57・おっさん、アイスコーヒーを作る
ギルドの入り口から、所々血で汚れた男達が入ってきた。
「も、猛毒だって!」
十人くらいいるだろうか。
その中の一人に担がれ、床に降ろされたのは——マリーちゃんと模擬戦をしてくれた優しき冒険者アーロンさんであった。
「ア、アーロンさんっ」
すぐに屈んで、アーロンさんの顔を見る。
アーロンさんの目は閉じられており、顔色は薄く緑色になっている。
衰弱しきっており、細い息は今にも消えてしまいそうであった。
「これは……」
ギルマスが震えた声を出す。
「モ、モンスターです! 討伐依頼が出ていたポイズンベア(というモンスター)に遭遇したまでは良かったんですが、返り討ちにあってしまいまして……」
「なんと! 君達のパーティーでも無理だったのか!」
一人の男が苦しそうに頷く。
「ギルドマスター……これは?」
「うむ」
ギルマスが冷静を装うようにして、ゆっくりと話を始めた。
「最近、強力なモンスターがイノイックの近郊でよく発生するようになってるんだ」
「イノイックに? ここは魔王城から遠いんじゃなかったのか」
「そうだ。だからこそ、今の状況はおかしい」
一般的に魔王がいる魔王城から離れれば離れる程、棲息するモンスターが弱くなっていくと言われている。
実際、この街の近くでもスライムとかゴブリンしか出ず、比較的平和なはずだった。
……だが。
「よく考えてみれば、キングベヒモスとかリーフワームとか出てるしな」
ギルマスは神妙な面持ちで頷く。
「こんなことはボクがギルドマスターになってから初めてだ——いや、イノイックの歴史の中で初めてのことかもしれない」
「原因は分かっているのか?」
「それが分かれば苦労もしない。調査中だ」
こうして話している間にも、周りの人がざわつきアーロンさんを助けようとしている。
「そして、今回は近くでポイズンベアが出たんだ」
ポイズンベアもなかなかに強いモンスターで、キングベヒモスよりちょっと弱いくらいか。
「それでギルドでも選りすぐりの冒険者にパーティーを組んでもらって、討伐に向かってもらった。それでも無理となったら、この街は……」
暗い顔をして俯くギルマス。
当たり前だ。ギルドのエース達を討伐に向かわせて無理だったのだ。
後は——アシュリーみたいに——王都から冒険者を派遣してもらわなければならない。
しかしそれにも時間がかかる。
その間にイノイックがポイズンベアに滅ぼされる可能性はゼロではない。
「あら、そんなことならアタシがなんとかしてあげるわよ」
それを聞いて。
少し上ずった声を出したのはベラミ。
我が喫茶店のウェイトレス(という設定)である。
「君が?」
訝しむようにしてギルマスがベラミを見る。
「そうよ、退屈していたしね。ポイズンベアくらいならアタシ一人でなんとかなるわ。そいつはどこにいるの?」
「……イノイックから一時間くらい行ったところにある谷だ」
「あら、そう。じゃあ行ってくるわ。任せなさい」
とベラミがギルマスに背を向け、ウェイトレス姿のままでアーロン一帯の隣を横切った時。
「ア、アーロンさんを誰か助けてくれぇ!」
「ご、ごのままじゃアーロンざんがぁぁっ!」
「もう! うるさいわね!」
うっとうしそうにベラミが立ち止まり、アーロンさんのもとへ屈んだ。
「あら、これって毒じゃなくて猛毒じゃないの」
「そ、そうなんだ! だから薬草じゃ効かなくて……」
猛毒という状態異常は、毒よりも遙か上にあるものである。
薬草をいくら積んでも治すことが出来ず、薬のエリクサーか上位の治癒士でも呼んでこなければならない。
急速にアーロンさんの顔色が悪くなっていく。
ただの毒よりも症状の進行が早いのだ。
ベラミは治癒士ではないが、簡単な治癒魔法くらいなら使えるはずだが……。
「諦めなさい」
バッサリと斬り捨て、立ち上がるベラミ。
「毒くらいなら、うるさいし治してあげようと思ったけど、猛毒は手に余るわ。そうやって騒ぐくらいなんですから、エリクサーも持ってないんでしょう?」
「そんな高価な薬なんて持ってねえよ!」
「だったら諦めるしかないわ。ご愁傷様。みんなに看取られて良い人生だったと思うわよ」
あっさりとそう言って、ベラミはギルドから出て行ってしまった。
「な、なんだあいつっ!」
「ただのウェイトレスなのに、なんであんな偉そうなんだ!」
ベラミの態度を見て、みんなが憤慨している。
「なあ……」
隣でギルマスが小声で、
「ツインテールを解いて、あんな服装をしているから分かりにくいが……あれって、勇者パーティーの大魔導士ベラミ様だよな?」
「…………」
配慮してくれているのか、俺にだけ聞こえる声で喋ってくれるギルマス。
「どうして、ベラミ様とおっさんが知り合いなんだ?」
「そ、それは……」
「ああ、喋りたくなかったら喋らなくてもいい。身分を隠すってことは、きっと事情があるんだろう」
答えに窮していると、ギルマスが手を振ってそう言ってくれた。
「まあ、あれはベラミ——様だ。出来れば他のみんなには言わないでほしい」
「承知した。でも時間の問題でバレると思うんだがな?」
半分分かりきったことであったが、変装が甘かったらしい。
今度は仮面でも買って、ベラミに被せておこうか?
「それで……ここまで聞いたらなんとなく察するが、俺を呼んだ理由ってポイズンベアの討伐か?」
「そうだ。やはりアーロン一行では少し不安だったんでな。おっさんの手も借りたいと思ったんだ……冒険者ではないので、無理強いは出来なかったが」
「それならもう大丈夫だ。ポイズンベアくらいならベラミ一人で大丈夫だから」
「そうみたいだな——だが」
ギルマスがアーロンさんの方を一瞥する。
「アーロンさぁぁあああああん!」
「死ぬなぁぁああああああああ!」
アーロンさんを見送る……じゃなくて、囲む人の声がだんだんと大きくなっていく。
今ではギルド中にいる人々が、アーロンさんに涙を流している程だ。
「おっさん、どうにかならないのか?」
「うーん……そうだな。エリクサーが売ってる道具屋とかないのか?」
「そんな一本500万はくだらない薬など……こんな田舎にないよ」
猛毒状態を解除するためには、エリクサーか上位の治癒士が必要。それが冒険者の常識であった。
だが。
「アーロンさんは後どれくらいもちそうだ?」
「もって二十分……いや、十五分といったところだろうな」
「ちょっと待っててくれ」
そう言って、俺が向かった先はギルドの近くにある喫茶店『すろーらいふ』である。
コーヒー豆が少しだけ残っていたはずだ。
俺は急ピッチで「幸せにしたい。ついでに解毒したい」という思いを込め、コーヒーを作った。
ギルドと喫茶店の往復の時間も含め、ギリギリ十五分といったところだろうか。
「お待たせ!」
俺はコップに注いだコーヒーをみんなに見せる。
「ふ、ふざけるな! そんなのでアーロンさんが助かるわけないだろう!」
冒険者の一人が怒声を上げた。
「まあまあ。飲ませてみたら分かるって」
ホットコーヒーだと火傷させそうになるから、今回はアイスコーヒーだ。
氷のカランカランという音が涼しげだ。
俺は膝を付き、アーロンさんの口にアイスコーヒーを流し込んだ。
すると。
「ア、アーロンさんの顔色がどんどん元に!」
「呼吸も戻ってきたぞ!」
見る見るうちに、アーロンさんの顔が肌色に戻っていった。
やがて血色も戻り、
「むっ……生きてる?」
むくっと元気そうに上半身を起こしたのだ。




