……分かったよ。台所くらいならどんだけでも貸すさ。でもおっさん、料理なんて出来んのか?」

「ああ、それについては任せてくれ」


 ——というわけで、エプロンを着けて俺は台所にいる。

 台所といっていても、魔石コンロや水道くらいで、流し台も狭いのだが——これだけあったら十分だ。


「さて、始めるか」


 俺は魚に包丁を通していく。



 サッサッ。



 手際よく、魚を解体していく。

 そして切ったお魚は焼いたり、蒸したり、煮たり、はたまた生のまま出せるようにしてみたり。

 

 サッサッ。


 料理はいい。

 何故なら無心になれるからだ。


 勇者パーティーにいる頃から、俺は料理当番をやらされていた。

 俺の料理は勇者——ジェイクも『美味しい』と認めてくれた。

 逆に料理だとか寝付きの良さしか褒められたことなかったけど……。


 トントン。


 包丁の音が聞こえる。

 周囲の雑音が消え去っていく。

 目の前の料理に意識が没頭していく。



 ——気付けば一時間は経過していた。



「お待たせ!」


 ダイニングテーブルに魚料理が入ったお皿を並べる。


「こ、これおっさんが作ったのか?」

「そうだけど?」

「だって一時間くらいしか経過してないぜ? こんなの宮廷料理が十人以上いて、やっと出来る領域なんじゃ——」

「ハハハ。こんなの、大したことないさ。なんせ料理はおっさんの『趣味』なんだからね。仕事として打ち込んでいる人には絶対に負ける」

「……趣味でこんだけ出来るのかよ」


 ディックはブツブツとツッコミを入れているが、


「美味しい!」


 いただきますを言わない間に、マリーちゃんは料理に箸を通していた。

 頬を手でスリスリとして、味わうようにしてゆっくりと噛んでいく。


「まるで天国に昇るかのようなのー」


 マリーちゃんの瞑っている目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


 大袈裟だ。

 でもそれだけ喜んでくれると嬉しい。


「う、旨ぇ……こんな旨い料理、初めて食べたぞ!」

「おう。たかがおっさんの料理にそんなこと言ってくれるなんて、嬉しいぞ」


 なんせ料理は趣味なんだからな。

 このままじゃ、育ち盛りの二人に食べられてしまいそうだ。

 俺も負けじと、二人の後に続いた。


「……うん。美味しい。やっぱり自分で採った魚を自分で調理したからだろうな」


 満足の出来映えだ。



《……成る程ね。無心になる——つまりスキルに身を委ねているから、昔から料理が得意だったんでしょ。あんた、それ、人間でいうところの宮廷料理に匹敵するわよ》



 また変な声が頭の中で聞こえた。


「どうしたんだ、おっさん」

「いや——なんでもない」


 俺はそう首を振って、食事を再開した。


 ◆ ◆


「ふう……やっぱり釣りはいいもんだな」


 あれから。

 朝起きては、マリーちゃんと釣りに出掛け。

 夜には採ってきた魚でディックとご飯会。

 まったりとした日常を送っていた。


「むむむ……楽しいけど、そろそろマリーは飽きてきたの」


 そう言って、マリーちゃんは釣り竿を地面に置いた。


「まあ仕方ないよな。まだマリーちゃんは子どもなんだし」

「おっちゃん、追いかけっこしようよ!」

「おいおい、俺は三十路なんだぜ。そんなの腰にも足にも悪いよ」

「みそじ?」


 マリーちゃんが唇に手を当てて、首を傾げた。

 俺はこのままずっと釣りをしていてもいい。

 魚は毎日百匹くらいは取れる。


 でも——それ等は全て見たことのあるような魚なので、もっと『大物』を釣り上げたいと思うのも事実だ。


《——そうよ。もっと願望を強くしなさい》


「うおっ!」


 急に聞こえたので思わず驚き、釣り竿を落としてしまう。


「どうしたの? おっちゃん?」


 マリーちゃんが不思議そうに顔を覗き込んできた。


「いや——」

《声を出さなくても、わたしと会話出来るわよ。思うだけで十分だから。だってわたし、女神なんだし》


 またスキルの女神、出たか。

 神出鬼没。

 いきなり出てきて、いきなりどっか行く。


「(一体、なにしにきたんだ)」


 女神に言われた通り、頭の中だけでそんな声を出す。


《あんたがスキルの使い方をいまいち分かっていないから、教えにきたのよ》

「(ってか女神がこんな簡単に人間と接触したら、ダメだったんじゃなかったのか)」

《細かいことを気にしたらダメよ。あんたがあまりにもスキルの無駄遣いをしているから、小言の一つや二つも言いたくなるわよ》

「(そのことなら心配しなくてもいい。もう十分使いこなしているから)」


 そうじゃないと、釣り初心者の俺が初日であんだけ魚を釣れるはずもない。

 ちょっとはスキル【スローライフ】の力もあるのだろう。


《まあ……毎日百匹釣っても、湖の生態系が狂わないのは【スローライフ】のおかげだけど》

「(なに、難しいこと言ってんだ)」

《いい? このスキルの発動条件は大きく分けて、二つあるのよ。


 一つはスキルに身を委ねること。

 自分の実力だけで、なんとかしようと思ったら逆効果だわ。秘薬の時みたいに寝たり、今みたいに無心になったりしたら、自ずとスキルが発動するわ。


 もう一つは『〜〜〜がしたい』と強く思うこと。

 薬草の時、『もっと薬草ないかな』と強く願ったでしょ。それと同じこと。今だったら、『もっと大物を釣りたい』と強く願いなさい》

「成る程な。しかし一つ目と二つ目の発動条件矛盾するんじゃないのか?」


 無心にならないといけないのに、強く願わないといけないって。


《いいえ。矛盾しないわ。強く願いながら、自分の実力でなんとかしようとせず、スキルに身を委ねる。まあ、あんまり細かいことは気にするな、ということよ》

「なんじゃそりゃ」


 まあたわむれだ。

 ここは女神の言っていることを信じよう。


「もっと大物を釣りたい……もっと大物を釣りたい……」


 強く願う。

 最初は雑念があった。


 だが、頭がぼーっとしてきて、だんだん真っ白になっていく。


 願いは残ったまま。

 やがて周囲の雑音がさーっと消えていく。


「——かかった!」


 ゲット!


 だが、今回はメッチャ重いっ?

 俺の力だけでは、釣り上げるのが不可能そうだ。


「おっちゃん、マリーも手伝うの!」


 マリーちゃんが俺の腰を持って、力強く引っ張ってくれる。

 釣り竿が折れそうになるくらい、しなっている。


「も、もう少しだ……! おりゃあ!」


 一気に持ち上げる!

 その反動でマリーちゃんと一緒に尻餅しりもちを付いてしまう。


「痛ててて……やったか?」


 恐る恐る前を見る。


 するとそこには——。


「み、湖の主なの!」


 マリーちゃんが震える声で叫ぶ。


 なんということだ。

 家一軒は軽く飲み込めそうな、メッチャ巨大な魚を釣り上げたぞ!

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