58・おっさん、神になってしまう
「「「「アーロンさぁぁぁぁあああん!」」」」
それを見て、周りの人達が一斉にアーロンさんに抱きつきにいった。
「一体……? 確かポイズンベアに不覚を取って、猛毒状態にかかったはずが……誰かがエリクサーを飲ませてくれたのか?」
「どうやら無事みたいですね」
「むっ、おっさん! 我を助けてくれたのはそなただったのか!」
「まあ、そういうことになりますかねえ」
「恩に着る! そのコップに入っていたのはエリクサーか?」
「い、いや……俺の作ったアイスコーヒー……」
前回、『洗脳』の状態異常を治すコーヒーを作ることが出来たんだ。
それの応用で猛毒状態を治すコーヒーを作るのは簡単だろう。
でも上手くいって良かった。
「な、なんとおっさんはエリクサーを自製出来るというのか!」
「神だ! 英雄おっさんは神でもあったんだ!」
「おい、みんなで神を胴上げするぞ!」
「「「「おーっ!」」」」
みんなが俺を担ぎ出そうと囲み出す。
「ちょ、ちょっと……だからアイスコーヒーだって……」
「神!」「神!」「神!」「神!」
俺がいくら否定しても聞き入れてもらえず、胴上げされてしまうのであった。
「それにしても、どうしてイノイックに強いモンスターが?」
胴上げから降ろしてもらって、俺はギルドマスター室……略してギルマス室でコーヒーを飲みながら、ギルマスと話し合っていた。
ギルマスって言葉多いな、おい。
「原因は究明中と言っただろう」
「なにか思い当たる節とかないのか?」
「……そうだな。魔王の力が強まったのか……それとも、なにか裏で悪い企みをしている者がいるのか……」
「悪い企み?」
「ああ。例えばモンスターを召喚させたり引き寄せたりする魔法もあるんだな。それを使って、強力なモンスターをイノイックに出現させているか……」
「でもそんなことをして、そいつはなんのメリットがある? イノイックをこんなにメチャクチャにして……」
俺の問いに、ギルマスは答えることが出来なかった。
キングベヒモス、リーフワーム、ポイズンベア……。
イノイックも物騒になってきたものだ。
待てよ?
「(おい、女神)」
《なによ》
「(【スローライフ】でイノイックにモンスターが寄ってこないようにすることは出来ないのか?)」
昔、ダンジョンで自分にモンスターが寄ってこないようにすることが出来た。
それの応用で範囲を広げ、イノイック全体にするのだ。
《ダメよ。範囲が広すぎるわ》
「(え……【スローライフ】でも無理なのか? バンバン強いモンスターが出てくるのは、スローライフとは程遠すぎる気がするんだが……)」
《【スローライフ】は万能じゃないわ。出来ることと出来ないことがある。あんたの周囲に、その強いモンスターが寄ってこないようにすることは出来る。でもせいぜい、半径十メートルくらいが限界でしょうね。その半径十メートルの範囲に、この街の人間を全て集めるわけにはいかないでしょう?》
そりゃそうだ。
いくらイノイックが田舎で、人口が少ないとしても、それは些か現実的ではない。
「(肝心なところで役に立たないんだな)」
《かっ! あんた、今なんて言ったっ? 役に立たないって? そもそも【スローライフ】の効果は自分に現れるものであって——》
はいはい。
女神がなにやらぎゃあぎゃあと頭の中で反論していたが、いちいち相づちを打つのも疲れるのでスルーだ。
「おっさん……? なんかぼーっとしていたが、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと頭の中に虫を飼ってい——!」
その時だった。
建物全体がグラグラと揺れたのは。
「地震かっ」
しかしそれはすぐに止み、元の状態へと戻った。
「珍しいな。地震なんて」
「あ、ああ……これも悪い前兆じゃなかったらいいんだが……」
ギルマスが顎に手を当て、考え込む素振りを見せる。
「考えすぎだ。そんなことじゃ心労で太るぞ」
「……ボクが太っているのは、なにもストレスから来る食べ過ぎじゃないんだな。これもこれも、脂肪を付けて防御力を高めるためだ」
「はいはい」
「むっ、貴様信じていないな? ボクのことをデブと思うのは早計で——ってどこに行く?」
「決まっている。帰ってスローライフを再開するんだよ」
少し寄り道してしまったが、その強いモンスターうんぬんは俺ではどうしようもなさそう。
「あっ、もし困っていたことがあったらまた言ってくれ。俺になにか出来るとは思えないが」
「ちょっと待て!」
ギルマスが止める声を無視して、部屋を後にする。
さて……ベラミはポイズンベアを倒しに行ったし、俺は土でもいじることにしようか。
◆ ◆
「ただいま! ……ってリネア?」
「ブルーノさん!」
家の扉を開けると、いきなりリネアが飛びかかってきた。
「どうしたんだ? なんかあったのか?」
「だって……見送ったのは良いものの、心配になって」
「俺が?」
「はい! ベラミさんとラブロマンスしてないか心配で心配で……」
リネアの肩を持って、体を離す。
「ぐすっ、ぐすっ」
おいおい、なんで泣いてるんだ。
どうやら相当心配だったみたいだな。
「大丈夫だ。そんなことにはならないよ」
「で、でもっ! 昨日みたいなこともありますし」
「んー、あー、あれは……一時の気の迷いみたいなもんだ。お酒も入ってたし」
「私はブルーノさんが幸せになってくれればいいんですが……それでも不安で……」
全く可愛いヤツだ。
ナデナデ。
「はぅ!」
頭を撫でやると、リネアが陶酔したような表情を浮かべた。
犬みたいで可愛いな。
「ああ、それからリネア。最近ここらへんで強いモンスターが頻繁に出てきてるらしい」
「強いモンスターがですか?」
「でも心配しないで欲しい。もしそんなヤツが出てきても、俺がなんとか片付けてやるから」
「じゃあブルーノさんにずっと引っ付いておかなくっちゃ!」
むぎゅっ。
リネアが俺の首に両腕を回して、抱きついてきた。
ふむ。
リネアの言うことはもっともであるが、密着度が高すぎて少し息苦しい。
これはこれで柔らかいし可愛いので、このままにしておくが。
「そういえばベラミさんは?」
「近くにポイズンベアってモンスターが出たらしいから、それを倒しに行ってるらしい。まあベラミだったら大丈夫だろう」
「ポイズンベアって確かなかなか強いんじゃ……」
「なあに。昔はそう言われていたこともあったが、今はスライムみたいなもんだ。弱い魔法使いのベラミでも、それくらいならなんとかやれるはずだ」
「そうですか!」
胸が顔に当たって、とっても気持ちいい。
「まあモンスターは冒険者の人に任せておこう。それよりリネア。農業でもしようと思うんだが、手伝ってくれるか?」
「もちろんですっ」
とリネアは満面の笑みを顔に咲かせるのであった。
——ああ、そうだ。野菜とか果物だけではなく、花を育ててみるのも良いかもしれない。
とにかくもう一回、市街に戻って花の種でも買いに行こうかな。
「っと、農業する前に……リネア。ちょっと買い物に行きたいんだ。リネアも付いてくるか?」
「買い物デートですか! 久しぶりですねっ。もちろん付いていきますよ!」
そう言って、リネアが俺の腕に抱きついてきた。
最近、ベラミがやって来たりと慌ただしい毎日を過ごしていたからな。
たまにはのんびり買い物するのも良いだろう。
そんなことを思いながら、外に出た。




