54・おっさん、【スローライフ】で対抗する
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「そんなことないって! それにベラミは弱い弱い魔法使いだ! ベラミと同じことを俺だって出来る。今からそれを証明してやるから!」
そう言って、俺は種芋が植えられた地面の前に立つ。
「あんたに出来るわけないじゃない」
と冷ややかな視線を送るのはベラミだ。
「魔法じゃないけど、【スローライフ】があれば可能なんだ」
「不可能よ。だって荷物番でクソアホで無能で役立たずで、なにも取り柄がないブルーノがアタシと同じこと出来るわけないじゃないの。じゃないと、今頃まだ冒険者をやってるわ」
ベラミがせせら笑う。
なかなか容赦ないな、おい。
まあ全て間違ってはないが。
「ブルーノさんにそんなことを言うなんて!」
《この女むかつくわ! あんたのスキルで八つ裂きにしてやりなさい!》
リネアと(何故か)女神も怒っている。
俺のことをバカにされるのはいいが、スローライフの良さを分かってもらえないのは少々心苦しい。
ならばベラミに極上のスローライフを見せてやろう。
【スローライフ】
スローライフに関することが過度に実現する。
まずは水やりだ。
種芋を植えた地面に水やりたいなー、と思ったらちょっと上に灰色のミニ雲が出現した。
「え……?」
それを見て、ベラミが声を漏らす。
その雲からザーッと優しい雨が降ってきた。
雲は水を降らしながら、ゆっくりと地面の上を巡回していく。
「これだけじゃないぞ」
ってか水をやる必要なんてない。
ベラミと同じことが出来る、ということを証明したかっただけだ。
「お前は百日を三十日に短縮出来る、って言ってたが——俺はもっと短縮することが出来る」
ニョキッ。
ニョキニョキニョキ!
いつものように、地面からじゃがいもの葉が生え出した。
葉はあっという間に黄色くなり、じゃがいもの収穫時となった。
「…………」
それを眺めて、ベラミは言葉を失ってしまっている。
「おーい、ベラミ?」
ってか体がフリーズしてしまっている。
俺はベラミの顔の前に、手をバタバタと往復させてみる。
……反応なし。
「おい、ベラミ……熟女」
「誰が熟女なのよ!」
おっ、動いた。
「そもそも三十路は熟女じゃないわ! まだまだアタシはピチピチの十代でも通用するんだから……」
「そんなことより、どうだった? 俺の言っていることが嘘じゃないことが分かっただろ?」
「!」
そう言うと、ベラミは思い出したかのように早口で。
「ど、どどどういうことなのよ! どうしてあなた、魔法を使えるようになってるのよ!」
「だから魔法じゃないって」
「魔法じゃなかったらなんなのよ」
「【スローライフ】……スキルのおかげだ」
「スキルのおかげ? あなたのスキルってそういう使い方なの? 農作物を育てやすくなるっていう……」
「うーん、まあ大体そんな感じかな」
間違ってはない。
それを聞き、ベラミはほっとしたように息を吐いて、
「良かった……。あんなのが魔法で、他にもアタシと同じことが出来るってなったら……アタシが世界で一番の魔法使い、ってのが揺らいでくるじゃない」
と続けた。
——別に農業に特化したスキルではないが。
正しくはスローライフに特化しているのである。
まあそのことはおいおい理解していくであろう。
「とにかく、じゃがいもを収穫すっか。ベラミも手伝えよ」
「どうしてアタシが……」
ぶつぶつ言いながらも、ベラミは渋々といった感じでじゃがいもを抜き出した。
「あら、これなかなか楽しいわね? 腰にちょっと響くけど……すぽーんと抜けた時の快感が」
「おばさんにはきついかもしれませんね。私はまだまだ若いから、全然大丈夫ですけどね!」
「エルフ。アタシに喧嘩売ってるの?」
相変わらずリネアはベラミに敵意丸出しだ。
だが、ベラミも少しずつスローライフの良さが分かってきているみたい。
じゃがいもが収穫し終わった頃は、すっかり空も暗くなっていた。
とりあえず、今夜は俺の家に泊まってもらうことにしよう。
男女二人が同じ屋根の下、って思えば抵抗あると思うが、そこは俺とベラミの仲である。
下に毛が生えていない頃からずっと一緒にいて、冒険者になってからも同じ空間で寝たことは一度や二度じゃない。
……なんもなかったけどな。
もう一度言う、なんもなかったけどな!
ってか起こるわけもない。
そういうわけで、ベラミに「今夜は俺ん家泊まれよ」と言ったら、
「……こんなボロ小屋に?」
あからさまに嫌な顔をされた。
「でもお前、泊まるところないだろ?」
「舐めないでよね。宿屋に泊まれるくらいのお金は、パーティーからかっさらってきたんだから」
「したたかなヤツだな。けど……こういう必要最低限の寝床で横になるのも、それはそれでスローライフだ。それに——今までもっと酷い場所で寝たこともあるだろ?」
冒険者たるもの、ダンジョンで一夜を明かすことも珍しくない。
「やっぱり嫌よ」
拒否された。
「けど……あなたの作るご飯も食べたいしね。晩ご飯だけ食べて、今夜は適当な宿に泊まるわ」
「分かった」
まあ予想出来ていたこともある。
これで話はまとまった。
だが。
「私はブルーノさんのとこに泊まるんですからね! それに、その性悪魔女なんかと一緒には出来ません!」
とリネアが俺の腕を掴んできた。
「思ったんだけど、あなた達ってどういう関係?」
ベラミがジト目で尋ねる。
「ん? ああ、まあ良き親友って感じかな?」
「し、親友っ!」
ガビーン。
そんな感じで、隣でリネアは肩を落とした。
——そういう関係にはなっているものの、なかなか言い出せずガールフレンド的な関係にはなってない。
許せ、リネアよ。
それに、もし「俺の彼女だ」とベラミに説明してみろ。
なんか色々と追及されそうで、非常に面倒臭い。
「ふぅ〜ん」
とベラミは意味ありげな視線を送ってきた。
「まあ良いけど……それより、晩ご飯にしましょう。どんなものでアタシの舌を満足させてくれるのかしら」
そう口にして、一番にベラミは家の中へ入っていった。
俺の家には、ディック家にあるような台所はない。
だから簡素的な料理くらいしか作ることが出来ないが……。
「ほらよ、ワインとつまみのポテトサラダだ。ベラミもお酒好きだっただろ?」
ワインもポテトサラダも、もちろん俺の農園から採ってきたぶどうとじゃがいもから作ったものだ。
「これだけ? アタシ、まあまあお腹が空いてるんだけど」
「まあそう言うな。一度食べてみろよ」
コップにワインを注いで、ベラミに渡す。
「……なかなか良いワインね。高かったでしょ?」
ワインをコップの中で揺らすのを眺めて、ベラミがそう声にした。
「うーん、そうだな。値段的には六百万くらいだ」




