55・おっさん、酒に呑まれる
「六百万。ふうん。こんな辺境の地にしてはぼちぼち良いワインあるのね」
くいっと一気にワインを飲み干すベラミ。
頬のところがほんのりとピンク色に染まってきた。
「ブルーノさん。さっきワインが六百万とか聞こえたんですが……」
「ああ、リネアは気にしなくていい。いつも通り、俺が作ったワインだから」
「そうですか……。でもこのワイン本当美味しいですよね! その性悪女にはブルーノさん製のワインの良さが分からないのですっ」
リネアも負けじとワインを飲み干す。
言っておくが、ベラミもぼちぼちお酒が強い。
バーに繰り出して、その店にある最高級のワインボトルを一人で空けた——という話もよく耳に入っていた。
「このポテトサラダもあなたが作ったの?」
「ああ。美味しいだろ」
「まあまあね」
ポテトサラダがワインとよく合うのか。
ベラミのワインを飲むペースがいつもより速いように見えた。
《この女! 相変わらずむかつくわね!》
「(なんで、怒ってんだ。女神)」
《怒るに決まってるじゃない! 【スローライフ】で作った最高級のワインと料理を食べて、そんな澄まし顔をしているなんて! 普通なら感涙で顔を塗らしているはずだわ》
「(ベラミはそんなことしないよ)」
キャラに合わん。
しかしベラミがパクパクとポテトサラダを食べ、ゴクゴクとワインを飲んでいる光景を見ていれば、満足してくれているのは一目瞭然だ。
「私も負けませんからね!」
リネアも対抗するように、次から次へとワインが入ったコップを空にしていく。
「このままじゃ足りないな」
それを横目で見ながら……そして片手で俺もワインを飲みながら。
片手作業でワインを作っていく。
十五分くらいでワインが完成する図はなかなか圧巻だと思うが、食べ飲みに必死な二人はこっちを見てくれない。
「今日は宴会だな。じゃんじゃん飲んでくれ」
俺は二人ほど酒が強くないから、気をつけないと……。
「ねえねえ、これもスローライフなの」
「うーん、そうだな」
一日の疲れを取るため、お酒を飲むことも。
「ふうん。ならスローライフも悪くないかもね」
「お前は酒が飲めればいいだけだろ」
「ハハハ、そうかもしれないわね」
上機嫌になったベラミが、右手をそっと俺の太ももに当てる。
ぞわっ。
全身に鳥肌が立ち、思わず変な声を上げてしまいそうになり。
そのままベラミは「スリスリ」と太ももを撫で出した。
「なに二人でいちゃついているんですかー! ブルーノさんは私のものなんですからね!」
気付いたリネアが参戦し、俺の左腕に抱きつく。
「なによ。付き合いの長さだけでいったら、アタシの方が長いんだからね。調子の乗らないでくれる?」
右腕にはベラミが。
こんなことする女じゃなかったのに……。
いや、酔ったら大胆になるヤツだったけな。
彼女の服の胸元がぱかーっと開いており、幼馴染みの俺でもついつい視線がいってしまう。
「それにしても、あなたなかなかいける口ね」
「あなたこそ」
「どう? お酒を多く飲んだ方が相手の言うことを聞く——そういう勝負、してみない」
「受けて立ちましょう!」
よーいどん。
二人がコップを持ち、もの凄い勢いでワインボトルを空にしていく。
俺は二人の勢いに負けないように、急ピッチでワインを追加していった。
——って一体なにやってんだよ!
空になったワインボトルが床に転がっている。
その数、少なくても十は超えるだろう。
「ひふぉほぉへぇ!」
「はぁおむむふは!」
二人とも舌が回っていない。
俺もどんどん頭に酒が回ってきた。
クラクラする。
記憶が途切れ途切れになっていき——。
……瞼を開ける。
「ど、どうやら眠っちまったようだな」
情けない。
酒に呑まれてしまうとは。
「みんなも潰れているのか?」
薄暗がり。
窓から月の光が入っており、辛うじて家の中を見ることが出来る。
リネアが左隣で寝ていた。
「ん……ベラミは?」
ベラミの姿が見当たらない。
やっぱり、言ってた通り街の宿にでも泊まりにいったのか?
そう不思議に思っていると、布団の中でゴソゴソとする感触と音が聞こえた。
「って……お前、なにしてんだよ」
布団の中にはベラミが潜り込んでいて、俺の胸板に手を置いていた。
「ふぐぅ〜、飲み過ぎたみたいね……」
ベラミの潤んだ瞳。
紅潮しているほっぺ。
少し濡れた髪。
基本的にベラミは酒が強いので、酔いつぶれているところは見たことがない。
しかし今のベラミは付き合いが長い俺でも、見たことがない姿であった。
「とにかく離れろよ」
「嫌よ」
そう言って、ベラミが俺の上着をまくってくる。
——こいつはなにをしてやがんだ。
非難の声を上げる前に、ベラミは俺の肌に手を這わせた。
「——っ!」
思わず声が漏れてしまいそうになる。
「最近、やってないのよ。もうあなたでも良いわ。今夜はアタシに付き合ってよ」
ペロッ。
「ぐぅ……!」
ベラミが小さな舌を出して、胸元を撫でてくるので声が我慢出来なくなってしまう。
「ふふふ、なかなか可愛い声出すじゃない」
ベラミの胸元が大きく開いており、角度的に谷間が見えた。
柔らかそうだ……。
三十路の女とは思えない。
って俺はなにを考えてんだ。
「ベ、ベラミ……」
「ふふふ」
妖艶な笑みを浮かべるベラミ。
俺は導かれるようにして、ベラミの体に——。
「なにをしているんですか!」
——手を触れようとした時、リネアが起きて俺達の間に割って入るようにした。
「あら、エルフ。こんなところでも邪魔する気なの」
「い、いいいい一体なにをするつもりだったんですか!」
「ここからは大人の世界よ。あなたみたいなお子ちゃまには早いわ」
「むーっ! なにが大人ですか! やっぱりあなたは悪い女です。それに私もとっくに『大人』なんですからね!」
「あなた達ってそういう仲だったの?」
俺の上でリネアとベラミが言い争っている。
どうしていいか分からず、俺は口を挟むことが出来ない。
「良いじゃないの。ブルーノくらいの歳になったら、浮気なんて『大人の恋愛』のうちよ」
なに言ってやがる。
「変なこと言わないでください! って、ブルーノさんにこれ以上触らないでください!」
ベラミが俺の太ももをすりすりとする。
それを止めようと俺を跨いだリネア。彼女の胸がむぎゅっと顔に押しつけられた。
息苦しいが、二人の言い争いはヒートアップしていて、気付いてもらえる雰囲気ではない。
「ブルーノさんは私のものなんですからね! 気軽に触らないでください!」
……えーっと。
俺、今夜眠れるんでしょうか?
※いつもブクマ、評価ありがとうございます!
(1/18)55話、少し変更させていただきました。




